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第四章 書斎
三
しおりを挟む隠し部屋から階段を下った先には、また別の部屋が広がっていた。
床には、真紅のカーペットが敷かれている。壁には本棚がずらり。開いたスペースには、本物か偽物か判別できない程の、精巧な造りをした西洋式の槍や剣が飾られている。扉を開いた目の前にはよく磨かれた、焦茶色のパソコンデスク。座り心地の良さそうな黒革の椅子と、三段式で小さめの収納棚が備え付けられている。
部屋の奥には、いかにも来客用として備えたような横長の木の机。座れば体重でかなり沈むだろう柔い素材でてきた灰色のソファが、両側を相向かいに挟み込んでいた。
そのいわゆる来客スペースを超えた先にまた、扉がある。降りてきた感覚と、窓があることから、ここは隠し部屋などではなく、一階…位置感覚的に、ここは書斎ではないか。そうなると、あの扉の先はリビングなのだろう。
ここに来ることを目的としていた若月にとっては、まさに僥倖ともいえた。
若月は振り返った。隠し扉は室内に向けて開いたままである。室内の灯りは、パソコンデスクの上に置かれた、橙色の淡い光を放つアンティーク調のテーブルランプのみだった。光の無い隠し扉の向こうは、黒色の横穴がぽっかりと開いているだけのように見える。
扉は自然に閉じていき、ガチャンッと音がして閉まった。こちら側にドアノブは無い。見た限り、扉を開けるためのスイッチなるものは見当たらないが、真琴の部屋の隠し扉のように、どこかにそれがあるのかもしれない。ただ、初見の若月がそれを見つけるのは至難かつ時間が無かった。
つまりは片道切符。今のルートで、二階に戻ることはできなくなった。しかし。若月はカーテンを少しだけ開ける。窓は全て、しっかりと施錠されているが、見つかった時は開けて逃げることはできるだろう。その分若干の心のゆとりはあった。
改めて、室内全体を若月は見据えた。誰もいない。真琴のクローゼットから自分を見ていただろう、何者かの姿は無い。隠し部屋の、施錠されていた残り二つの扉の先にいるのか、それともここに出た後、あの、リビングにつながる扉から出て行ったのか。前者は確かめようが無かったが、後者はどうだろう。今は、これ以上のリスクを犯すことは忍びないとも思えた。
室内を物色していく。本棚、来客スペースの周辺。静かに、それでいて速やかに。もしかすると、志織や遠藤らが、一階に降りているかもしれない。しかし、扉一枚を隔てたその先…まさか、家主の書斎に侵入者がいるとは思うまい。
そこで若月は、来客スペースの机の上、灰皿の横に、一枚折り畳まれた紙があることに気がついた。見覚えのある用紙。もしや…若月は来客スペースのソファに近寄る。折り込まれた紙を手に取り、丁寧に開いていく。そして目を見開いた。
十月十二日
この隠し部屋を、息子に知られそうになった。
何も無い所から、あいつが出てきた時は焦った。この家に入口は複数あれど、たとえあいつの部屋にそれがあろうが、易々と見つかるとは思えないのだが。
一応、彼女は昼過ぎにでも連れて行こう。二階の奥の部屋が空いていたはず。見つかれば、弁明のしようが無い。
できれば息子には知られたくないものだ。
勝治の日記の続きだ。日付は三日前。簡素な文章だが、内容…特に文章後半については、とてつもなく重要なものだった。
彼女。嫌な想像が若月の頭をよぎった。彼は、有紗を監禁している。理由はいまだに不明だが、その監禁場所が、あの隠し部屋だったとすれば。
一瞬、隠し部屋にあった女の遺体のことかとも思えた。が、それはすぐに違うと悟った。遺体を「連れていく」という言い方で運ぶのは不自然だし、第一「彼女」を三日前、奥の部屋に…ということであれば、未だ隠し部屋に遺体があるのはおかしいのである。
心臓が痛いくらいに鼓動を繰り返す。二階奥の部屋。彼女はそこにいるのか、それは分からない。でも、その可能性はある。息を荒げつつ、若月は立ち上がった。
行かなければ。目を、奥の扉に向ける。二階に戻るためには、一方通行の隠し通路は使えない。外から行こうにも、この家の防犯システムは午後十時から復帰している。
中央階段を使って上に戻るしか、道はない。
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