精霊の守り人

つなさんど

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一刀対鞍馬

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松本は、一刀の問いに対し、ニヤリと笑い、再び懐から紙を取り出した。

「わりいことしたんだろう? 無垢な人たち皆殺しにしてよお」

松本巡査が突きつけた人相書きは、静と一刀を、逃亡した源兵衛一味の凶悪犯として断定していた。

「イヤイヤちょっとまて。俺たちはそいつに嵌められてる! そいつを探してんだ! 仲間じゃねえ!」

一刀は刀を受け止めながら、焦りの色を隠せず叫んだ。

静も、安堵から一転して突きつけられた理不尽な事実に、声を震わせた。

「そうよ! 友達も殺されてるのよ! 私たちが悪党なわけがないでしょう!」

松本は、二人の必死の抗弁に対し、鼻で笑うと、さらに刀に力を込めた。

「往生際が悪いぜ、お前ら」

彼の目は、もはや二人が何を言おうと聞く耳を持たなかった。出世という欲望に目が眩んでいるのだ。

「悪党ってのはみんな、あいてがわりい、自分は正しいって宣(のたま)う生きもんなんだぜ」

松本は下卑た笑みを浮かべ、さらに言った。

「とくに、お前みたいな汚ねぇ恰好の女と、片腕が金属のいかれた男が言っても、誰も信じやしねぇ。源兵衛って野郎が悪魔だか何だか知らねえが、人相書きのほうがよっぽど真実に見えるんだよ!」

松本は、一刀の刀を弾き飛ばすと、再び静に向かって切りかかろうとした。一刀はすぐさま光の義手を盾にして静を庇い、必死に体勢を立て直そうとする。彼らは、目の前の公的な暴力と、その背後にいる小松少警部の巧妙な罠に、完全に追い詰められていた。

松本の刀と、一刀の光の義手(短刀)が激しくぶつかり合う。巡査とはいえ、松本の剣筋は荒々しくも鋭い。

「くそっ、お前…俺の流派についてこれるとは、中々やるじゃねえか!」

松本は唸った。彼の刀術は、警察の訓練とは違う、どこか古流の剣の重さを感じさせるものだった。

「妙な体(からだ)しやがって! そんな光る得物で、よくぞこの神道無念流(しんとうむねんりゅう)の斬撃を受け止められるもんだ!」

一刀は、松本の流派の名前を聞くや、わずかに表情を引き締めたが、反論する暇はない。光の義手は強烈な斬撃を受け止めるたびに火花を散らし、松本の刀もまた、神具の力に触れて鈍い音を立てていた。

一刀は歯を食いしばる。

「関係ない! 俺たちはお前たちの探している人殺しじゃねえ! すぐに上官に連絡しろ!」

「うるせぇ! 俺の出世に水を差すんじゃねえ!」

松本は、一刀が自分と同等に渡り合えることに焦りを感じ始めた。このままでは、時間がかかり、せっかくの手柄を逃してしまう。

「チッ……埒(らち)があかねえなら――」

松本は、一瞬刀を引くと、標的を一刀から、背後にいる静へと変えた。

「お前を先に始末してやるよ!」

松本の刀が、防御を解いた静の非武装の身体めがけて、容赦なく閃いた。

松本が、一刀の防御をかいくぐり、非武装の静へと刀の切っ先を向けた、その瞬間。

「キャアアアア!」

茶屋の軒先から、甲高い悲鳴が上がった。

三人の激しい戦いのすぐそばにある茶店には、街道を行き交う旅人や町民が休んでいたが、そのうちの一組、親子連れに異変が起こったのだ。

母親らしき女性が顔を真っ青にして、座敷から道路へ転がり出てくる。彼女が抱きかかえていたはずの幼い子供が、痙攣(けいれん)を起こしながら、全身が異様な色に変色していた。

「だ、誰か! この子を! この子がおかしい!」

子供の肌は、通常の病気ではありえない、青と黒の斑点がまだらに浮かび上がり、口からは泡を吹いている。見るからに命に関わる、尋常ではない症状だった。

この光景を目撃した松本は、静に振り下ろそうとしていた刀の動きをピタリと止めた。

「な……なんだ、こりゃ……」

松本は出世への執着に燃えていたが、目の前で繰り広げられたのは、彼がこれまで追いかけてきた裏社会の仲間割れなどではない。それは、理不尽で、悪意に満ちた難儀そのものだった。

