ワンナイトラブの相手は彼氏の弟でした

羽月咲羅

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「こんなとろけた顔してんのに、嫌だって言うんだ?」

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 羽琉がどれだけ迫ってきても好きになんかならない、琉生への想いがあれば、きっとなにをされても大丈夫。
 そう思っていたのに、心はいつでも琉生を求めて、体はいつも羽琉に反応していた。
 たった少し触れられるだけで、たったの指先ひとつで。

 ……こんなの、イケナイ。
 そう思っても、いとも簡単に好きでもない男に体を濡らした。
 忘れなきゃ、と思うほど、心は忘却をひどく拒絶した。


『紗奈』

 そう呼ぶ声があまりにも優しくて甘くて、翻弄されそうになる。
 そこに気持ちなんてないのに、勘違いしそうになってしまう。
 自惚れそうになる自分を何度も叱咤するも、見つめてくる瞳を前にするとどうすればいいのかわからない。

 ――羽琉のことなんか考えたくないのに、どうしてもそううまくはいかなかった。




***


「おはよ、紗奈ちゃん」

 羽琉のせいで少しだるい体をなんとか動かして会社に行くと、その声が耳を貫いた。
 紗奈はいつもどおりに振る舞って見せ、「おはようございます」と返した。

 彼女の名前は、瀬戸紅音せとあかね
 入社した時からお世話になっている先輩で、いつも明るく元気な人だ。
 彼女が丁寧に教えてくれたから、入社1年が経った今なんとかやれている。
 仕事終わりに一緒に飲むこともあって、本当によく可愛がってもらっている。

「あらら? もしかして、朝から彼氏とイチャイチャしてきた?」
「し、してません」
「えぇ? そういうことしてきました、って顔してるけどなぁ」
「…っ」
「ふふ、ラブラブでいいわねぇ。紗奈ちゃんを狙ってる男達は嫌かもしれないけど」

 なにも言えなくて、紗奈は口元だけで笑うしかできなかった。
 そういうことをしてきた相手が彼氏じゃなく、その弟だなんて誰も思わないだろう。

「付き合って2年半だっけ? なのにまだそんなに仲良いなんて羨ましいわね」

 やっぱり答える言葉が見つからなくて、口元の笑みは崩さないまま。
 琉生とはそれなりに仲は良いけどそれだけで、二人のあいだにセックスはないのに。

「まあ気持ちはわかるけどね。紗奈ちゃん、こーんなに可愛いんだもん」
「ちょ、胸触らないで下さい!」
「よいではないか。ぐへへ」
「……紅音さん、オジサンみたいですよ」

 どさくさに紛れて胸を触ってくる手を振り払って言うと、ちぇっ、とつまらなそうな顔を見せる紅音。
 仕事はできて尊敬できる人なのに、イタズラの度が過ぎる時がある。
 そういうところは困るけど、基本的にはいい人だ。

「えー? だって、ふわふわしててマシュマロみたいなんだもん!」

 理由になってない。
 彼女のことは好きだけど、そういう趣味はまったくないんだけど。


 そんなふうに話していると、ひらり、と紅音のデスクから1枚の紙が落ちた。
 見覚えがあるもので、それは同窓会の案内のハガキだった。

「あれ? これって――」

 ……見間違い?
 いや違う、つい最近これと同じものを見たんだ。
 あぁそうだ、琉生宛てのハガキでどうしようかと悩んでいるのを見た。
 聞いたことはなかったけど、それは琉生と紅音が同級生だということを意味する。

「ん? ハガキがどうかした?」
「あ、えと、家にも同じの届いてたなーって思って。彼宛てですけど」
「え? 待って、紗奈ちゃんの彼氏って誰?」

 付き合ってる人がいることは言ったけど、詳しいことまでは言ってない。
 それがどんな人なのかは言っても名前までは。

「琉生です。七瀬琉生」

 そう答えると、紅音は驚いたというより声を失ったような顔をした。
 その表情に隠された意味を、この時はまだなにも知らなかった。
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