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Beautiful Days
大切な思い出
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あれは確か年長組の頃だった。
近所に建設中の家があり、そのせいで毎日のように作業の音が響いていた。
住宅街ということもあり遅くまで作業をしていることはなかったけど、菜花はそれがずっと気になっていた。
意味もなく建設中の家を見に行ったりして、危ないから、と言われたこともあった。
「ねえお母さん、あのおうちができたら誰かがあそこに住むの?」
「そうよ。和泉さんっていうんだって」
「どんな人かなぁ?」
「そうねえ、仲良くできたらいいわよね」
頷きながら、菜花は毎日毎日楽しみにしていた。
いつできあがるのか、どんな人が来るのか、そのことにワクワクしていた。
他に仲の良い友達がいないわけじゃない、保育園の友達もたくさんいて、いつも楽しく遊んでいる。
たまに喧嘩をしたりすることもあるけど、不満なんてなかった。
だけど、その家に住むのがどういう人なのか、無性に気になっていた。
出会う前からきっと、心はなにかを感じ取っていたのかもしれない。
その日も、菜花は保育園から帰るとすぐに建設中の家を見に行った。
少しずつできあがっていくの見るだけで、なんだか嬉しくなった。
「お嬢ちゃん、今日も来たのかい」
毎日のように来るのを見て、現場のオジサンは声をかけてくるようになった。
菜花は小さく頷き、作業している姿を見ていた。
特におもしろいわけでもないのに気がつけばいつもここに来ている自分がいて、それが自分でさえもわからなかった。
「自分が住む家でもないのに毎日見に来るなんて、お嬢ちゃんは変わってるねぇ」
「…そう、かな」
「そのくらいの年なら、建設の仕事にまだ興味あるわけでもないだろうに」
「………」
「まあ見るのはいいけど、くれぐれも安全なとこにいてくれよ」
オジサンは笑って、肩に木材を担いで行ってしまった。
菜花は言われたとおりに、少し離れた場所からその様子を眺め見ていた。
ジャリッ――
その時、砂利を踏む音がして視線を向けると、そこにはランドセルを担いだ見知らぬ男の子が立っていた。
見たことのない初めて見る顔で、その男の子は建設中の家の前まで歩き、まっすぐ見ていた。
その頃の菜花にとって、小学生はとても大人のように見えた。
その様子を見ていると、ふっと彼がこちらのほうを振り向き視線が絡まり合った。
たったそれだけなのに、胸の奥のほうでなにかが音を立てたような、そんな気がした。
それがわからなくて気のせいかと思い、それ以上は気にすることはなかった。
「君はこの近所の子?」
そう聞かれて驚きながらも、「うん」と菜花はひとつ頷いて見せた。
すると彼は口元を緩めて、笑顔を向けてきた。
「そか。引っ越してきたらよろしくね」
「このおうちの人?」
「ん、そう。和泉智志っていうんだ。小学6年」
「わたし、たかつきなのか」
「なのか――それ、どういう字?」
「えと、菜の花って書くってお母さんが…」
そう答えると彼は、「いい名前だね」と言って優しく微笑んだ。
その笑顔ひとつで、トクンッ、となにかを感じたような音が響いた。
「菜花はどうしてここにいるの? あ、毎日うるさいから?」
笑いながら「ごめんね」と言う彼にまた胸の奥が反応して、初めてのことに戸惑うばかりだった。
菜花は小さく首を横に振り、「違う」と拙い言葉で答えた。
「あ、えと、どんな人が住むのかな、って気になって……それでっ…」
彼に見られると感じたことのない感情に包まれて、それに戸惑い混乱し、どうすればいいのかわからなくて迷う。
誰かと話すのにこんなに緊張することなんてないのに、それでもまだ話していたい、と思う。
「おれでガッカリした?」
「…え、ううんっ!」
「そっか、よかった」
笑うと少したれ目になるところが可愛く見えて、その笑顔が好きだと思った。
初めて会ったばかりにもかかわらず、もっと笑った顔が見たかった。
「もう暗くなるし帰ろうか」
その言葉に寂しさを覚えながらも引き止めることはできなくて、「うん」と頷いた。
「また会える、よね?」
ここに引っ越してくることを知っているのにこのまま離れるのが不安で、そう聞かずにはいられなくて、思わずそんなことを言っていた。
そう聞くと、智志は柔らかく微笑んだ。
そっと頭を撫でてくれる手が優しくて、それがとても心地よかった。
ずっとそうしてほしいと思うほど、それはとても気持ちいいものだった。
「うん、もちろん」
「…じゃあ、今度いっしょに遊んでくれる?」
「いいよ」
「約束だよ。さとしくん」
「うん、約束」
智志は屈んで目線を合わせ、「はい指切り」と小指を差し出してきたから、自分のそれをそっと絡めた。
「じゃあね、菜花」
家まで送ってくれた後、智志は手をひらひらさせてそう言う。
当たり前のように呼んでくれる名前が嬉しくて、口元が緩む。
『バイバイ』と言うのがなんだか嫌で、菜花は「またね」と言った。
