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第四章 幻と嘘
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地下の駐車場へと入り、車から降りる。
コンクリートで囲まれたその空間は、そこまで大きなものではない。停車数は最大で二十台ぐらいだろうか。駐車場には二、三台程度しか停まっていない。しかし繁華街の中で、徒歩で訪れる客も多いのだ。これだけの駐車場を用意してくれるのはむしろ親切だった。
車を停めて、二人でホテル入口につながるエレベーターの前に行ったところで、俺は「あっ」と声を上げた。
「ちょっと待っててくれ」
「どうしたんです」
「忘れ物」
早くしてくださいね、と深青の声を背に受けながら、俺は愛車へと戻り助手席側を開けた。さっきまで、彼女が座っていた側のドアである。
助手席座って目の前にあるグローブボックスを手前に開ける。すると、煙草の箱がバラバラと落ちてきた。そういえば、この旅に出てから一度も吸っていなかったことに気がついたのだ。
俺は足下に落ちた煙草を二箱、それと一緒に落ちたライターを手に取った。そうしてまたドアを閉めようと思ったところで、俺は頭に引っかかるものがあった。
もう一度、助手席側のドアを開く。それからグローブボックスの取手を触る。摩擦もなく、それは開いた。
そこでようやく俺は、思い出した。
ボックスの中を漁る。ゴミ、小銭、それに空き煙草のケース。雑多な様子だが、あれが無い。俺が探している物は、どこにも見当たらなかった。
結局全て取り出しても、どこにもない。そこで俺は思い出した。ボックスの中身を戻したあとで、助手席のドアを閉め、俺は後部座席側のドアを開ける。
車検証は、後部座席のポケットに入れていたのだ。
記憶のとおりで、運転席の後ろのポケットの中に、それはA5サイズ程度の黒いファイルに綴じられ、入っていた。
「どういうことだ」
そこで俺は呟く。
——ごめんなさい。ここに入ってた車検証、見ちゃったんです。
深青は、そう言っていた。グローブボックスに車検証があったと。それを見て俺の名前を知ったのだと。しかし車検証は、そこには無かった。かといって、彼女が見た後で移動させたわけでもない。これは、ずっと後部座席のポケットにあったのだ。
彼女は車検証を見て俺の名前を知ってわけじゃない。ということは、深青は嘘をついたことになる。
つまり、俺の名前を知っていて、知らないふりをするために、彼女はあの時咄嗟に嘘をついたのだ。
何のために?
思い当たるのはあの大雨の日のことだが、その時自分の名前を口にする程、会話をしたわけではない。俺から声をかけて、傘を渡した。それだけだった。
俺はそこで初めて彼女に会った。彼女もまたそう言っていた。
しかしその前提が、違っていたら?
俺と深青はそれよりも前に会っている?
彼女程の見た目なら、会っていれば少なくとも覚えているだろう。しかし俺は頭の中、記憶の引き出しを全て抜き出した。それをひっくり返し、中身を念入りに探しても、彼女との思い出は、あの雨の日と昨日からのものしか無い。
つまりは、はっきりと言っている。
彼女とは、会ったことが無いと。
しかしそれなら、この矛盾はどう説明する?