一刀は即座にそれが何を意味するかを理解した。源兵衛が解放した難儀の力、すなわち悪魔と契約した妖の毒が、近くの町民にまで影響を及ぼし始めているのだ。

「松本! 見ろ! これが源兵衛が引き起こした災いだ! これは、お前が追っている殺人などではない! この世の理が壊されているんだ!」

一刀の言葉は、松本の心に初めて響いた。松本は、出世という小さな欲望と、目の前で死に瀕している無垢な命を前に、刀を構えたまま立ち尽くす。彼の心は、明確な義務と功名心の板挟みになっていた。

松本は、目の前で痙攣する子供と、その傍で泣き叫ぶ母親の姿に、功名心だけでは動かせない倫理的な揺らぎを感じていた。彼は刀を下げたものの、一刀と静を信用したわけではない。

「……くそっ。チッ」

松本は舌打ちし、刀を鞘に収めた。その動作は、あくまで休戦を意味していた。

「いいか、悪党ども。お前らの言い分など、出世がかかった俺の耳には届かねぇが、目の前のガキが死ぬのは寝覚めが悪い」

松本は荒々しく言い放った。

「そいつが、お前らの言う源兵衛の災いってやつなら、まずは止めろ。俺はお前らを信用しねぇが、巡査の仕事は、目の前の命を放っておくことじゃねえ。どうする。どうすれば、このガキが助かる」

彼は、一刀と静に、命を救うための具体的な算段を要求した。

一刀は、松本の顔から欲望のギラつきが消え、人間的な義務感がわずかに覗いたことを察した。これは好機だ。

「松本巡査。感謝する」
一刀は冷静に言った。
「我々の主張は後で聞いてもらう。だが、この毒は、昨日綾が浴びたものとほぼ同じだ。ガマの妖の毒だ。通常の薬では効かない」

「では、どうする!」

「解毒には、神具の力が必要だ」
一刀は光の義手を子供に向かって差し出した。「この光の短刀は、難儀の源を断つ力を持つ。毒の元である妖の力を、神具で中和させる」

しかし、一刀はすぐに顔を曇らせた。

「だが、俺がまともに動けば、巡査殿は我々を攻撃してくるだろう。巡査殿が、この毒の中和に必要な、神具の光を子供の体に当てるまでの間、我々の身を守ってくれないか?」

松本は、一刀の提案と、自分の矛盾した立場に葛藤した。目の前の命を救うため、指名手配犯を守るという屈辱。しかし、彼は歯を食いしばって決断した。

「分かった。ただし、変な真似をしてみろ。その光る腕ごと叩き斬る」

松本は、周囲の茶屋の客や野次馬たちを威嚇するように睨みつけ、子供の周りに誰も近づかないように、周囲の警戒を開始した。

静もまた、自分の制服の袖をちぎり、母親に子供の口元を拭くように指示を出すなど、できることを手伝い始めた。

一刀は、松本の警戒の中、光の義手を子供の斑点に覆われた皮膚のわずか上にかざした。光の義手から、澄んだ虹色の光が放たれ、子供の体へと吸い込まれていく。

一刀の光の義手から放たれた虹色の光は、痙攣する子供の体に吸い込まれていった。子供の肌に浮かび上がっていた青黒い斑点は、光が吸収されるにつれて、まるで霜が溶けるかのように消え失せていく。

数秒後、子供の呼吸は安定し、ぴくりと指が動いた。

「ああ、この子……!」

母親は安堵の叫び声を上げ、子供を抱きしめた。子供はまだ意識は混濁していたが、命の危機は去ったことは明らかだった。

「神様……ありがとうございます! ありがとう……!」

母親は涙を流しながら、一刀の光の義手と、それを守るように立っていた松本巡査に深々と頭を下げた。周囲に集まっていた茶屋の人々も、奇跡的な回復に息を飲んでいる。

松本は、その感謝の言葉を浴びながら、複雑な表情で刀を握りしめていた。彼は、一刀たちへの疑念を一切払拭していない。

「ちっ……運のいいガキだ」
松本は静かに舌打ちした。

彼は、一刀と静に向き直った。その目は、再び冷たい巡査の目に戻っていた。

「今回だけは恩赦だ」
松本はそう言い放った。
「お前らがこのガキを助けた手前(てまえ)がある。俺の目の前で人を救った以上、その場で斬るわけにはいかねえ。今回だけは見逃してやる。さっさと消えろ。次に会った時は、お前らの命と俺の出世、両方いただかせてもらう」

松本にとって、これは公務の放棄ではなく、あくまで出世を確実にするための最善策だった。
    
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