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第三章 秘密とカクテル
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しおりを挟む道の駅を出た俺と深青の二人は、魚津から更に能登半島方面へ車を走らせ、石川県の県庁所在地、金沢市までたどり着いた。
時刻は午後九時前になっていた。陽は落ち、空は黒色一色だ。国道を走っているせいか、灯りがあって危なくはない。
「ちょっと思ったんですけど」
そんな中、深青がぽつりと言った。
「龍介さんの目指す場所って、能登半島の上の方?ですよね」
「そうだけど」
「じゃあ、なんで金沢に来たんです?」
深青は先程コンビニで購入したダージリンティーのペットボトルを股に挟みながら、カーナビの地図を縮小させて唸る。確かに彼女の言うとおり、魚津から西へ進んだあと、高岡市から上へと延びる国道160号、それから415号を通れば、金沢市の北に位置する、羽咋市までたどりつく。
方角的に金沢市は能登半島の南西にある。そこに行って…となると、下回りで大きく迂回することになるのだ。数時間以上の違いが出てくるものだった。
信号待ちで車が停車したのを見計らい、俺はスマホの電源を入れた。「ちょっと寄りたいところがあってさ」
「寄りたい?」
「友達のところ」
「お友達がここにいるんですか」
俺は肯いた。「西尾ってやつなんだけど」
ふうん、と深青は然程興味もなさそうな態度で、閉まったままの窓ガラスへと目を向ける。俺は構わず続ける。「そいつ、バーやってんだよ。まだ、一回も行けてないなって」
「え?」それまでの態度が嘘のように、深青は顔を明るくさせた。「バー?」
「あ、ああ。急にどう…」
「バーってあの、お酒を出すとこですよね。よくドラマで見るような」
「まあ、そんな大層なものじゃ無いとは思うけど」
「行きましょうよ!」ウキウキした様子で、深青は俺の肩を揺さぶる。「私、行ったことないんです!」
未成年なら行ったことがないのが当たり前である。「レジャー感覚で行くところじゃないぞ。…あ、それと言っとくがな」
「お酒、駄目とか言わないですよね」
「う、お」
先手を取られた。俺は思わず口をつぐむ。深青はしてやったりといった、得意げな表情を俺に向けた。
「これから死ぬって話をしてるのに。直前まで真面目って違いません?それに自分は飲むつもりですよね。車、運転するんでしょ」
「そんなこと言ったら、深青も真面目なこと言ってるだろ」
「私は龍介さんが運転する車に乗るんですもの。飲酒運転なんて、もし事故でもあったらどうするんですか。たとえ死ぬにしても、そんな死に方はしたくないですもん」
「…まあ、そのとおりか」
彼女の言うことには一理あった。そう、納得してしまったが故に、深青は「もし私がお酒ダメって言うなら、龍介さんもダメですからね」とついでに釘を刺してきた。
「良いか。君はどこの誰なんだ?」
「お父さんは龍介さんの高校時代の友達です。私はその娘です」
西尾のバー最寄りのパーキングに車を停め、狭い車内から出た二人は、夜道を歩いていく。
時刻は午後九時過ぎ。都心部から少し歩いた場所にそれはあった。スナックや居酒屋はあるが、それもちらほらとだ。おそらくこの辺りに住む常連の行きつけなのだろう。繁華街の眩しい明かりはなく、街灯が夜の町を仄かに照らしている。少し冷たく、寂しさまでも感じる街並み。
「どうして俺といるの?」
「お父さんとお母さんが、結婚記念日で出掛けてしまいました。その間一人にならないように、信頼できる龍介さんのもとで、お世話になっているんです」
「どうして二人で金沢まで?」
「龍介さんはそもそも金沢に旅行に行く予定がありました。そうなると私が一人になるので、ひとまず一緒についてきました。そんな感じです、はい」
「そんな感じですってなんだよ」
「だって。もう何回目ですか、これ。こんなに繰り返さなくても大丈夫ですって」
「でもな、俺達の関係って客観的にはやばいからさ」
「それはわかりますけど」深青はげんなりした様子で、溜息をついた。「第一、こんな理由で騙せますか。私、どう見ても鍵っ子のお留守番ができないような、箱入りな歳でもないんですよ」
「大丈夫だよ。バーの店員は、根掘り葉掘り聞いたりしないからさ」
「それなら余計、やる意味ないじゃないですか」
歩きながら、深青は溜息をついた。俺は少しムッとして「それでも、転ばぬ先の杖ってやつだよ。ことわざ。知ってる?」
「知ってますよ」はいはいと手のひらをひらひらとさせる。「それで。それより、そろそろ着きます?」
「ああ、あと3分ぐらいかな」
「どんどん灯りがなくなってきてません?本当にあるんですか、お友達のバー」
「あるっての。文句ばっかり言うなよ」
しかし彼女の言うとおりでもあった。俺も一度行ったことがあれば良いのだが、彼女と同じ立場でもあるため、少しの不安が心にうまれる。
「実は定休日だった、なんてオチじゃなければ良いですけど」
「心配するなって。とにかく、もう一回繰り返しだ。ええと、君はどこの誰なんだ?」
はあ、と。彼女はわざとらしく大袈裟に溜息をついた。
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