「龍介さん?」
全身の毛穴がガパッと開いたかのように、鳥肌が立つ感覚を覚えた。
頭を上げる。
運転席側の窓ガラスの向こうから、深青が覗いていた。
「なに、してるんです?」
彼女は真顔で、俺を見ている。
「いや。あの、これ」俺はしどろもどろになりつつ、手に持っていた煙草の箱を見せた。「吸いたくて」
刹那の沈黙ののち、深青は「ああ」と肯いた。
「部屋で吸えると良いですね」
「そう、願いたいよ」
「さ、行きましょう。暑いし、早く部屋に入りたいんです」
深青はそれだけ言って、背を向けて行ってしまう。平然を装いつつ、車のドアを閉め、俺もまた彼女のもとへと歩みを進める。
深青は俺が煙草を吸っていることに、驚かなかった。
彼女の前で、俺は一本も吸ったことはないのだ。
コンクリートで囲まれたその空間は、そこまで大きなものではない。停車数は最大で二十台ぐらいだろうか。駐車場には二、三台程度しか停まっていない。しかし繁華街の中で、徒歩で訪れる客も多いのだ。これだけの駐車場を用意してくれるのはむしろ親切だった。
車を停めて、二人でホテル入口につながるエレベーターの前に行ったところで、俺は「あっ」と声を上げた。
「ちょっと待っててくれ」
「どうしたんです」
「忘れ物」
早くしてくださいね、と深青の声を背に受けながら、俺は愛車へと戻り助手席側を開けた。さっきまで、彼女が座っていた側のドアである。
助手席座って目の前にあるグローブボックスを手前に開ける。すると、煙草の箱がバラバラと落ちてきた。そういえば、この旅に出てから一度も吸っていなかったことに気がついたのだ。
俺は足下に落ちた煙草を二箱、それと一緒に落ちたライターを手に取った。そうしてまたドアを閉めようと思ったところで、俺は頭に引っかかるものがあった。
もう一度、助手席側のドアを開く。それからグローブボックスの取手を触る。摩擦もなく、それは開いた。
そこでようやく俺は、思い出した。
ボックスの中を漁る。ゴミ、小銭、それに空き煙草のケース。雑多な様子だが、あれが無い。俺が探している物は、どこにも見当たらなかった。
結局全て取り出しても、どこにもない。そこで俺は思い出した。ボックスの中身を戻したあとで、助手席のドアを閉め、俺は後部座席側のドアを開ける。
車検証は、後部座席のポケットに入れていたのだ。
記憶のとおりで、運転席の後ろのポケットの中に、それはA5サイズ程度の黒いファイルに綴じられ、入っていた。
「どういうことだ」
そこで俺は呟く。
——ごめんなさい。ここに入ってた車検証、見ちゃったんです。
深青は、そう言っていた。グローブボックスに車検証があったと。それを見て俺の名前を知ったのだと。しかし車検証は、そこには無かった。かといって、彼女が見た後で移動させたわけでもない。これは、ずっと後部座席のポケットにあったのだ。
彼女は車検証を見て俺の名前を知ってわけじゃない。ということは、深青は嘘をついたことになる。
つまり、俺の名前を知っていて、知らないふりをするために、彼女はあの時咄嗟に嘘をついたのだ。
何のために?
思い当たるのはあの大雨の日のことだが、その時自分の名前を口にする程、会話をしたわけではない。俺から声をかけて、傘を渡した。それだけだった。
俺はそこで初めて彼女に会った。彼女もまたそう言っていた。
しかしその前提が、違っていたら?
俺と深青はそれよりも前に会っている?
彼女程の見た目なら、会っていれば少なくとも覚えているだろう。しかし俺は頭の中、記憶の引き出しを全て抜き出した。それをひっくり返し、中身を念入りに探しても、彼女との思い出は、あの雨の日と昨日からのものしか無い。
つまりは、はっきりと言っている。
彼女とは、会ったことが無いと。
しかしそれなら、この矛盾はどう説明する?
「龍介さん?」
全身の毛穴がガパッと開いたかのように、鳥肌が立つ感覚を覚えた。
頭を上げる。
運転席側の窓ガラスの向こうから、深青が覗いていた。
「なに、してるんです?」
彼女は真顔で、俺を見ている。
「いや。あの、これ」俺はしどろもどろになりつつ、手に持っていた煙草の箱を見せた。「吸いたくて」
刹那の沈黙ののち、深青は「ああ」と肯いた。
「部屋で吸えると良いですね」
「そう、願いたいよ」
「さ、行きましょう。暑いし、早く部屋に入りたいんです」
深青はそれだけ言って、背を向けて行ってしまう。平然を装いつつ、車のドアを閉め、俺もまた彼女のもとへと歩みを進める。
深青は俺が煙草を吸っていることに、驚かなかった。
彼女の前で、俺は一本も吸ったことはないのだ。
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