蜃気楼に彼女を見たか

夜暇

文字の大きさ
53 / 73
第六章 さよならと笑顔

しおりを挟む


 ゴッチとタクヤは随分と上手くやってくれた。

 動画サイトのライブ配信で、彼らは警察からの内密の依頼という言い方はせず、知り合いの知り合いが行方を探しているという体裁をとった。それから実際に、ダイレクトメールで協力者を募る。連絡をしてきた視聴者やファンの意見を選別し、保存不可な状態にした円城深青の写真を見せる。
 彼女を見た等、足取りが追えそうな情報のみをピックアップ。それを中津のスマホに連携することで、リアルタイムに情報の確認ができるというわけである。
「ゴッチ君ですけど。中々やり手みたいですね」
「あんなでか?」
「容姿はともかく。きちんとマナーというか、そういう面には気を遣えるってのは、長生きしますよ」
 太田原は頷いた。捜索相手のプライバシー保護、それに警察からの依頼というオフレコ…確かに容姿で全てを判断することはできないものだと、太田原は息をついた。
 しかしなんでそこまで…とも不思議に思えた程である。情報は秘匿しろ、それでいて上手く被害者の妹を探し出せ…だなんて。太田原も彼らの配信されている動画は視聴した。見るからに軽そうな内容に辟易したのは本心だ。
 故に随分とこちらに分がある話に対して容易に肯くことに、少し不安はあった。
 それは太田原の杞憂に過ぎなかったようだ。
「俺、二個下の妹がいるんす。今も結構、仲良くやってんすよね。あいつがその、変な奴に絡まれてるなんて知ったら居ても立っても居られないっていうか。
 つまりあれっす。他人事に思えなかったんす」
 ゴッチは照れたように、頭を掻く。
 これまでと趣向が異なる内容の生放送は、地味に再生数を増やしたようだ。彼らにも利が出たことは結果論であり、最初は本当に慈善事業だったことに違いなかった。


「すげぇな」
「何がです?」
 午後四時過ぎ。所轄署の簡易相談室に、太田原と中津はいた。太田原はパイプ椅子に座り、腕組みをしてテーブルに置いた、10インチ弱の大きさのタブレットをじっと見ていた。
「こいつら、これで食っていってんだろ」
「このくらいになれば、そうかもしれません」
「それに影響力もある。芸能人じゃねえか」
「まあそうですね。でも、コンテンツ選択から動画作成、編集までしてとなれば、テレビの前に出ているだけの人達よりも、色々求められるものがあるかもしれません」
「そういうものなのか」
「そういうものですよ」
 脱力する太田原の様子を見てから、「とにかく」と中津は続けた。
「集まった情報の中に、円城深青の情報があれば良いのですが」
「有象無象の情報の取捨選択をどうやるっていうんだ」
「もちろん全部確認しますよ」
「それだけの情報をか?」
「それが僕らの仕事なのでは?」
「中々言うな、お前…」
「お前はやめてくださいよ。今じゃパワハラですよ」
 ああいえばこういう。太田原は中津をまじまじと見た。スポーツ刈りの頭。高い鼻には縁無しの眼鏡。体もそんな、がっしりとした様子ではない。今どきといえば今どきなのかもしれない。
 するとそこで、生配信が流れるタブレットの画面の脇に通知のポップアップが表示された。中津と太田原の二人は、互いに顔を見合わせる。
 中津は生配信の画面を脇に寄せて、それからチャットアプリを開く。ゴッチ、タクヤと連携しているものだ。
 気付けば何件もそれは来ていた。二人は分担して確認していく。明らかに悪ふざけなもの、勘違いに思えるもの、要領を得ないもの。それらの中、太田原は一つのメッセージに目が留まった。

 ゴッチさん、タクヤさん、生配信お疲れ様です。
 それから写真、ありがとうございます。この女の子ですがね、ついさっき見ましたよ。場所は富山の◯◯って道の駅です。ツーリングの帰りに立ち寄ったんですがね。蜃気楼が見れるって噂なんです、そこ。
 おっさんと二人で海鮮丼を食ってました。いや、女の子の方が、ほんと写真と同じというか、それ以上の見た目だったんで覚えています。めっちゃ可愛くて。
 店出る時聞こえましたけど、金沢市のバーに行くって言ってたと思いますよ。SHELLYとか、そんな名前だったと思います。

「SHELLYって本当にありますよ」
 中津がグルメサイトのページを開く。そこは隠れ家的なバーで、金沢中心街から少しだけ離れたところにあった。
 中津はサイトに登録されていた連絡先に電話をかける。数コールするも、特につながる様子もない。サイトを見ると、今日は定休日のようだ。
「定休日なのに行きますかね?」
「普通は行かないだろうが。そんなSHELLYなんて名前、他の何と聞き間違えることがあるかって話だよ」
「まあ…それはないと思いますが」
 しかし数分後、SHELLYのサイトを見ていた中津が声を上げた。
「太田原さん!これ」
「なんだ突然に…」
「辻の写真があります」
 太田原はぶんどるように中津から彼のスマートフォンを手に取った。それはSHELLY公式サイトの、店の成り立ちのページだった。
 西尾雅光にしおまさみつ。SHELLYのバーテンダー兼店主のようだ。そのページには、彼の生い立ちと店を開きたいと思った理由、そこを訪れる客に提供したいもの等、彼の想いが綴られていた。
 中津が指差すのは、そのページ最初の頃にアップされた二人の若者の写真である。肩を組んだ男子二人が、にっこりとカメラに向かって笑みを浮かべたものだ。一人は西尾、それからもう一人は…

 最高の親友 辻龍介と共に

 写真の下には今、彼らが追うべき対象の一人である男の名前が載っていた。
「…今からここに行こうって言うなら?」
 中津は画面から目を離さない太田原に向かって訊く。
「本部が許すわけがない」
「そりゃそうでしょうが…」
「だが」
「だが?」
「今は一刻を争う話なのかもしれない」
 理由はともかく、本当に円城深青と辻龍介が一緒にいるのだとしたら。安心できるような関係だと、安易に考えることなんて、できそうにない。
「幸いお前は非番だったな。俺は家族が危篤ってことにしよう」
「太田原さん、そんな」
 苦笑いを浮かべる若刑事の肩を、太田原は叩いた。それから腕時計を見る。
「この時間なら、新幹線の最終に間に合いそうだ。いけるか」
「ええ、もちろん」
 中津は強く肯く。それからゴッチとタクヤの生放送番組にダイレクトメールで簡単な礼を入れておく。
 数秒後、またもタブレットに通知が届いた。今度はゴッチから直接の連絡だった。生放送中だが、返事をくれたらしい。

 お役に立てて光栄です。
 必ず、深青ちゃんを助けてあげてください。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

処理中です...