蜃気楼に彼女を見たか

夜暇

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第三章 秘密とカクテル

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 フラグが立ったとはよく言うが、まさかそのとおりになるとは、思いもしなかった。
 目的の場所にはついた。KDビルという建物の二階、エレベーターを降りて二つ目の扉。まるで知る人ぞ知る名店のような、隠れ家的なその店「SHELLYシェリー」の扉には、closedの掛札がついていた。
「定休日ですか」
「そうみたいだな」
 俺は扉を、拳の側面で叩く。深青は肩をすくめた。
「しょうがないですよ。やってないってなると、まあ」
「いやに優しいじゃないか」
「私も、車の中でそのことにもっと触れれば良かったなって思って。バーってものに少し浮かれ過ぎてました」
 彼女は彼女なりに、自分に少しは非があるとでも思っているようだ。俺は頭をぼりぼりと掻きながら、「仕方ないか」とつぶやく。
 彼とは会えずじまいか。恐らく、もう会うことはないのだろう。故に、最後に会っておきたかったが、店自体閉まっているのだ。住所も知っているわけではないので、打つ手無しだ。
 俺は深青と共にエレベーターに引き返し始めたところで、エレベーターの扉が開いた。
 中に男が一人乗っていた。背は俺より高く、白の半袖シャツに黒のキャップを被った痩身な男だ。男は誰もいないと思っていたのか、エレベーターから出たところで鉢合わせた一組の男女の存在に、驚いたようにぴたりと足を止めた。
 それから深く被っていたキャップを上に傾け、俺を見る。男と俺が叫んだのは、同時だった。
「西尾!」
「辻!」
 その男は、まさしく俺が会いたかった男だった。彼は歯を見せて笑うと、両手を開いて近寄ってきた。俺と西尾の二人は思わずハグをして、笑いながら互いの背中を叩き合う。ぽかんとした表情の深青をそのままに、西尾は「何でここに?」と首を傾げた。
「え、ああ。お前に会いに来たんだ」
「は?」
「お前のバー、来たこと無かっただろ。だから、さ」
 俺は親指で、先程closedとなっていた扉を指す。すると、西尾は「ははあ」と肯いた。
「今日は定休日だったからな。調べてないのか」
「普通そうするよな」
「はは。お前らしいや」
「まあとにかく、出直すことにするよ」
 そう言って彼の隣をすり抜けようとしたところで、「ちょい待ち」と俺は西尾に肩を掴まれた。
「ちょっと寄ってけ」
 目を丸くする俺に、彼は歯を見せて笑う。
「明日の仕込みやら何やらの準備をしながらでよければ、特別に開けてやるよ」
「良いのか?」
「金はきちんと払ってもらうつもりだから、気にすんな。それに」そこで西尾は、ちらりと深青を見た。「お前が一緒にいる、彼女のことも気になるからさ」
 やはり来たか。そりゃそうだろうと俺は内心思いつつも、美緒に対してアイコンタクトを送る。深青はわかってますよと口をへの字にしたあとで、「ありがとうございます」と笑顔で西尾に答えた。
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