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第三章 隠し部屋
四
しおりを挟む微かにかび臭い、暗闇の中を下へ。スマートフォンのライトを頼りに、ゆっくりと階段を進んでいくと、目の前に鉄製の扉が現れた。
若月は、ライトを階段の上方へと向ける。暗闇の中に一筋、道標のような白色光、真琴の部屋の光が漏れたものだ。随分長いこと降りてきたように思えたが、十数段程度の距離だったらしい。その気になれば、五秒足らずで真琴の部屋に戻れそうである。
ここまで一本道だった。両側の壁を確認しつつ降りてきたが、怪しいところはなかった。
扉と向き合う。視線を上下に動かす。すると、扉の縁から、微かに光が漏れ入っていることに気がついた。扉の向こう側は、電気がついているようだ。クローゼットの中みたく、隠された場所にある訳では無いのだろうか。
ただ、大っぴらな場所には出ないという確信が、若月にはあった。こんな、隠し階段に繋がる扉であり、登った先は藍田製薬代表取締役の寝室。恨みを買うことも多いだろうし、繋がる先が誰にも分かりやすく在るのは危険だからだ。
そうは言っても緊張はする。両方の掌は滲んだ汗でしっとりしている。その手で、目の前にあるドアノブを握る。ひんやりとした感覚。冷たいと感じる刺激が、体全身に駆け巡る。息を飲み、ゆっくりと扉を前に開いた。
開いた先は、簡素な場所だった。
広さ四畳半もいかない程度の、一見して狭い部屋。四方は剥き出しのコンクリートで囲まれており、無機質な灰色は部屋の異質さを際立たせていた。
真琴や勝治の寝室から一変、廃ビルの様。どことなく冷たさを感じる。若月は恐る恐る、室内に踏み入った。人気は無い。入ってきた扉を背に、部屋は右に延びている。天井まで届く、壁全域を覆う古びた本棚が、部屋の奥に二つ。本は入っていない。
明るい。白色の光を発するランタンを模した電球は、室内全体を照らしている。左右の壁、本棚の真横にそれがあり、明るさには困らない。
真正面少し右の壁に、また扉があった。少しだけ開いている。全開にしてみると、目の前に階段が現れた。
下に続いているが、先は長くないらしい。スマートフォンのライトでかざしたところ、十段程度下がったところにまたも扉。何者かは、ここから下へと降りていったのだろうか。
しかし若月の考察はそこで途切れた。そこで、それに気がついたからである。
埃臭さに紛れていたが、生臭さが鼻の奥に漂ってきた。長期間生ものが放っておかれたゴミ箱のような、嫌な臭いだ。
黒目を左右に動かすが、臭いの元になりそうな物は何もない。ランタンと本棚だけ——。
若月は本棚の端に近づくと、両手で力を込めて内側に、横に引いた。すると、ほんの僅かながら、壁と本棚の間に空間ができた。
隙間を覗く。本棚の後ろには壁が無かった。どうやら、奥に空間があるようだ。
やはり。ここに入ってから、どこか違和感があった。中途半端な広さに、電球の設置位置。天井まで届く本棚。なんてことはない、本棚をパーティーション代わりに、部屋は二つに分けられているのである。
この臭いは、向こう側から漂ってきているようだ。しかし隙間は細く、何も見えない。
若月は本棚に目を向けた。縦に長いそれは、十枚の棚板が差し込まれている。試しに、上から四つ目の棚板を両手で掴む。と、棚板の縁に若干の窪みがあることがわかった。手前に引け。本棚に、そう言われているような錯覚に囚われた。
豪邸に隠し部屋。その部屋の中の隠された空間。ドラマであれば胸躍るが、当事者となればひどく不安になるものである。
若月は一息つくと、両手でその棚を手前に引いた。
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