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第六章 さよならと笑顔
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しおりを挟むゴッチとタクヤは随分と上手くやってくれた。
動画サイトのライブ配信で、彼らは警察からの内密の依頼という言い方はせず、知り合いの知り合いが行方を探しているという体裁をとった。それから実際に、ダイレクトメールで協力者を募る。連絡をしてきた視聴者やファンの意見を選別し、保存不可な状態にした円城深青の写真を見せる。
彼女を見た等、足取りが追えそうな情報のみをピックアップ。それを中津のスマホに連携することで、リアルタイムに情報の確認ができるというわけである。
「ゴッチ君ですけど。中々やり手みたいですね」
「あんなナリでか?」
「容姿はともかく。きちんとマナーというか、そういう面には気を遣えるってのは、長生きしますよ」
太田原は頷いた。捜索相手のプライバシー保護、それに警察からの依頼というオフレコ…確かに容姿で全てを判断することはできないものだと、太田原は息をついた。
しかしなんでそこまで…とも不思議に思えた程である。情報は秘匿しろ、それでいて上手く被害者の妹を探し出せ…だなんて。太田原も彼らの配信されている動画は視聴した。見るからに軽そうな内容に辟易したのは本心だ。
故に随分とこちらに分がある話に対して容易に肯くことに、少し不安はあった。
それは太田原の杞憂に過ぎなかったようだ。
「俺、二個下の妹がいるんす。今も結構、仲良くやってんすよね。あいつがその、変な奴に絡まれてるなんて知ったら居ても立っても居られないっていうか。
つまりあれっす。他人事に思えなかったんす」
ゴッチは照れたように、頭を掻く。
これまでと趣向が異なる内容の生放送は、地味に再生数を増やしたようだ。彼らにも利が出たことは結果論であり、最初は本当に慈善事業だったことに違いなかった。
「すげぇな」
「何がです?」
午後四時過ぎ。所轄署の簡易相談室に、太田原と中津はいた。太田原はパイプ椅子に座り、腕組みをしてテーブルに置いた、10インチ弱の大きさのタブレットをじっと見ていた。
「こいつら、これで食っていってんだろ」
「このくらいになれば、そうかもしれません」
「それに影響力もある。芸能人じゃねえか」
「まあそうですね。でも、コンテンツ選択から動画作成、編集までしてとなれば、テレビの前に出ているだけの人達よりも、色々求められるものがあるかもしれません」
「そういうものなのか」
「そういうものですよ」
脱力する太田原の様子を見てから、「とにかく」と中津は続けた。
「集まった情報の中に、円城深青の情報があれば良いのですが」
「有象無象の情報の取捨選択をどうやるっていうんだ」
「もちろん全部確認しますよ」
「それだけの情報をか?」
「それが僕らの仕事なのでは?」
「中々言うな、お前…」
「お前はやめてくださいよ。今じゃパワハラですよ」
ああいえばこういう。太田原は中津をまじまじと見た。スポーツ刈りの頭。高い鼻には縁無しの眼鏡。体もそんな、がっしりとした様子ではない。今どきといえば今どきなのかもしれない。
するとそこで、生配信が流れるタブレットの画面の脇に通知のポップアップが表示された。中津と太田原の二人は、互いに顔を見合わせる。
中津は生配信の画面を脇に寄せて、それからチャットアプリを開く。ゴッチ、タクヤと連携しているものだ。
気付けば何件もそれは来ていた。二人は分担して確認していく。明らかに悪ふざけなもの、勘違いに思えるもの、要領を得ないもの。それらの中、太田原は一つのメッセージに目が留まった。
ゴッチさん、タクヤさん、生配信お疲れ様です。
それから写真、ありがとうございます。この女の子ですがね、ついさっき見ましたよ。場所は富山の◯◯って道の駅です。ツーリングの帰りに立ち寄ったんですがね。蜃気楼が見れるって噂なんです、そこ。
おっさんと二人で海鮮丼を食ってました。いや、女の子の方が、ほんと写真と同じというか、それ以上の見た目だったんで覚えています。めっちゃ可愛くて。
店出る時聞こえましたけど、金沢市のバーに行くって言ってたと思いますよ。SHELLYとか、そんな名前だったと思います。
「SHELLYって本当にありますよ」
中津がグルメサイトのページを開く。そこは隠れ家的なバーで、金沢中心街から少しだけ離れたところにあった。
中津はサイトに登録されていた連絡先に電話をかける。数コールするも、特につながる様子もない。サイトを見ると、今日は定休日のようだ。
「定休日なのに行きますかね?」
「普通は行かないだろうが。そんなSHELLYなんて名前、他の何と聞き間違えることがあるかって話だよ」
「まあ…それはないと思いますが」
しかし数分後、SHELLYのサイトを見ていた中津が声を上げた。
「太田原さん!これ」
「なんだ突然に…」
「辻の写真があります」
太田原はぶんどるように中津から彼のスマートフォンを手に取った。それはSHELLY公式サイトの、店の成り立ちのページだった。
西尾雅光。SHELLYのバーテンダー兼店主のようだ。そのページには、彼の生い立ちと店を開きたいと思った理由、そこを訪れる客に提供したいもの等、彼の想いが綴られていた。
中津が指差すのは、そのページ最初の頃にアップされた二人の若者の写真である。肩を組んだ男子二人が、にっこりとカメラに向かって笑みを浮かべたものだ。一人は西尾、それからもう一人は…
最高の親友 辻龍介と共に
写真の下には今、彼らが追うべき対象の一人である男の名前が載っていた。
「…今からここに行こうって言うなら?」
中津は画面から目を離さない太田原に向かって訊く。
「本部が許すわけがない」
「そりゃそうでしょうが…」
「だが」
「だが?」
「今は一刻を争う話なのかもしれない」
理由はともかく、本当に円城深青と辻龍介が一緒にいるのだとしたら。安心できるような関係だと、安易に考えることなんて、できそうにない。
「幸いお前は非番だったな。俺は家族が危篤ってことにしよう」
「太田原さん、そんな」
苦笑いを浮かべる若刑事の肩を、太田原は叩いた。それから腕時計を見る。
「この時間なら、新幹線の最終に間に合いそうだ。いけるか」
「ええ、もちろん」
中津は強く肯く。それからゴッチとタクヤの生放送番組にダイレクトメールで簡単な礼を入れておく。
数秒後、またもタブレットに通知が届いた。今度はゴッチから直接の連絡だった。生放送中だが、返事をくれたらしい。
お役に立てて光栄です。
必ず、深青ちゃんを助けてあげてください。
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