侵入者 誰が彼らを殺したのか?

夜暇

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第四章 書斎

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 薬品の臭いで、私は目覚めた。
 体が重たく、動くことができない。瞼を開けると視界一面が真っ赤で、瞬きしてもそれは変わらない。頭全体の感覚から、自分の顔全体に、何かが巻かれているようである。
 これは包帯?怪我をしているのだろうか。もう一度、体を動かそうとも、固着されているかのよう。全身にずきりと、深い痛みも走る。
 どうやら、私は身体を動かせない程の大怪我らしい。しかしそうなるまでの記憶が曖昧である。
 ——死ね。
 突如聞こえた声。誰の声だっただろう。私に向けられた、怨みの感情がこもった言葉。今の言葉は、かつて、私に対して放たれたものだった。
 突然身体が無重力空間にいるように、宙にふわりと浮いた。
 いや、浮いたわけではない、落ちているのだ。
 赤い世界の中を、そのまま落ちていく。
落ちていく、落ちていく。
 次第に焦りが出てきた。いつまで、落ちていくのか。止まらない。速度はぐんぐん増すばかり。空気抵抗で、臓器、肉、皮膚、全てが剥がれていくような感覚にとらわれた。
 これだけ勢いづいたら、落ちた時に助かるのだろうか。いや、助かるわけが無い。もうあと、一秒もしないうちに、コンクリートの地面で無様に潰れておしまい。…ん?向かう先にあるのは、土ではなくて、コンクリートだったのだろうか。うろ覚えだが、多分そうだった。はっきり分かることは、奇跡が起きない限り、私の人生はこれで終わりだった。
 ——大丈夫?
 柔らかい声が、耳の奥で反響した。瞬間、赤い世界は霞と消え、視界には汚れひとつない天井が広がった。
 顔を少しだけ横に傾けると、私を見下ろす彼がいた。心配そうに眉を寄せている。
「ん、大丈夫。ありがとう」
 上半身だけ起き上がり、私は彼を見た。彼もまた、眉をハの字にして私を見る。
「また、いつもの夢?」
「うん」
「…そっか」
 夢。そう、夢だ。今のは、夢の中のこと。現実の私はこうして生きている。体もこのとおり。手も回せるし、歩くこともできる程には元気である。
 しかし今のは、悪夢そのものだった。全身から汗が滲んでいる。皮膚にしっとりと張り付く寝衣に、若干の気持ち悪さを感じた。
 この悪夢を、私はこれまでに何度も見ていた。そのたびにこうして、うなされては目が覚める。勘弁してほしかった。頭の奥の、根付いた思い出したくない過去を、演奏みたくリフレインする必要が、どこにある。俗にトラウマと呼ばれる記憶。それに、私は日々犯されていた。
 彼を見た。口を一文字に結び、視線は伏せている。彼にも…心配をかけてしまう。申し訳ない、不甲斐ないと思いつつ、彼らの優しさに甘える自分を腹立たしく思った。
「ごめんね」
「君のせいじゃない」
 彼はかぶりを振る。私は唇を噛む。
「あれは夢、あれは夢って。起きている時にそう頭にたたき込んだつもりでも、寝た後は当然のように頭に浮かぶの。どうなってるんだろうね、私の頭の中は。何だか自分のものじゃないみたい」
 溜息と共に弱音を漏らすと、彼は私の肩に手を置いた。
「君はそれだけの目に遭ったんだ、仕方ないさ」
 励ましの言葉に続いて、彼は「でも」と私の目を見た。
「あと少しの辛抱。そうだろ」
 私も彼を見返す。そうしてから、強く肯く。
 あと少し。その「あと少し」で、自分はこの悪夢から解き放されるのだ。私は信じていた。私達は信じていた。信じるしかなかった。
 そのために、私は私であることを捨てる。私という存在を、改めて勝ち取るためにも。
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