精霊の守り人

つなさんど

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松本の破壊的な一撃を受け、吐影は廊下の隅で転がったが、すぐにそのトカゲのような異形な体躯をよじらせて立ち上がった。彼の腹部に受けた斬撃は深いものの、悪魔の契約者としての生命力は、容易に絶たれない。
​「ぐっ……この暴力的な猿め! おのれ、我々の領分を汚しおって!」
​吐影は、影の支配を失ったことで激しく怒り、もう隠れることはないと判断した。彼の口元が大きく歪み、喉の奥から異様な唸り声が響いた。
​次の瞬間、吐影はトカゲのように素早い動作で松本に向き直ると、口から熱波と共に、炎を吹きかけた!
​その炎は、松本と優蛇のいる廊下の床を舐め、松本めがけて一直線に迫る。
​「くそっ、まだ隠し持っていたか!」
​松本は、瞬時に刀を構え、迫りくる炎に対し、漆黒の義手を突き出した。

​松本は、悪魔の義手の硬質な甲殻を盾のように炎の壁に突っ込み、同時に、刀で炎の核となっている部分を叩き斬ろうと試みた。炎は、松本の体を包み込むが、彼の憎悪と業の力で強化された義手は、その熱を弾き返す。
​「この程度で、悪魔の力を得た俺が燃えると思うな!」
​松本は、吐影が放つ炎の壁を漆黒の義手で耐え凌ぎながら、その防御を逆手に取って、一気に吐影との距離を詰めた。炎を吐き続ける吐影の顔面に、松本は刀ではなく、悪魔の義手そのものを叩き込んだ。

​鋼鉄をも砕く一撃が吐影の頭部を直撃し、吐影の炎が途切れた。彼の口から黒い血が飛び散り、体が大きく傾ぐ。
​「お前の契約者としての能力じゃ、俺の悪魔の力には勝てねえんだよ!」
​松本は追撃を許さなかった。吐影が体勢を立て直す前に、松本は刀を大きく振り上げ、吐影の首筋めがけて水平に一閃した。
​吐影の首筋に深々と斬り込みが入った。吐影は、短い悲鳴を上げると、そのトカゲのような体から急速に黒い霧を放出し、小松と同じように力尽きて地面に倒れ伏した。彼の体は、瞬く間に萎縮し、やがて黒い塊となって動かなくなった。
​松本は、刀の血を振り払い、肩で息をしながら、静と優蛇のいる方へと振り返った。

​「チッ、手間かけさせやがって」
​松本は、安堵の表情を見せる静に向かって、悪態をついた。
​「おい、じゃじゃ馬。ったく、何度捕まってるんじゃねえよ! 戦闘中に、後ろを気にさせるんじゃねえ!」
​松本は、自分が無事であったことへの安堵を、皮肉と乱暴な言葉で表現した。
​静は、助けられたばかりにも関わらず、松本のその言葉にカッとなった。
​「初めてよ! 捕まったのは! どういう記憶回路してんのよ、この悪魔巡査!」
​静は、江戸っ子気質と武家の娘としての気高さが混じった調子で反論した。
​優蛇は、半壊した自分の家の中で繰り広げられる光と闇の契約者たちの言い争いに、呆然としながらも、彼らが本当に信頼できる仲間になったことを確信した。
​松本は、静の反論に鼻を鳴らしたが、それ以上何も言わなかった。彼もまた、静の安全が確保されたことで、すぐに蔵の危機を思い出した。
松本と静の口論が終わる頃、吐影が倒れた場所には、小松が残したのと同様に、黒い霧が晴れた後に残された財宝の山ができていた。それは、光に照らされ、きらきらと輝く金銀の塊だった。
​優蛇は、松本に促されながらも、後ろ髪を引かれるように、その財宝の山に目をやった。彼の家は荒廃し、財政は逼迫している。目の前のこの富があれば、家を修繕し、姉の睡蓮を古い務めの重圧から解放できるかもしれない。
​優蛇が、その誘惑に足を止めかけた、その瞬間。
​静が優蛇の手を掴み、力強く引いた。
​「優蛇さん!」
​静は、優蛇の目を見つめ、悲しげに首を振った。言葉はなくとも、その目は松本と一刀が経験した精霊の忠告を伝えていた――「これは悪魔の餌だ。使えば業(ごう)に飲まれる」
​優蛇は、静の純粋な心と、悲しみに満ちた目を見て、ハッと我に返った。彼は、この富が姉を救うのではなく、姉を悪魔に堕とす毒になることを悟った。
​「……すまない、姉貴を救うことばかり考えていた」
優蛇は、財宝に背を向けた。

​その時、半壊した母屋の入り口の方から、睡蓮が駆け込んできた。彼女の顔は蒼白だが、その目には強い決意が宿っている。
「派手にやってくれたな……。まあ、いい無事ならそれが何よりだ。優蛇! 客人たち! 蔵だ! 村長たちも、もうすぐここに来る! 彼らは私を道標にしたかったが、私が動けば、裏切ったと悟るだろう!」
​睡蓮は、村の寄合で時間を稼いだことが無意味になったことを悟っていた。
​「宝の蓋は、私が守らねばならない。さあ! 走れ!」
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