40 / 73
第四章 幻と嘘
8
しおりを挟むよく覚えている。その日は、雨が降っていた。
雨粒がほおを滴る感覚も。粉雪のような雨が前髪を濡らし、イルミネーションのような水玉を作っていたことも。全てが脳に刻まれ、時間が経とうが癒えることはない。
雨の日の公園は、当然ながら人の気配が無かった。それも午前三時過ぎのことである。誰が好き好んで、雨に濡れながら、真夜中の公園に用があるというのだろう。
彼女はそこにいた。ぴくりとも動かずに。
俺は彼女を見る。ゆっくりと、時空が歪んでいるかのような感覚。近くに立つ俺のことも気にすることなく、彼女は動くことなく、そこにいた。
目を擦りながら、彼女の前に立った。
彼女は一糸纏わぬ姿で、死んでいた。
誰が見ても、それは明らかだった。
改めて、膝から崩れ落ちた。びしゃびしゃと、汚泥が服にかかる感覚。気にもならなかった。
俺は彼女の前で、四つん這いになったまま、叫び声を上げたいところを必死で堪える。様々な感情が脳内で錯綜し、渦を巻く。
雨は霧雨から、徐々に雨粒が大きな小雨に変わった。体がびしょ濡れになっていることも忘れたまま、俺はしばらくの間、汚れた様相のままで、彼女にさらに近づいた。
彼女の亡骸に触れる。
冷たい。
彼女とはもう、話をすることはできない。
彼女のあの温もりを、感じることはできない。
彼女の笑顔を、二度と見ることはできない。
つまりこれが、死というものなのだ。
そこで俺は、目を覚ました。
大きく息を吐き、吸い、少しだけ落ち着かせると、少しだけ上半身を起こした。
ここはどこだ。自分が汗でぐっしょりとなったシャツを着ていることと、焦茶のソファの上にいることはわかった。
目に留まるは壁にかかっている、丸いアナログ時計。長い針は、午前1時を少しだけ過ぎたところを指している。
きょろきょろと周りに顔を向けた。すると、俺の脚の長さ程の高さしかない冷蔵庫があることに気がついた。天板の上には灰皿と「エルミタージュ」の文言が記載された、新品のマッチ。
そうだ、ここはホテルだと思い出したところで、俺はベッドの上に彼女…深青の姿がないことに気がついた。
「んーんんー」
鼻歌のような声が聞こえていた。深青の声だ。声は、バスルームから聞こえてきていた。
風呂か。能天気なものである。俺は一息ついて、冷蔵庫の中の有料ミネラルウォーターを引き抜く。キャップを開け、一口。冷たい液体が、流れ込むように俺の体の中を侵食する。ぶるる、と俺は体を震わせた。
しかし、今の夢はなんだというのだ。
あんな夢を見たら、飛び起きるのも当然である。
俺は額に手を当てて息をつく。
…原因はわかっていた。
ちらり、俺はバスルームへと目を向けた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる