人生やりなおしっ子サイト

夜暇

文字の大きさ
14 / 51
第二章 実行

しおりを挟む

 喉が、いがいがする。
 まとわりついた粘液は、吐き気を引き起こしている。あの廃校から帰ってきてから、ずっとそう。原因のわからない気持ち悪さに、私は襲われていた。
 私はキッチンへと向かう。ぎしぎしと、少々軋む廊下を進む。漸く目的の場所についたかと思えば、冷蔵庫に入っていたペットボトルの水を取り出し、そのまま口をつけた。
 冷たい水が体中を駆け巡る。ああ。さっぱりする。が、それもどうせ一時のもの。またすぐに喉が渇く。渇く渇く。
 もう一度水を口に含むと、冷蔵庫の扉を力任せに閉め、またもリビングへ。部屋の中央のソファに腰を下ろした。
 今、この家の中には誰もいない。
 窓の外から入る、蝉のうるさい鳴き声だけが、耳の奥で木霊する。
 このまま、なにもかも忘れて眠りたかった。
 昨日のことも、これまでのことも全て。
 しかし、それはできない。
 そう簡単な話ではない。
 一人嘆息したその時、床に散らかった衣服に目が留まった。そうだ、昨夜帰ってきてからは、何も片づけずにいたのだ。
 私は衣服を畳み始めた。何かしていないと落ち着かないのだ。そうじゃないと、否が応にも思い出してしまう。
 その時、畳んでいたジャケットのポケットに何か入っていることに気がついた。四角い…それでいて小さく、薄い紙のようである。私はそれを手にとって見た。
 そうだった。名刺だ。存在をすっかり忘れて、そのまま持って帰ってきてしまったのだ。
 株式会社エイテック。会社名は知らなかった。が、注目した箇所は、大谷悟史…その名前を、私は知っていた。忘れるはずのない名前だった。
 どうして、あの廃校に彼の名刺があったのだろう。
 …試しに電話してみようか。
 机の上に置いていた、スマートフォンを手に取る。
 正直な話、向こうは私の声なんて聞きたくないのかもしれない。だからといって何故か、その時の私は、やめる気にはならなかった。
 あの場所に名刺があった理由。それを知りたいがための衝動ではない。そうだ。時間が経った今なら、彼ときちんと話し合えるかもしれないと思ったからである。
 名刺右下に記載されている電話番号に目を向ける。そのまま、番号をゆっくりと打ち込んでいく。画面に数字が一桁、また一桁と表示される。
 緊張からか、指が震える。次は3、2…
 コール音が耳元で鳴り始めた。よし、かかった。じんわり、手汗が出てくるのを感じる。
 ——株式会社エイテックでございます。
 電話が繋がった途端、若い女性の滑舌の良い声が耳に届いた。透き通るようなその声に、自ら電話しておいて少々面食らった。
「あ、あの。営業第一課のオオヤさんをお願いします」
 ——確認いたしますので、少々お待ちくださいませ。
 耳の中に単調なメロディが流れ始めた。これは確か、エドワード・エルガーの「愛の挨拶」だ。誰もが耳にしたことのあるであろう、思わず鼻歌を歌ってしまう曲。自分が勤めていた会社の保留時のメロディも、同じだったなとぼんやり思っていると、先程の女性に移り変わった。
 ——申し訳ありません。オオヤは昨日から休みをとっておりまして。
「え。そ、そうですか」
 昨日から休み。張っていた気が抜け、ベッドに腰をかける。電話先の女性は申し訳なさそうに、すみませんと言った。
 ——明日は出勤の予定ですので、よろしければ明日、オオヤより直接お電話いたしましょうか。お電話番号をお聞かせく…
 無意識に、親指は通話終了ボタンを押していた。机の上にスマートフォンを置き、はぁと溜息をつく。
 と、そこで思い出した。そういえば、彼の直接の連絡先を私は知っていたではないか。置いたばかりのスマートフォンを再度手に取り、連絡先一覧を開く。
「…よし」
 気を取り直して、大きく深呼吸をする。そしてそのまま連絡先を選択し、発信ボタンをタップした。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

25年目の真実

yuzu
ミステリー
結婚して25年。娘1人、夫婦2人の3人家族で幸せ……の筈だった。 明かされた真実に戸惑いながらも、愛を取り戻す夫婦の話。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

白苑後宮の薬膳女官

絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。 ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。 薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。 静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。

タダで済むと思うな

美凪ましろ
ライト文芸
 フルタイムで働きながらワンオペで子育てをし、夫のケアもしていた井口虹子は、結婚十六年目のある夜、限界を迎える。  ――よし、決めた。  我慢するのは止めだ止め。  家族のために粉骨砕身頑張っていた自分。これからは自分のために生きる!  そう決めた虹子が企てた夫への復讐とは。 ■十八歳以下の男女の性行為があります。

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇 ☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

処理中です...