侵入者 誰が彼らを殺したのか?

夜暇

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第四章 書斎

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 がこんっ。
 その音は、若月がリビングに繋がるだろう扉に向かおうとした時に聞こえた。
 全身に鳥肌が立つ。若月自らが降りてきた、隠し通路につながる扉のあった場所に、目を向けた。今の音。真琴の寝室のクローゼットで、隠し扉が開いた時に鳴ったものと、同じ音である。
 何者かが、隠し扉を開けた?
振り返る。こちら側の扉は開いていない。二階側の扉が、開いたのだろうか。
 もしもその何者かが住人で、ここにやってくるとしたら。自分は逮捕され、有紗の行方も分からないままで終わることになる。
 しかもそれだけではない。隠し部屋。若月はあそこに、様々な痕跡を残しているのである。吐瀉物に指紋…最悪の場合、あそこにあった女の遺体、剥ぎ取られた顔についても、自分のせいにされる可能性もある。
 ただ、施錠された窓を開けて逃げることは、監視システムの都合上できそうにない。かといって、リビング側の扉は、逃げ道としてはリスクが高い。
 それなら、この部屋の中で隠れられる場所を探す?来客スペースのソファか、机の陰?パソコンデスクの下?カーテンの裏?どこもかしこも、すぐに見つかってしまうだろう。
 と、なれば。若月は大きく息を吸い込むと、今立っている部屋の中央で、力の限り飛び上がった。そのまま、床に着地する直前で、足先に力を入れる。どすん。想像以上に大きな音が床に響く。振動で足が軽く痺れた。
 静寂。心臓は揺れ動く。果たして。隠し扉の向こう側に、聞こえただろうか。緊張で湧き出た顔の脂汗を、手の甲で拭く。
 もしかしたら、という賭けだった。住人であれば、わざわざ中央階段ではなく、隠し通路を通る必要は無い。また、たとえ住人だったとしても、中央階段を使わないのは、誰かには見られたくはないという理由があるのかもしれない。つまりこうして、出口先の部屋で物音がすれば、出ようにも出られないのでは無いか、と踏んだ訳である。
 さて、どう出る。ごくりと生唾を呑み込んだ。
「旦那様」
 軽いノック音と嗄れた声が、若月の緊張感を全て吹っ飛ばした。すぐさまパソコンデスクの上、テーブルランプの灯りを消し、足下へと身を隠す。
 声は、リビング側の扉から聞こえた。しくじった。大きな音を出したは良いが、こうして他の部屋から人がくる可能性はあった。すっかり失念していた。
 間違いない。今のは清河の声だ。まだ居たのか。
「旦那様。何か、ありましたか」
 またも、彼の声が響く。ここに来た当初、勝治の部屋でも同じようなやりとりがあった。既視感を覚えつつも、若月はパソコンデスクの下で、両手を膝で抱え込むように丸くなる。
 席側に回らない限り、見つかることは無い。とはいえども、時間の問題かもしれない。しかしもし、奇跡が起こるならば、先程の物音を気のせいとして、清河にはこのまま去ってもらいたい。そう願うばかりだった。
「失礼します」
 そんな願いも虚しく、ギイイと扉の開閉音が聞こえた。彼の足音が鼓膜に響き始めた。カーペットの上、若干くぐもった音。しかしそれは、若月の心臓を刺す針のようだった。
 清河は何も喋らない。若月は、物音を一切立てぬよう息を殺す。最悪、見つかった時は。若月は、両の拳を強く握りしめた。
 それからどれ程の時が経ったのだろう。またも、重苦しい軋み音が響いた。数秒後には部屋の電気が消え、室内を、闇と静寂が支配する。
 まだ一分も経過していない。驚くべきことに、清河は、ものの数秒で部屋を出て行ったようだった。
 ただ、すぐに安心はできなかった。出て行ったふりをして、この暗闇に潜んでいるかもしれない。念のため、その後数分の間、若月はその場で身をひそめていた。
 しかしその後も人気は感じない。音もしない。自分の押し殺した呼吸音が、室内で反響しているのではないか、そう錯覚してしまう程に、無音の空間に、彼はいた。
 さらに数分が経った。我慢できず、若月は思い切って、スマートフォンのライトを点けてみた。白色の光が若月の周辺で広がる。立ち上がり、室内全域を照らす。やはり、誰もいなかった。そこまでわかったところで、若月は大きく息を吐いた。全身の力が抜ける。
 どうやら、見つからずに済んだようである。
 何と運が良いのだろう。勝治の部屋、廊下、ここ。今日、この藍田家に侵入してからというもの、何度も危機に見舞われた。しかしこうして何とかなっている。ここまで幸運が続くと、後に不運が待っているかのようで、不安になってくるものだった。
 若月は大きく伸びをした。見つからなかったのなら、早く行動に移さなければ。
 そこで、ようやくそれに気付いた。この部屋で見つけた勝治の日記が、手元に無い。急いで部屋の電気をつける。隠れていたパソコンデスクの下、元々あった来客スペースの机周り。どこにもそれは無かった。
 焦ってそのまま机に置いたか、床に落としたのか。見当たらない以上、清河が持っていってしまった可能性が高かった。
 もしもそうだとすれば、非常にまずい状況だ。彼が若月と同じように「何も知らない」のであれば良いが、彼はここの使用人で、古参なのだ。有紗の監禁なんて大それたことを、知らない訳が無いはずである。
 若月の発した物音から、書斎に人がいたことは分かっている。若月が清河だったら、拾った勝治の日記は、何者かに読まれたと考えるだろう。
 こめかみから汗が一筋流れてくる。それが事実なら、彼は二階奥の部屋に向かったのではないか。目的は一つ。彼は日記にあった「彼女」を別の場所に連れていくこと。主人の日記を読んだ何者かに見つけられてしまう前に。
 若月は、清河が出入りした、リビング側の扉へと歩を進めた。焦燥感に促されるまま、ノブを掴む。金色、そして錆一つないそれは、ひんやりと冷たい感触がした。
 ノブを下げる。もはや、押せば開く。
 先程の隠し通路側の扉を開ける方法は分からないし、それを探す時間は無い。かといって、外から二階のベランダに行くこともできない。この先に行くしか、道は示されていなかった。
 なるようになれと、若月は自分の頬をぱちんとはたいた。迷っている暇も無いのだ。扉を数センチ程度開ける。向こう側は暗い。電気は点いていないし、人気もない。清河は既に、二階に向かったのかもしれない。
 安堵すべきか、焦るべきか。若月は更に少しだけ扉を開け、向こう側へと進み出した。
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