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第四章 書斎
一
しおりを挟む若月は隠し部屋から出て、真琴の部屋に続く階段のところで座り込んでいた。遺体やら何やらと同じ空間にいられなかったためだ。
暗闇の中、スマートフォンの光を頼りに腕時計を見る。時刻は午後十時を超えた頃だ。清河の勤務時間の終わりも、その時刻だった。午後十時を超えれば、この屋敷には志織、瑛子、それと遠藤の三人ということになる。
思わず唇を噛む。清河がいなくなっても、代わりにお忍びの遠藤が、屋敷内どこにもいくことができる。つまり、危険なことには変わりなかった。
若月は、隠し部屋につながる扉に目を向けた。勝治の部屋で見つけた日記。本当に勝治が、有紗を監禁しているのであれば、この隠し部屋は、適所に思えた。
若月はつい数分前、息を止めながらも、床に散らばっている顔を、もう一度確認した。剥ぎ取られた顔だが、どれもぐしゃぐしゃ、それでいて潰れ切っていなかった。故に辛うじて、顔の雰囲気というのは、判別できそうだった。
数えると、顔の数は二人分のようだった。我慢できずにまた吐くも、どの顔も見覚えが無い…有紗の顔ではなかった。
若月の「有紗では無い」という希望が前提にあるため、完全に安心はできなかった。が、それでも彼自身心を少しでも安定させる要素にはなった。
彼女は、こことは別の場所に監禁されているのか。それとも——。
有紗が既に殺害されているかもしれないこと。勝治の遺体を見てから、彼の日記を読んでから、頭の片隅にあった、その可能性。
それを、若月は考えないようにしていた。もしかしたらと、彼女の笑顔を再び見ることができると、信じていた。そのため、この家に忍び込んだのだから。しかしここにきて、二人の遺体に二人の人間の顔。この先嫌でも、最悪のシナリオもまた、考えざるを得なかった。
拳の側面で、階段の壁面を叩いた。しかしコンクリートの壁だ、音も響かない。反対に、拳に痛みが響く。諦めてたまるものか。彼女の死を確信できるだけの証拠が無い以上、彼女が生きている可能性は捨てきれない。
若月は長い息を吐き、若月は一人肯き立ち上がった。階段を降り、隠し部屋に入る。部屋中から発せられる死臭に、思わず眉間に皺が寄る。若月は鼻を摘んだ。
女の遺体と目が合う。濁った黒目が、若月を見つめる。
この遺体の顔も、また二階にある勝治の遺体の顔も。黒のビニール袋に入れられていた顔のように、それをした人間は剥ぎ取るつもりだったのだろうか。
顔を剥ぐ。言葉にすれば易いが、行うは難い。顔だけ剥ぐとしても、頭蓋骨を考えると、包丁で野菜や食肉を切るのとは話が異なる。アボカドみたく、種以外柔い訳でも無いのだ。それでいてなお、それをするのは、まさしく悪魔の所業ともいえた。
若月は本棚を元どおりにしたあと、もう一つの扉を見据える。扉の向こうは、更に階下へと続いていたはずだ。ここにつながる扉は四つ。うち二つは施錠されていた。行く先はここのみ。行くしかない。
この家の住人が顔剥ぎなのか。そうだとしても、違うとしても、有紗がその魔の手にかかっていないのであればそれで良い。それを信じて、若月は一度深呼吸をした。
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