【完結】運命の宝玉~悪役令嬢にはなりません~

らんか

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歳月の流れ編~

64.もう一度……

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 その日から私はグレンの治療を行なった。
 毎日治療院に通いながら、回復魔法を彼にかける。
 その後に、他の人の治療を行なったり、魔物討伐に転移しながら行ったりと、忙しい毎日を送っていた。
 
 グレンは、相変わらず何も映さない目で、ぼんやりと空を見つめている。
 
 毎日回復魔法をかける事で、身体は完治しており、歩けるはずである。
 
 しかし、やはり本人に歩く意思がない。
 それどころか、何に対しても反応しない。
 
 心が完全に壊れてしまい、全てに対して拒絶しているようだった。
 
 
 
 この人に、どんな壮絶な事が起こって心まで壊してしまったんだろう。
 
 ふとした拍子に、宝玉を飲み込んで身体ごと爆発してしまったグレイを思い出させるその目に、もう一度光を当てたくなってしまい、気が付けば私は、グレンの近くで過ごす時間が多くなっていた。
 
 
 
 
 
「おや、今日も治療院に出向かれるのですか?」
 
 
 今日もこれからグレンの元に行こうとしていた私に、教皇様がそう話しかけてきた。
 
「最近は魔物討伐もあまり行かれずに、殆どを治療院で過ごしているとお聞きしましたが、本当の事だったのですね」
 
 
 教皇様はニコニコとした笑顔で、そう話しかけてくる。
 
 
「最近は魔物の数も減ってきているようです。
 結界も度々強固に張り直しているので、そう頻繁に魔物討伐に出向かなくてもいいようになったからですよ」
 
 
 教皇様の妙に、にこやかな表情に、何か含みを感じながらもそう答える。
 
 
「あぁ、そのようですね。
 魔物がまた弱体化してきているのは、とても助かります。それも、エマ様が毎回結界の強固と魔物討伐をしてくれていたおかげですね。
 足をお止めして申し訳ありません。気をつけて行ってらっしゃいませ」
 
 
 そう言って治療院に送り出してくれた。
 
 
 確かに最近、魔物が減ってきているようだ。
 この数年、討伐しても討伐しても何度も新たに湧いてきていたのに、何故だろうか?
 
 不思議に思いながらも、喜ばしい事なので、まぁいいかと直ぐにその考えを頭の隅に追いやる。
 
 
 治療院に着いた私はさっそくグレンの部屋に入り、声をかけた。
 
 
「グレン、調子はどう?」
 
 
 グレンは相変わらず車椅子に乗って、窓の外を向いている。
 その何も映さない目は、窓辺に居ても外の様子を見ることは無い。
 
 でも少しでも環境を変えて、興味を示すものは無いか、目に停めるものは無いかを確かめていた。
 
 
 
「グレン。今日も今から外に出て散歩しようか。今日はとてもいいお天気よ」
 
 私はそう言って、治療院の庭に連れ出す。
 
 
 暖かな風を感じながら、日差しを遮る木陰に入り、私はいつものようにグレンに語りかけ始めた。
 
 もう回復魔法は使っていない。
 
 あとは心を開いてくれるのを待つだけの状態だ。
 
 少しでもグレンが人との関わりを怖がらず、心の奥に隠れてしまった本来のグレンを見つける事が出来るなら。
 
 そういう思いで今日も私はグレンに語りかけている。
 
 
 
「グレン。今日はね、あの爆発事故から丸5年経った日なのよ。
 貴方とよく似た人がこの世界を守ってくれた日……。
 その人はグレイって名前でね。この世界の女神様の御使い様なんだけど、本当の姿はケット・シーなの。知ってるかな? ケット・シー。幻獣様って事らしいんだけど、私から見たらタダのブタ猫ちゃんって感じだったんだよね~。
 この世界の女神様もね、本当は内緒なんだけどこっそり教えてあげるね。
 本当はものすごくポンコツ女神なの! 有り得ない事にこの世界を危険に晒した宝玉なんて物を作って魂と……ん?」
 
 
 私がつい独り言のように話していると、グレンがいつの間にかこちらを見ていた。
 
 あの、何も映さないグレンの目が、今は私を映してる……。
 
「え!? グレン!? 私が見えてる?」
 
 身を乗り出してグレンの顔を覗き込むように見る。
 
 グレンは、何か言いたそうに口を開くが、その口からは声が発せていない。
 
 でも、今まで全く反応がなかったグレンが、今、私の顔をしっかりと見ている。
 その事実がとても嬉しくて、この後もグレンと目を合わせながら、色々と話した。
 
 
 
 
 それからというもの、少しずつグレンは顔に表情というものが現れてきた。
 まだ言葉は発せないが、ちゃんと私を認識し、私が来ると少しだが微笑んでくれるようになった。
 グレンは基本、私にしか反応しない為、まだ帝国の両親には伝えていない。
 でも少しずつ効果が出て来ていると経過報告をしながら、その後もグレンとの時間を費やしていた。
 
 
 
