精霊の守り人

急襲

睡蓮が村の寄合に出かけて行ってから、優蛇は終始落ち着きがなかった。母屋の縁側で、一刀、静、松本の三人と共に待機しているが、優蛇の心は不安で押し潰されそうだった。
​「姉貴は……大丈夫かな。最近の村の衆は、本当に道理が通じないんだ。姉貴はああ見えて、責任感が強いから、一人で抱え込みすぎる」
優蛇は、刀の柄を握りしめながら呟いた。
​「大丈夫だ。あの人は、ただ村の寄り合いに出かけたわけではない。きちんと物事を治めて帰って来るはず、心配ない」
一刀は光の義手を隠しつつ、家の周囲に神経を研ぎ澄ませていた。

​「しかしよ、それだけ難儀の影響が出てるなら人間も小松みたいなヤツがいても不思議じゃねえだろ？もし、悪魔の囁きに心を囚われてしまった人間が向こうにいたらどうする、手強いぞ」
松本は、漆黒の義手を隠すことなく、鋭い眼差しを家の門に向けていた。
「そんなことを聞くと益々、姉貴が心配だ。一人で行かせるんじゃなかった」
​優蛇が不安を口にした、その時だった。
​屋敷の静寂を切り裂くように、複数の荒々しい足音が、早鐘を打つように母屋へと近づいてくるのが聞こえた。
​優蛇は、その足音を本能的に察知し、顔色を変えた。
​「これは……姉貴の足音じゃねえ！ 村の衆だ！ 尋常じゃないぞ、この数と速さは！」
​優蛇は、すぐさま背後の障子を蹴破るようにして立ち上がり、短刀に手をかけた。彼の顔には、姉の帰りを待つ弟の不安から、家を守る者の鋭い殺気へと切り替わっていた。
​一刀と松本も、臨戦態勢に入った。
​「来たか。悪魔に支配された村人たちだ」
一刀は、光の義手から短刀の刃を静かに抜き出した。その刃は、薄暗い母屋の中で、青と朱色の炎を微かに纏っている。
​松本は、ため息と共に刀を抜き放った。
​「ちっ、こんな役立たずの雑魚の相手をさせられるたぁな」
彼の漆黒の義手からは、冷たい殺気が滲み出し、静かに迎え撃つ準備を整えた。
​静は、二人の「契約者」と、これから家に押し入ろうとする村人たちとの間に立ち、恐怖に震えながらも、自分たちを匿ってくれた睡蓮と優蛇の家を守るため、深く息を吸い込んだ。
​「優蛇さん、私たちは絶対に退きませんわ！」
​彼らを討つために、悪魔に支配された村人たちが、もうすぐ母屋へと押し入ろうとしていた。
優蛇の警告から間髪入れず、屋敷を囲んでいた村人たちが荒々しく動き出した。
​「うるせえ！ 宝を渡せ！ 悪党どもめ！」
​
​正面の襖と障子が、外から蹴破られた勢いで木っ端微塵に砕け散る。土足のまま母屋に踏み込んできたのは、三人の組の長だった。彼らの顔は疲弊しきっているが、その目は異様なまでに血走り、常軌を逸した狂気を宿していた。悪魔の力に完全に支配され、ただ獲物を追い立てる獣と化している。
​一刀は、光の短刀を構えると、静に向かって強く命じた。
​「静は後ろへ退いててくれ。戦いの邪魔だ」
​静は、その直截的な言い方に「言い方が癪にさわる！」と口を尖らせたが、すぐに彼らの殺気の異常さを察した。
​（でも……確かに、わたくしの力ではお邪魔にしかならないわね）
​静は、悔しさを滲ませながらも、一刀と松本の背後深く、暗い廊下の隅へちょこんと身を退いた。
​「チッ、数が多い」
松本は舌打ちし、黒い義手に力を込める。
「いくら倒してもキリがねえな！」
​三人の組の長が、唸り声を上げながら、一刀と松本めがけて殺到する。
​その瞬間、優蛇は彼らの数を数え、異変に気づいた。
​「待て！ おかしい！ 組の長は五人いるはずだ！ 今ここにいるのは三人だけ……！」
​優蛇は、飛びかかってくる村人を睨みつけながら、叫んだ。
​「姉貴を寄合から引き離した奴らが、ここで時間を稼いでいる間に、残りの二人が、別の場所を狙っているんだ！ 蔵だ！ 姉貴の宝の蔵に、先回りしたに違いねえ！」
​​優蛇の警告が響き渡る中、三人の組の長が、常軌を逸した目で、雄叫びを上げながら一刀たちに殺到した。
​一刀は、光の短刀を構えたまま、松本に強く命じた。
​「松本、仮にもここの人は人間だ、殺しちゃダメだぞ。気を失わせるんだ」
​松本は、漆黒の義手を閃かせ、殺到する組の長の一人を弾き飛ばしながら、心底不満そうな声を上げた。
​「面倒くせえなぁ、分かったよ。言われた通りするよ」
松本は舌打ちした。
「ったく、ホントにアイツはお人好しだぜ」
​松本は、悪魔の力に侵された人間だろうと、自分の出世や復讐の邪魔をする者は容赦なく排除したい。しかし、一刀の人間を殺さないという明確な線引きは、彼の中に残るわずかな良心を刺激し、抵抗できない命令となっていた。幸いにも先に倒した者も峰での強打だったが致命傷には至っていない。
​松本は、漆黒の義手の硬質な部分を組の長たちの側頭部や腹部にめがけて攻撃を加え、致命傷を避けた制圧戦へと切り替えた。
​一刀もまた、光の短刀の刃ではなく、光の衝撃波を使って、組の長たちを吹き飛ばし、彼らの動きを封じることに集中した。
​その間に、優蛇は叫ぶ。
​「一刀さん！ 松本さん！ 蔵は裏だ！ 早く！」