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序章
彼女は幻だった
しおりを挟む人を殺そうと思ったことは初めてだった。若者が。青二才が。正月で会うたびに、地元の爺達にはそう呼ばれてきた俺だった。 鬱陶しくて仕方がなかった。
しかし今はそう言われたとしても、何も気にならないだろう。
その駅で降りたことは、何度も会った。時には笑顔で、時には気を遣って、時には真剣な表情をして。
ただ、心には、いつも何やらの靄があった。鮮明な情景が今も思い出せない。過去、何度も何度も降りているのに。写真の模写はできるのに、記憶の模写はできないような。どうしてと頭で思いつつも、流れる人の波の中、今か今かと標的——彼女を見失わないように視線を這わせる。
数分経った頃には、彼女は帰路、人気の無い夜道に差し掛かった。
ここだ。俺は素早く覆面を被りフードをつける。さあて準備が整ったと思うが否や、彼女がこちらを見ていることに気がついた。
途端、彼女は走り出す。刹那遅れて俺も走る。互いの間に距離はあった。しかし、この鬼ごっこには俺に分があった。俺は、彼女の家を知っているのだ。いくら逃げようが、見失おうが、最後はそこに辿り着くに違いない。
彼女の首を絞め上げる感覚は、今でも残っている。
死を迎えるその時まで、彼女は言うとおりにならなかった。しかしそれでも、俺を見て慄き、後ずさる様子は、忘れられそうにない。物言わぬ死体となった彼女を見て、俺は大きく息を吐いた。嗚咽。声にならない声を上げ、俺は思わず涙した。
これで、俺の名誉は守られる。
これでようやく、心の平穏は保たれる。
彼女は俺にとって、幻だったのだ。
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