侵入者 誰が彼らを殺したのか?

夜暇

文字の大きさ
30 / 68
第五章 リビング

しおりを挟む

 書斎の扉を閉めると、辺り一面暗闇に包まれた。しかしそれは一瞬で、大きな窓から燦々と差し込む月明かりより、薄暗くも室内の情景は把握できた。
 広々とした、L字型の間取りのリビング。人の気配は無い。書斎の扉の前の空間には、大きな木製の食卓テーブルが置かれている。椅子は六つ。テーブルにかけられた白いクロスには、皺一つない。
斜め右方向には、もう一つ扉があった。図面からしてみれば、恐らく応接間につながるものだろう。今、そこに用はない。
 更に右方には、対面式で焦げ茶色のソファがあった。セミシングルベッド程の大きなサイズで、触るとふんわりとしている。寝転んだら即座に睡魔が猛襲してくるに違いなかった。
 ソファの前には70インチはあるだろう、大型テレビが鎮座している。若月は自然とソファに座り、テレビに目を向けた。なんとも、贅沢な空間。このままここでハリウッド映画でも鑑賞したいものである。
 若月はぶんぶんと頭を振る。よそ見をするな。一直線に部屋を縦断していく。
 リビングから出ると、左右に伸びる廊下が姿を現した。左方、延びたその先、突き当りには扉があって、使用人室があるという。右にはエントランスが見える。
 誰もいない。不気味な静寂。リビング同様、灯りは無い。しかしリビングと違い、月の光は差し込まない。ここまで暗いと不便だし、自分のような侵入者がいくらでも潜めてしまう。高級住宅に住む者はセキュリティにかまけて危機意識が低い者が多いと聞く。防犯カメラの件もそうだが、まさしくこの家の人間はそれと言えた。
 一階廊下に、清河の姿は無い。使用人室も同様だった。若月は中央階段の前に立つ。木製で漆塗りの手摺り。清河ら使用人が、毎日のように磨いているのだろう。傷一つない。
 二階へと続く先を見上げる。そういえば遠藤は、まだ志織と彼女の部屋にいるのだろうか。真琴が帰宅するのも時間の問題である。時間を忘れてお楽しみとは、良い気なものである。若月は心の中で舌打ちをした。
彼女は確か、あの芳川薬品現社長の一人娘だったはず。あの、芳川の——。
 芳川志織といえば、富裕層の出身で、同じレベルの人間と結婚して、今は専業主婦だっただろうか。専業といえども、家事は使用人がいるのだから、実質何もしていないのだろう。おまけに美人ときたものである。天は人に二物を与えずとはよく言ったものだが、あの言葉は出鱈目だ。げんに彼女のような人間は、二物も三物も要しているのだから。
 その他大勢の人間は、大抵自らの短所に劣等感を抱き、自らの不幸を嘆くような人生を送っている。他ならぬ若月もそうだった。今の会社に拾ってもらえるまではその日暮らし、根無草のような生活を過ごしていた。そのような人間を、彼女や彼女を取り巻く連中は、自分と同じ生物としては見ていないだろう。幼児が己の好奇心から見る、地を這う虫のような、テレビで見るドキュメンタリーのような。彼らから見た自分は、その程度の存在。それは若月自身が一番、身を染みて良く知っていることでもあった。
 気分が悪くなってきたところで、階段の段差に足を踏み込んだ。ここを登らないことには進まない。残された時間は少ない。一段、また一段と登っていく。
 真琴の部屋で隠し階段を見つけるまでは、一階の書斎に行くことばかり考えていた。勝治の日記…有紗の行方。二階の角部屋。まさか、また二階に戻る羽目になるとは。
 彼女と再会かつここから無事に助け出すことができたのなら。どこか、遠く離れた、藍田家と縁の無い場所で、二人で過ごしたい。脳内にて夢描く幸福な未来を確実なものにしたいがために、若月は歩を進めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

25年目の真実

yuzu
ミステリー
結婚して25年。娘1人、夫婦2人の3人家族で幸せ……の筈だった。 明かされた真実に戸惑いながらも、愛を取り戻す夫婦の話。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

タダで済むと思うな

美凪ましろ
ライト文芸
 フルタイムで働きながらワンオペで子育てをし、夫のケアもしていた井口虹子は、結婚十六年目のある夜、限界を迎える。  ――よし、決めた。  我慢するのは止めだ止め。  家族のために粉骨砕身頑張っていた自分。これからは自分のために生きる!  そう決めた虹子が企てた夫への復讐とは。 ■十八歳以下の男女の性行為があります。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇 ☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

処理中です...