蜃気楼に彼女を見たか

夜暇

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第一章 旅は道連れ

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 ブレザーの制服姿の少女が立っていた。
 身長は、俺より一回りは低く、百六十センチぐらいだろうか。長い黒髪をポニーテールに結んでいる。化粧は薄いが、二重瞼の目、雪のような白い肌に鼻筋がしっかりと通り、顔の形を鮮明に見せていて、彼女が美人であることを際立たせていた。
「あの」
 少女は怪訝な表情で、俺を見る。ハッとして、我に返った俺は「あ、ええと」と声を濁らせた。
「おじさんって」なんとなく周りに顔を向ける。「俺のこと?」
「ええ。他に誰もいませんよ」
「あ、まあ、そうだけど」
 声が上擦る。制服から判断するに、中高生だろうか。恥ずかしさに顔を熱くさせながら、俺は「何か用?」と尋ねる。
 少女は真剣な面持ちで、彼を見つめたあとで深く肯いた。
「おじさんにお願いがあって、ここにいたんです」
「お願いって」
 なんのお願いなのだろうか。気にはなるも、俺は己の好奇心を抑えた。
 見ず知らずの美少女からの突然のお願い。これは日常ではない。常識でもない。フィクションでもない限り、大抵が宗教かセールスのキャッチか何かなのである。

 俺が内心警戒していることなどつゆ知らず、少女は懇願するように、俺の手を取った。
「えっ」
 突然の少女の行動に、俺は素っ頓狂な声をあげた。
「おじさん、これからこれに乗って出かけるんでしょう」
 少女は俺のオンボロ車を指さした。俺は辿々しく肯く。すると少女は続けて「私も、乗せてもらえないでしょうか」と言った。
「な、何を言って」
 頭が真っ白になるとは、こういうことを言うのだろうか。死ぬための旅。出発しようとした矢先、謎の美少女がどこからともなく現れ、同行したいという。
 現実とは思えなかった。
 しかし、たとえ夢だったとしても、ヒッチハイクみたいに、目の前の少女を乗せるわけにはいかなかった。俺は死ぬための旅に出るのである。見ず知らずの人間を連れていくことはできない。
 心の中の声を表に出そうとしたところ、先に少女は「知ってますよ」と一言告げた。
「死ぬつもりなんですよね」
 時間が止まったかのようだった。またも俺が口をつぐむと、少女は儚げに微笑んだ。
「私も同じです」
「同じ…」
「私も、死にたいんです。だからお願い」
「君が?」
 俺は失礼とは思いつつも、足先から顔まで、相手を流しで見た。これだけ整った容姿なら、学校でも異性から人気があるだろう。それに話し方も——それは俺が、学生時代に交流が無かったスクールカースト上位の女子生徒に似ていた。とてもじゃないが、死を選ぶような人種には見えなかった。

 俺は閃いた。これは、若者の罰ゲームではないか?

 俺が死ぬことをどう知り得たのかは分からないが、「おじさん」の死、それに一種のイベントチックな感情が生まれたのではないか。
 そうに違いない。じゃないと、こんな子が俺に話しかけてきて——しかも一緒にでかけたい、だなんて。あり得ないことだ。きっとどこかで、同級生かがカメラで撮ってて、俺が本気になったところで「ドッキリ」だなんて…
「何を笑ってるんです」
 少女に言われ、俺はようやく自分の口の端が上がっていることに気がついた。
 いやいやと、誤魔化すように笑う。
「だって。君みたいな子が死ぬってさ。嘘だよ」
「嘘とは?」
 少女は俺の前に立つ。凛とした、と言葉がまさしく当てはまる。そんな彼女に、俺はからかい口調で続けた。
「君の容姿じゃ、学校でも人気者なんじゃないの。今、動画でも撮ってたりする?おっさんに同情したら、本気になった的な。再生回数でも稼ぐためのドッ」

 ぱちんっ。

 そこで、耳の付け根あたりで花火が弾けたような痛みと、併せて乾いた音が鼓膜に響いた。
 刹那、頭の中が真っ白になる。しかしそのすぐ後で、少女からビンタをされたことがわかった。じんじんと、痛みが頬に広まる。思わず片手を添えながらも、驚いた表情で目の前の彼女を見た。
「何する…」
 そこで俺は言葉を失った。
 彼女は泣いていた。大きな両の瞳から、流れ出るは透き通る液体。白肌の上、澄んだ小川のように跡をつくる。
 ——おい、大丈夫か。
 まるでブラウン管のテレビのように、ノイズが走る。頭の中で、ざらつく記憶がフラッシュバックする。
 彼女の涙に、俺はひどく既視感を覚えた。
 その涙を、俺は見たことがなかっただろうか。
 その涙に、俺は関わってはいなかっただろうか。
「何が、あったんだ」
 喧嘩腰ではなく、そっと尋ねる。そこまでの、彼女に対する否定的な感情が消えていることに、自分でも驚くも、ひとまずは彼女の答えを待つ。
「だから。おじさんと同じなんです」
「それが一体どういう意味なんだって」
 直後、少女の動きは俊敏だった。
 俺に背を向けた少女は、素早く助手席側に周った。
「ほら、早く乗りましょうっ」
 ぽかんとする俺をそのままにして、少女はドアを開け、蛇の如く中に体をしんなりと滑り込ませた。普通であれば頭にきても良い程の傍若無人さ。しかし俺は何故か、彼女を強く拒絶するだけの意志を持ち合わせていなかった。
 この感情はなんだ。
 この、もやもやもする感情は。
「…くそっ」
 どういうわけだか、この感情の正体を知りたい。それは、自分だけでは知ることができない。それを知るには、少女が必要だった。
 俺は運転席側のドアに手をかける。

 仕方ない。旅は道連れ。世はなんとやら。
 車に乗るは、互いに素性を知らない男と少女。
 しかし目的は同じく、死ぬため。
 そんな、奇妙な二人旅の始まりだった。
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