31 / 73
第三章 秘密とカクテル
12
しおりを挟む「龍介さん、遅いですね」
深青がサマーデライトのカクテルをちびちび飲みつつ、呟く。確かに少し遅かった。しかし緊急を要するかどうかといった程遅いわけでもない。腹を下しているかもしれないし、今は放っておいて良いだろう。
それよりも。
西尾は、目の前に座っている美少女に向き直った。
「深青ちゃん。俺、君に個人的に訊きたいことがあるんだけど」
西尾は深青に向かって、にっこりと微笑みかける。対する彼女は、幼さの残る瞳で見返した。
「可愛さの秘訣ですか?」
「それは特に興味あるね。でも残念なことに、今回は別のことなんだ」
「ふふ。なんでしょうか」
「深青ちゃんって。あいつ…辻の、高校の時の友達の娘さんなんだよね」
「はい、そうですけど」
「その友達って。君からしたらお父さん、になるのかな。なんて名前なの?」
途端に笑顔が消え、深青は焦りの表情を微かに浮かべる。そうして、「え、あー」と人差し指を唇に当てた。
「ええと。西尾さんに言っても知らないと思うので…」
「俺さ、辻の奴とはそれなりに長い付き合いなのよ」
西尾は深青の言葉を遮りつつ、カクテルグラスをクロスで丁寧に拭く。「あいつ、あんな感じでしょ。大学の時から、人付き合いが下手くそでさ」
「はあ…」
「でも、俺とあいつは自然と馬があってね。なんていうんだろうな」そこで西尾は、両手をバーカウンターについた。「俺、片親でさ。生活苦しくて、俺がちっさい頃は生活保護受けてたんだ。そん時の同級生が大学にいたみたいで、いつからか友達から『セイホ』だなんて言われるようになって、避けられたんだわ。大学生だぜ?ほんと低レベルだよな。でも辻はそんなこと、気にするそぶりもなくってさ」
多分嬉しかったんだろうな。西尾は天井を見上げる。
「まあそんなこんなで、俺。あいつとは結構仲が良いのよ」
「知ってます。龍介さんからここに来る前に聞きました」
「あ、そうなの?」
「さっきから、回りくどい言い方ですね」深青は眉根を寄せた。「結局のところ、何が言いたいんです」
「つまりはね」西尾はカクテルグラスの器部分で、深青を指した。「俺が知る限り、君みたいなかわいい子を預けておくような友達、あいつにはいないんだわ」
深青は無言で西尾を見る。西尾は何となく、彼女から視線を外し俯く。
「あいつと君、二人で何を考えているのか、二人が何をするつもりなのか。それは、俺には分からないけどさ。優しい奴なんだよ、あいつ。もし、君が、その。言い辛いんだけどさ。あいつを騙そうと、ね。なんて、ことだったらさ。本当に、それこそ」
「知ってますよ」
肌がぴりつくような感覚に、西尾はとらわれた。
「え」
「龍介さんが優しいってことなんて。あなたに言われなくても、知ってるって言ったんですよ。ずっと前から」
西尾は顔を上げる。そこにいたのは深青に違いなかった。しかしつい数秒前までの可愛げのある様子はなく、雰囲気は別人だった。こちらを見る目は、氷のような冷たさを感じた。
「だって。そんな優しくて弱そうですぐに死んじゃいそうな彼だから。一緒にいるんです」
西尾は絶句する。深青はテーブルに肘をつき、ふふふと笑みを浮かべた。
「どういう意味なんだ」
「どういう意味って。ただ、それだけですよ。あなたは何も知らなくて良い知る必要の無いこと」
深青は椅子から降りた。ふわり、と擬音がつきそうな。まるで空気のような軽さを思わせる彼女は、顔だけ振り返ると、真顔で西尾を見た。
「余計な詮索、しないでくれます?」
西尾はすぐに返せなかった。餌を待つ鯉のように、ぱくぱくと口を開閉しながら、またも同じ席に座る深青を目で追うことしか。
余計な詮索だと?
一体、この女は何を考えている。あいつは…龍介は、この女と何をしようとしているのだ。この女は、龍介をどうするつもりなのだ。
「君は、なんなんだ」
頭の中に浮かぶ疑問の数々。しかし口から出たのは、ざっくりとした質問。まとめて全て聞くことはできないが故に、西尾はそうとしか聞くことができなかった。
「私は、彼の友達の娘。さっき言いました」
「俺、おかしいのかな。もう、まったくそうは思えないんだけど」
「あなたに信じてもらわなくても良いんです。ただ、今日が終わって明日になったら、あなたの友達が、知り合いの子を連れてやってきたなって。その程度の記憶を持つくらいで良いんです」
淡々とした態度の彼女に、もはや美少女といったあどけなさは残っていなかった。西尾は唾を飲み込み、細く息を吐く。
「龍介は良い奴なんだよ」
「ええ、はい」
「不器用だが、優しいところもある」
「さっきも言っていましたものね」
「もしも、君のせいであいつが不幸になるようなら、俺は君を許さない」
もはや少女に向けた態度ではない。頭では分かっていても、西尾はそう凄むことしかできなかった。
「ふふふ」
西尾の恫喝にも動じることなく、美緒は不気味に、そして肩を震わせて微笑んだ。
「彼は不幸にならない。それだけは約束してあげますよ」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる