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1巻
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しおりを挟むプロローグ
ガタガタと激しい振動で、ふと我に返った。
周囲を見渡すと、見慣れない車内に思わず首を傾げる。
う~ん、これって、馬車だよね?
なんで私、馬車なんかに乗っているのだろう?
ふと視線を落とすと、豪華なドレスが目に入った。あちこち汚れているが、高価なことは一目で分かる。
私、さっきまで仕事帰りでバスに乗っていたはずだよね?
どうしてこんな格好をしているのだろう……
あぁ、そんなことより、ひどい揺れで気持ち悪くなってきた。
乗り物酔いしやすいのに、こんな馬車じゃ、絶対吐いちゃうわ。
ガタガタと揺れる馬車の中で、頭を抱えながら、どうしてこんなことになっているのだろうと考える。確かにバスに乗っていた記憶はあるのに、この馬車に乗せられた記憶もある。
なんか誰かの記憶が、混ざっているような……
そうだ!
私の名前はルナリア・シュナイダー。
今世では、シュナイダー公爵家の娘として生まれてきたのだった。
そして、この国の王太子と八歳の頃から十年間婚約していて……
って、あーーーー!
あの王太子!
マーク・ド・ロックウェル。
金髪碧眼、細身の長髪長身の男。
彼はロックウェル王国の王太子で、乙女ゲーム《胸きゅんスカッとラブモーション》――通称、きゅんラブの攻略対象じゃん!
その婚約者ってことは……
えっ!
なんで私、悪役令嬢に転生しているの?
しかも、そうよ!
さっきまで学園の卒業式で!
あの男爵令嬢を日頃から虐めていて、階段から突き落としたって言われて!
殺人未遂の罪で、急な婚約破棄に断罪までされて、王太子から国外追放を言い渡されたんだった!
断罪後に思い出したって、私の人生、すでに終わってるじゃん……
国外追放かぁ。
確か、ゲームの中では娼館送りや、公開処刑とかもあったから、それじゃなくてよかったのかも?
でも、これからどうしよう……
確かあの男爵令嬢って、きゅんラブのヒロインちゃんよね?
名前は、アイーシャ・イリティ。男爵家の養女だ。
ピンクブロンドの肩下までのウェーブがかった髪。
やや垂れ目の、ルビーを思わせる真紅色の大きな瞳。
細身で小柄なのに豊満な胸。
その特徴は、記憶の中のゲームイラストと一致している。
うん、きゅんラブのヒロインだわ。
でも、あのヒロインちゃんに関わったこと、ないんだけどなぁ。
王太子妃教育のために王城にいることが多かったし、王太子の仕事の補助というか、王太子に割り振られた仕事のほとんどを代わりにさせられていたから、学園に通っている時間がほとんどなかったのよね。
ここがゲームの世界ってことは、私の婚約者である王太子は、私に仕事を押し付けてちゃっかり学園生活を満喫して、ヒロインちゃんとラブラブしてたってことでしょ?
なのに、なんで代わりに仕事をさせられていた私がヒロインちゃんを虐めて、挙げ句に階段から突き落としたことになってるのよ。
普通に考えて、無理でしょう?
しかも、全然証拠もないし、調べもしないで一方的に言い渡すなんて。
国王陛下や父にもなんの報告もせずに、すぐに国外追放ってできるものなの?