 グレンが来てから半年経った頃だろうか。
 
 突然グレンが立ち上がって、私の方に歩み寄ってくれた。
 まだ数歩しか歩けなかったが、これも練習次第で徐々に普通に歩けるようになるだろう。
 
 その頃には、少しずつ穏やかな表情をしている事が増え、治療院の他の人が近づいても怖がらなくなっている。
 
 言葉もたどたどしいが、少しずつ話す事が出来、この治療院で過ごす時間ももう少しの間だと感じていた。
 
 
 
「グレン」
 
 今日も治療院を訪ね、私が声を掛けると笑顔で振り向く。
 
「エ……マ。来……てく……れたの?」
 
 辿々しくも必死で話そうとするグレンに労いの言葉をかける。
 
「調子はどう? だいぶん話せるようになったわね」
 
 そう言って、グレンが座っている前に腰掛けた。
 
 
「ここの生活は慣れた?」
 
 私の質問に頷く。
 
「何か思い出した事はあるかな?」
 
 グレンは首を横に振り、否と表現した。
 
「そう……でも、焦らなくていいからね。別に思い出さなくても、これからを大切に生きていけばいいだけだし」
 
 私の言葉に嬉しそうにグレンは微笑んでいる。
 
 
「そうだ! 魔力とかはあるかな? 自分の中で、魔力を感じる事って、出来る?」
 
 私の質問に、グレンは首を傾げている。
 
「ああ、私も上手く説明出来ないや。こんな時、グレイが居てくれたら、うまく説明してくれるのに」
 
「グ……レイ?」
 
 グレンが私にやや不満げな表情で、そう聞いてくる。
 
「うん! グレイ! 今までにも、話の中でいっぱい出て来たでしょう?
 グレイは幻獣だったから、魔力にもきっと詳しいはずなんだよね。
 グレイは念話とかも得意だったのよ」
 
「念……話」
 
 念話がどのようなものかを聞いてきたグレンに、私は頭の中で考えた言葉を特定の相手に魔力で伝える魔法であると教えた。
 
 すると、グレンは考え込み、ふいに私を見た。
 
『エマ』
 
 
「えっ!?」
 
『ああ、出来た。これだよね? エマ』
 
 
 念話だ。
 しかも、この念話の声はグレイの……。
 
『エマ、聞こえてる? 声に出すと話せない言葉が、頭の中では、スムーズに伝えられるんだ』
 
 今まで辿々しい声しか聞いたことがなかったから分からなかった。
 グレンの声は、忘れもしないグレイの声にそっくりで……。
 
 
 呆然としてしまい、返事が出来なかった私に不安になったのか、グレンが声を発して話しかけてくる。
 
 
「念……話、してみ……たけ……ど、ダメだ……った?」
 
 
 その声にハッとして、すぐに我に返る。
 
「いいえ、ちゃんと出来ていたわ。吃驚して返事が出来なかったの。ごめんなさい」
 
 
 そう言って、信じられない思いでグレンを見る。
 
「よか……った」
 
 そう言って、嬉しそうにしているグレンを見ながら、不思議な感覚に襲われていた。
 
 まさか……ね?
 グレンがグレイだと思うなんて、そんな事有り得ないもの。
 
 
 
 
 でも、その日から、念話をしながら話してくるグレンに、日に日にその思いは強くなっていく。
 
 もちろん、声に出して話す練習もちゃんと行なっている辺り、グレンは真面目だ。
 あの捻くれ者のグレイとは、やっぱり違うよね?
 
 そんな風に思っては、グレイの面影を重ねてしまっていた。
 
 
 
 そんなある日、またグレンに会いに治療院に来た私は、治療院を散歩しているグレンの姿を見つけて声をかけた。
 
 
「グレン」
 
 
「あぁ、エマ。いらっしゃい」
 
 
 グレンは、だいぶん声を出して話す事も上達してきたようだ。
 
 
「エマ、僕はちゃんと話せるようになっているよ? 念話もグレイって人に負けてないだろう?」
 
 
 最近は何かとグレイと張り合うように、そう言ってくる。
 
「何故そこでグレイの名前が出て来るの?」
 
 私の質問に、グレンはそっぽ向きながら
「エマが何度もその名前を出すからニャ!」
 と言った。
 
 
 ん?
 
 ニャ?
 
 
「あああぁ! また噛んだ! 気を抜くとすぐ噛む!」
 
 悔しそうに叫んでいるグレンを見る。
 
「もう1回言って?」
 
 そういう私を睨みながらグレンは叫ぶ。
 
「まだ上手く喋れないからだニャ!
 あああぁ! また!!」
 
 
 え……っと。
 これは……。
 
 もしかして、そうなの?
 本当に?
 
 だとしたら、もう他に何もいらない。
 ラケシス様。
 ディオーネ様。
 “さやか”さん。
 
 本当にありがとうございます。
 
 
 私は心の中でそうお礼を言ってから、グレンに向き直って言った。
 
 
 
「おかえり」
 
 
 ずっと、ず~っと待ってたよ。
 
 
 グレンは不思議そうに首を傾げながら、
「ただいま?」
 と返事をしていた。
 
 
 
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