――初めて会った時からきっと、彼に心惹かれていたのかもしれない。
近所に建設中の家があり、そのせいで毎日のように作業の音が響いていた。
住宅街ということもあり遅くまで作業をしていることはなかったけど、菜花はそれがずっと気になっていた。
意味もなく建設中の家を見に行ったりして、危ないから、と言われたこともあった。
「ねえお母さん、あのおうちができたら誰かがあそこに住むの?」
「そうよ。和泉さんっていうんだって」
「どんな人かなぁ?」
「そうねえ、仲良くできたらいいわよね」
頷きながら、菜花は毎日毎日楽しみにしていた。
いつできあがるのか、どんな人が来るのか、そのことにワクワクしていた。
他に仲の良い友達がいないわけじゃない、保育園の友達もたくさんいて、いつも楽しく遊んでいる。
たまに喧嘩をしたりすることもあるけど、不満なんてなかった。
だけど、その家に住むのがどういう人なのか、無性に気になっていた。
出会う前からきっと、心はなにかを感じ取っていたのかもしれない。
その日も、菜花は保育園から帰るとすぐに建設中の家を見に行った。
少しずつできあがっていくの見るだけで、なんだか嬉しくなった。
「お嬢ちゃん、今日も来たのかい」
毎日のように来るのを見て、現場のオジサンは声をかけてくるようになった。
菜花は小さく頷き、作業している姿を見ていた。
特におもしろいわけでもないのに気がつけばいつもここに来ている自分がいて、それが自分でさえもわからなかった。
「自分が住む家でもないのに毎日見に来るなんて、お嬢ちゃんは変わってるねぇ」
「…そう、かな」
「そのくらいの年なら、建設の仕事にまだ興味あるわけでもないだろうに」
「………」
「まあ見るのはいいけど、くれぐれも安全なとこにいてくれよ」
オジサンは笑って、肩に木材を担いで行ってしまった。
菜花は言われたとおりに、少し離れた場所からその様子を眺め見ていた。
ジャリッ――
その時、砂利を踏む音がして視線を向けると、そこにはランドセルを担いだ見知らぬ男の子が立っていた。
見たことのない初めて見る顔で、その男の子は建設中の家の前まで歩き、まっすぐ見ていた。
その頃の菜花にとって、小学生はとても大人のように見えた。
その様子を見ていると、ふっと彼がこちらのほうを振り向き視線が絡まり合った。
たったそれだけなのに、胸の奥のほうでなにかが音を立てたような、そんな気がした。
それがわからなくて気のせいかと思い、それ以上は気にすることはなかった。
「君はこの近所の子?」
そう聞かれて驚きながらも、「うん」と菜花はひとつ頷いて見せた。
すると彼は口元を緩めて、笑顔を向けてきた。
「そか。引っ越してきたらよろしくね」
「このおうちの人?」
「ん、そう。和泉智志っていうんだ。小学6年」
「わたし、たかつきなのか」
「なのか――それ、どういう字?」
「えと、菜の花って書くってお母さんが…」
そう答えると彼は、「いい名前だね」と言って優しく微笑んだ。
その笑顔ひとつで、トクンッ、となにかを感じたような音が響いた。
「菜花はどうしてここにいるの? あ、毎日うるさいから?」
笑いながら「ごめんね」と言う彼にまた胸の奥が反応して、初めてのことに戸惑うばかりだった。
菜花は小さく首を横に振り、「違う」と拙い言葉で答えた。
「あ、えと、どんな人が住むのかな、って気になって……それでっ…」
彼に見られると感じたことのない感情に包まれて、それに戸惑い混乱し、どうすればいいのかわからなくて迷う。
誰かと話すのにこんなに緊張することなんてないのに、それでもまだ話していたい、と思う。
「おれでガッカリした?」
「…え、ううんっ!」
「そっか、よかった」
笑うと少したれ目になるところが可愛く見えて、その笑顔が好きだと思った。
初めて会ったばかりにもかかわらず、もっと笑った顔が見たかった。
「もう暗くなるし帰ろうか」
その言葉に寂しさを覚えながらも引き止めることはできなくて、「うん」と頷いた。
「また会える、よね?」
ここに引っ越してくることを知っているのにこのまま離れるのが不安で、そう聞かずにはいられなくて、思わずそんなことを言っていた。
そう聞くと、智志は柔らかく微笑んだ。
そっと頭を撫でてくれる手が優しくて、それがとても心地よかった。
ずっとそうしてほしいと思うほど、それはとても気持ちいいものだった。
「うん、もちろん」
「…じゃあ、今度いっしょに遊んでくれる?」
「いいよ」
「約束だよ。さとしくん」
「うん、約束」
智志は屈んで目線を合わせ、「はい指切り」と小指を差し出してきたから、自分のそれをそっと絡めた。
「じゃあね、菜花」
家まで送ってくれた後、智志は手をひらひらさせてそう言う。
当たり前のように呼んでくれる名前が嬉しくて、口元が緩む。
『バイバイ』と言うのがなんだか嫌で、菜花は「またね」と言った。
――初めて会った時からきっと、彼に心惹かれていたのかもしれない。
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