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第三章 秘密とカクテル
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しおりを挟む正午を過ぎた。夏の日差しは暑さを増し、とてもじゃないが炎天下にいるのは限界になった。
中津と太田原の二人は、昼飯のために現場近くにあった蕎麦屋に入る。注文して少し待っていると、すぐに店主がそれらを持ってきた。中津はざる蕎麦、太田原はたぬき蕎麦だ。
食べ始めたところで、店内に設置されたテレビ、報道番組が流れていた。
——先月未明、◯◯区で発見された女性の遺体は未だ身元の確認ができておりません。警察は犯人の足取りと動機を追っています。
「俺達、本当に追えているんですかね」
蕎麦つゆにわさびとネギを入れ、中津はぼやく。「さあな」と太田原は、七味唐辛子をたっぷりとかけたたぬき蕎麦をズズッとすすった。
遺体が発見されて一週間が経ち、既に八月になっていた。この一週間で近隣の住人への聞き取りも終えており、また地域一帯まで捜査の網を広げていた。
しかし有力な情報を手に入れることはできなかった。それもそうだろう。検死の結果、遺体が別の場所で殺されたことは確実とわかったのだ。
そして運ばれたのは深夜帯だ。雨が降って視界が不明瞭の中、目撃証言があるような目立つ公園でもない。また、夜遊びする若者がいるような所でもない。
「やっぱり身元が判明しないとなかなか」
「まあな。だが、これから少しは希望があるかもしれない」
「似顔絵も出ましたしね」
中津はテレビへと目を向ける。
ニュースには、殺害された女性の顔が映し出されていた。しかしそれは写真のようなものではなく、あくまで似顔絵といったものである。複顔法という、顔を似顔絵で表現する、医学的統計に基づいた鑑定技法の一つだ。身元不明の遺体の場合、こうして表されることが時たまあるのである。
「まあ、それでも悪戯目的の電話もあるだろうよ」
「理解不能ですよ、本当に」
中津は蕎麦つゆの入った蕎麦猪口に蕎麦を入れ、先に入れていたわさびを溶かすように箸で押し込む。つゆが麺にしみたところで、口へと運び豪快に啜る。味はなんだか、とてもしょっぱさを強く感じた。
「その中で、本当に身元がわかる情報を探し出す、か」
「それまで俺達は皆、手探りの状態ですね。でもここに戻ってももう何もない気がしますけど…」
「まあな。でも見逃しがあるかもしれない」
「それはそうですけど」
太田原は空になった器をテーブルの上に置き、割り箸の袋に入っていた楊枝で、チッチッチッと歯の間の食べかすをとっていく。
「ひとまず署に戻りますか」
「だな」
その声が聞こえてきた。
「本当だって!そこの公園で死体、死体!」
甲高い若い男の声。視線のみ、声のした方向…太田原の背の先、入り口のカウンターに座る二人組に移した。一人は金髪のスポーツ刈りで、【ROCK FES Vol.2】と背中にでかでかと書かれた黒のTシャツを着ている。もう一人はVネックの白Tシャツに、鎖がやたらと大きい銀色のブレスレットをつけた、黒の長髪の若者だった。
「ちょっと前に警察が集まってたのって、それか」
「そうそう。しかも聞いて驚くなよ。死体、裸で指が全部無かったわけ!」
また口に運ぼうとした蕎麦を、箸から思わず落としてしまった。目の前の太田原と顔を見合わせる。遺体は発見された後はすぐにシートで隠され、その後速やかに解剖のため、大学病院に運ばれた。また、ニュースでも遺体の詳細は公にされていないのだ。
若者達の会話は続く。
「うぇ。そんな死体、お前見たのかよ」
「そうそう。しかも裸だからおっぱいとか色々丸出しでさ。あ、女の死体だったんだけど」
「お前、キモ過ぎ」長髪男は苦笑いを浮かべつつも、「でも。それいつ見たんだ」
「一週間は前かな。フェスがあった日の翌々日ぐらい」
「え。あの時はもう?警察ばっかで見れなかったぞ」
よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、フェス男はにんまりと歯を見せる。「その、多分発見される直前だよ。午前三時くらいだな」
一週間前、午前三時に公園で遺体を見た?
遺体が発見された時期とも合う。それが本当なら、第一発見者よりも相当早く遺体を見つけたことになる。中津と太田原は、あえて声をかけず、静かに耳をそばだてた。
「へえ。でも真夜中に死体とか、普通にこえぇな」
長髪男の眉間に皺を寄せる姿に、何故だか気をよくしたようで、フェス男は「面白いのはここからよ」と、人差し指を立てる。
「ここから?」
「ああ。実はさ」
「うんうん」
「俺、見ちまったのよ」
「見た?何をだよ」
「犯人」
「はあ?」
「だから、犯人だって」
「え。犯人って、その女を殺したやつ?」
「そうそう。すげえだろ」
「マジかよ」フェス男はあんぐりと開ける。「すげえっていうかさ。お前それ普通に警察に」彼はそこで、顎に手を当てる。「いや、待てよ。それ、ネタにできるんじゃないか」
「やっぱお前もそう思うよな」
「なるほど。それでお前、警察にも言ってないって?」
「おう。ニュースも伝えていないような報道、見せます的な。どうよ?」
「良いねえ。最近コメントでマンネリとか言われてムカついてたし。バズりそうだな」
「よし決まり。じゃあ、早速これから俺んちいって撮影だ」
「おっけー」
「…悪いが、それはキャンセルだな」
二人の若者は、自分達の背から聞こえてきた声に、なんだなんだと同時に後ろを振り向いた。それから、これまた仲良く顔を青白くさせた。
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