侵入者 誰が彼らを殺したのか?

夜暇

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第五章 リビング

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 顔の無い遺体の前、清河は数分の間放心していた。
 これは、勝治なのだろうか。
 服装から判断すればそうだ。それなら何故、死んでいる。何故、顔が無い。
 その遺体の有様を見て、清河は思い出すことがあった。数日前、この屋敷に警察が来た時のことを。
 ずんぐりした強面の刑事と、志織の従弟らしい、不摂生ながらも顔立ちが良い刑事の二人だ。強面の刑事の話によれば、三人の被害者の顔面は全て、犯人によって切断されていたらしい。
 そんな恐ろしい所業を行う者が、近辺にいる。それだけで、清河の気分は悪くなった。人はいつか死ぬ。といえども、亡骸をそのように弄ばれるなんて、言語道断だった。そんな頭のいかれた殺人鬼とは、関わりが無いよう祈るばかりだった。
 しかし、被害者達の写真を見て、清河は驚いた。元使用人の佐伯と、真琴の前妻、冬子の母の綾子。うち二人は、間接的にも藍田家と関わりのある者達だったのだから。
 清河がそのことを伝えようとしたその時。雛子は言った。「女は知らない」と。柏宮のことはさておき、彼女が綾子のことを知らない訳が無い。また、よもや忘れた訳でも無い。他ならぬ、義理の息子の前妻の母親のことなのだから。
 何か理由がある。察した清河は、彼女に同調して知らぬ存ぜぬを突き通した。その場で刑事達に「棚橋綾子が藍田家とは赤の他人である」と思わせたのである。
 刑事達が帰った後に、清河は雛子に聞いてみた。彼女は次のように述べた。
「ええ、冬子さんのお母様だったわね」
 やはり。彼女は覚えていた。どうして嘘をついたのか尋ねると、雛子は肩をすくめた。
「だって、刑事のいうとおり、全員うちに関係しているんだもの。それを言ったら、もっと色々聞かれて、面倒じゃない」
 あっけらかんとした口ぶりに、清河は力が抜けそうになった。もしかすると、次の被害者になるのは彼らかもしれないし、自分達使用人かもしれない。そんな状態で「面倒」と他人事のように割り切るなど、清河には真似できなかった。
 それなら、佐伯のことは何故、あっさりと教えたのか。雛子の言い分としては、彼は実際雇用していただけに、自分達との繋がりは隠し通せはしないだろうから、だという。対して綾子は、息子の亡くなった前妻の母親である。佐伯と比べて、繋がりは遠い。とぼけることができるのではないか。そういうことだった。
「心配いらないわよ。このこと、清河さんも下手に蒸し返さないことね」
 時間の問題だ。清河は内心思った。警察を甘く見過ぎだ。三人もの命を奪った事件の捜査ともなれば、もはや普通の事件ではない。人に言われて「はい、そうですか」と納得する訳がない。今の今にも裏を取り、またここにやってくるのではないか。その時は虚言を吐いた分、余計に面倒なことになるのではないか。
 そう分かってはいても、清河は自ら動こうとは思わなかった。自分も倣ったとはいえ、雛子同様に嘘をついたのだ。彼女の言うとおり、今自分が動いても、藪蛇にしかならない。それを、清河は分かっていた。
…だが。こうしてこの家の主が顔を無くして、目の前に横たわっている。ベッドの上は血塗れだ。顔は、ぼこぼことまるで真っ赤な月のクレーター。見る影もない。
「旦那様」
 主の骸を見下ろし、清河は呟いた。勝治は死んだ。十年以上も仕えてきたが、彼との関係は、予想外に突然の終わりを迎えてしまった。
 まさか、本当に狙われていたのだろうか。刑事達が話していた「顔を剥ぐ通り魔」に?断言はできないが、その可能性は高い。
 もしそうであれば、その通り魔は藍田家に関連する人間を標的にしていることになる。三人目の被害者の柏宮はともかく、佐伯、綾子、勝治と続くと、関連性は否が応でも見受けられた。
柏宮、か。清河は、彼のことを思い返した。
 ——使用人の方ですか?
 三年前の冬だった。外壁掃除中の清河に、彼は話しかけてきた。ひょろっとした背格好に縁無し眼鏡。痩身で、思わず爬虫類を思い浮かべる程に猫背。不審な様子に、思わず身構えた程である。
 名刺には有名な報道会社の名前が記載されており、名前のところには「樫宮(かしみや)」とあったか。
 あれが探偵だったと聞き、清河の中では至極納得がいった。取材の目的は勝治の心境とのことだったが、それにしても雛子や芳川薬品との関係まで、細かく聞こうとしてきた。違和感があった。
 ——あなたの雇主、何か隠していると思いますよ。
 追い返した際には、捨て台詞のように彼は言い放った。
 勝治や雛子らが、裏で何かをしている。そんなことは当然に分かっていた。だてに長年、ここの使用人をやっている訳じゃない。
 柏宮の言う「隠し事」。それには芳川薬品が深く関わっているのかもしれない。そうでなければ、志織という小娘に、勝治や雛子が言いなりとなるのはおかしい。
 今の藍田家は、芳川家の人間に脅かされている。それはあと数年も経ち、勝治が亡くなりでもすれば、全て飲み込まれてしまう程に。
 真琴も真琴である。家の情勢に、余りにも無頓着だった。関心が無いのか。いや、感情が無いのかもしれない。そうでなければ、三年半前の冬子の死の後、時間を要せず再婚なんてしないだろうし、今も妻の昔の知り合いの男が自宅で働くことに反対しない訳がない。
 …三年半前。ふと、清河は頭に引っかかった。そういえば、佐伯が庭師を辞めたのも、その頃だった気がする。単なる偶然だろうか。
 しかし、とにかく今は通報だ。救急車だけではなく、警察も呼ばないといけないなんて。
 この状況である。清河は、やはり綾子のことを警察に伝えるべきだと考えていた。藍田家に関わる人間が狙われているのであれば、己の身も危ういのである。通り魔逮捕のために、警察には全面的に協力した方が良い。
 そう思ったその時、耳の奥にかきぃんと、大きな金属音が響いた。続いて蕾が花開くかのように、頭がぱっくりと割れそうな程の痛みに襲われる。思わず頭を前に倒したところで、カーペットの床が盛り上がり、眼前に迫ってきた。避けることもできず、そのまま激突した。しかし不思議と、衝突の痛みは感じなかった。
 数秒後、清河は現状を理解した。床が迫ってきたのではない。自分が床に倒れたのだ。うつ伏せで倒れる清河の口に、温かな液体が入ってきた。微かにしょっぱく、鉄臭い。血だ。これは血だ。頭の激痛といい、血が出るくらいに、何者かに殴られたらしい。
 ドアが開いた気配はしなかった。…まさか、室内に潜んでいたのか。手や足の力が抜けていく。致命傷のようだ。薄れゆく意識の中、清河は何者かの手で仰向けにされた。霞む視界の中、顔が映る。
 ——まさか。
 相手の顔に焦点が定まると同時に、清河はその事実に驚愕した。
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