精霊の守り人

つなさんど

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姉と弟

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一刀、静、そして松本が、宝の残骸を無視して峠道を進み始めた、その時。
​「ちょっと待て」
​背後から、書生服の若者が、先ほどとは打って変わって、少し戸惑ったような声で呼び止めた。
​三人は、心底面倒臭そうに振り向いた。一刀は警戒を解かず、松本は漆黒の義手で刀の柄を掴んでいる。静は、この若者もまた、別の刺客や悪魔の契約者ではないかと疑っていた。
​「まだ何か用なのか? 宝はお前の好きにしろと言ったはずだけど」
一刀は冷ややかに言った。
​若者は、財宝には目もくれず、三人の顔を三人の顔をまじまじと見つめた。
​「お前ら……本当にいい奴だなあ」
​若者は、驚きと感心がない交ぜになったような表情を浮かべた。その変わり身に一刀たちは転けそうになる。
​「その金銀の塊を見ても、微塵も欲を出さねえ。一欠片残らず俺に寄こすなんて言いやがる。そして、俺が殺すぞって脅しても堂々としている。お前らのような人間、初めて見た」
​若者は、腰の刀を鞘に収めると、顔に浮かんでいた警戒の色を消し、人懐こい笑顔を見せた。

​若者は、改めて自己紹介をした。
​「俺の名は、優蛇(ゆうだ)。この山間の町にある旧家の長男だ」
​優蛇は、一刀、静、松本の三人を案内し、残り二里の道のりを進んだ。優蛇は、峠道で人を殺そうとした先ほどの緊張した面持ちとは一転し、道中、町の歴史や自分の家のことについて、珍しく人懐こい調子で話した。
​「俺は人見知りなんだが、あんたらみたいに、金に目もくれない連中は悪い人間じゃねえ気がしたんだ」
「自分で言うか、普通人見知りとか……。まぁお前も悪いヤツじゃなさそうだがな」
松本はそう言いながら大きな欠伸を一つしながら優蛇の顔を伺った。
「命は奪っちゃダメよ、わかった?」
「ゴメンゴメン成り行きでつい口走っただけだ。そうでもしないとあんたたち強そうだったし、何か物々しい音とか怒声も聞こえたしな」
優蛇は豪快に笑った。
​優蛇の案内でたどり着いた家は、たしかに広大な敷地を持つ旧家だったが、手入れが行き届かず、荒廃した様子だった。門や塀は崩れかけ、庭の木々は伸び放題で、貧しい暮らしを伺わせた。
​​母屋に通されると、そこにいたのは、優蛇の姉、睡蓮(すいれん)だった。
​睡蓮は、弟の優蛇とは対照的に、虚ろな目をした、陰鬱な雰囲気を持つ女性だった。彼女は、静たちが持つ疲労と血の匂いに気づきながらも、どこか心ここにあらずと言った表情で、一行を迎え入れた。
​「優蛇。お前が見知らぬ人間を連れてくるなんて、珍しいこともあるものだ」

睡蓮の家は荒れ果てていたが、夕刻になり用意された夕餉(ゆうげ)は、山菜や川魚を使った素朴ながらも温かい料理だった。
​静は、久しぶりの人の温もりに触れ、緊張が解けていくのを感じた。松本もまた、悪魔の義手を隠すようにしながらも、優蛇や睡蓮の気遣いに、少しずつ心を許し始めていた。
​「姉貴は、こういう家の務めに囚われすぎて、いつもこんな調子なんだ」
優蛇は、皿を運びながら、虚ろな睡蓮を見て、少し悲しそうに言った。
​「仕方ないだろう、優蛇。この世の難儀の影を感じるたび、私は恐ろしくなるのだ。だが、目の前の人には、もてなしをしなければならない。それがこの家の務めだ」
睡蓮は、目を伏せて言った。
「睡蓮さん、難儀の影ってもしかして――」
静は腰に下げた鈴の飾りを見せた。
「お前も持っているのか?なら、お前たちは」
睡蓮は驚いたように3人を見た。長年、村人以外には秘していた思いが溢れ出そうとするのをぐっと堪える。
「信じてもらえないかも知れないけど私たちもその難儀に立ち向かう為にこうして旅をしているの」
静はそう言ってこれまでの経緯を睡蓮に話した。

そして​食事の間、睡蓮と優蛇は、この町に伝わる古い言い伝えすなわち難儀の蓋としての宝の存在を語った。
​そのとき、玄関先で荒々しい声が響いた。
​「おい! 睡蓮! 寄合の時間だぞ! いつまで家に引きこもってるんだ!」
​睡蓮は、食事の手を止めた。
​「村の衆か」
​優蛇が戸を開けると、そこに立っていたのは、数人の村の男たちだった。彼らは、疲弊と不安からか、どこか苛立ちを隠せない様子だった。
​「このところ、山で不審な獣を見たって話や、得体の知れない病で寝込む人間が増えているんだ! お前の家が代々やってきたように、村全体でお札を配るとか、寄合で対策を話し合うとか、なんとかしろ! いつまでも家に籠もっているんじゃない」
​村人は、家長としての睡蓮に、難儀への対処を強く迫り、村の寄合に顔を出すようにと告げた。
​静は、その村人の言葉から、この町にも、既に難儀の影が忍び寄っていることを確信した。
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