◇◇◇◇
あ、馬車が止まった。
「おい! 降りろ!」
馬車の扉が乱暴に開かれて、私は無理やり引きずり降ろされた。
「先に進めば隣国に行ける。まぁ、無事にこの森を抜けられたらな」
「この森は、魔物がいるって話だ。あんたみたいな女、すぐに喰われちまうだろうけど」
「こっちに戻ってこられないからな! 早く行け!」
見張り番の下級騎士三人が、そう言って、私を国境近くに置いて去っていった。
よかった、下卑た男たちじゃなくて。
乱暴せずに、すぐに去っていってくれたことは、素直にありがたい。
悪役令嬢とはいえ、一応私もヒロインちゃんに対抗できるスペックの持ち主だから、見た目は極上の部類に入ると思うのよね。
結い上げた髪の毛も、断罪中に引っ張られて今はボサボサになっているけれど、ちゃんと梳けば腰まである緩やかなウェーブがかった、アッシュ系のプラチナブロンドだ。
色白小顔で、切れ長の吸いこまれそうなほどの輝きを持った翡翠色の瞳。小さくてつややかな唇に、モデル顔負けのスラリとした八頭身。
自分で言ってて恥ずかしいわ! まぁ、今はボロボロの見た目だけど……
三人もいたんじゃ、全力で抵抗しても敵わないもの。降ろされた瞬間は恐怖しかなかったわ。
無一文で、何も持ってないのは痛いけどね……
戻ることも許されない私は、トボトボと森に向かって歩いていった。
1
「この匂い袋、とてもいい香りだし、可愛いの!」
「私も、あの店ですごく可愛い花籠を買ったわ」
「部屋に飾ってると、なんだか気持ちが落ち着いてくるのよね」
カルステイン帝国の郊外の町は、ある花屋の噂でもちきりだ。
見たことのない趣向の花籠や、数種類の草花を寄せ植えした鉢植えなど、それぞれがバランスよく作られている。
それを部屋や玄関に飾っていると、気分が穏やかになり、心なしか元気にさえなってくると、最近評判になっているのだ。
また、店の中の一角には、ドライフラワーや花リース、ポプリ入りの匂い袋が置かれており、店に入るだけでも楽しめる。
最近では、花クッキーなども置いている。特に若い女性に大人気で、あっという間に売り切れになっていた。
◇◇◇◇
「ルナちゃん、今日はもう上がっていいわよ。明日からの商品も作りたいでしょう? ルナちゃんの商品は人気で、あっという間に売り切れになっちゃうものね」
花屋の店主、ポルカがそう言った。
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて、お先に上がらせてもらいますね」
私がそう言うと、「お疲れ様」と労いの言葉をかけてくれる。
私はそのまま、店の裏の小さな小屋に戻った。
「あー、今日も疲れた。貴方たちも、いつもありがとうね」
私の周りを、楽しそうに飛んでいる多くの精霊たちに声をかける。
『ルナ~。今日もいっぱい売れたね』
『花たちが喜んでいたよ』
『また僕たち、協力するからいつでも言ってね~』
と、精霊たちは、嬉しそうだ。
「ありがとう。さぁ、明日からの商品でも作りますか!」
精霊たちに癒されながら、私は店に出す商品を作りはじめた。
2
結論から言うと、私、ルナリア・シュナイダーは、無事にあの魔物の森を抜けて、隣国カルステイン帝国に着いた。
今暮らしているのは、帝国の郊外にあるアーガスト領の中でも開けた町だが、最初に着いたのは、森に隣接する寂れた小さな村だった。
あの日、私は仕方なく、怯えながらも森の中に入っていった。
国外追放になった悪役令嬢は、魔物の森から二度と出てくることはなかったと、ゲームのエンディングで短く流れただけだったので、そこで何があったのかは分からない。
魔物の森というからには、絶対恐ろしい生き物がいるのだろう。
死ぬ気はまったくないけれど、魔物が現れたらどう対処しようかと考えながら、とりあえず、落ちていたそこそこの太さのある木の棒を拾って、恐々と歩みを進めた。
しかし、なぜか魔物にまったく出くわすことなく、森の中にある湖に辿り着いた。
喉が渇いていたので、湖の水を飲もうと手ですくおうとした時、
『それ、飲んじゃダメだよ』
『その水は、人間には毒だよ』
と、声が聞こえた。
びっくりして、慌てて周りを見渡すと、小さな無数の光が自分の周りを飛んでいることに気付いた。
「え? 何? なんなの?」
私の問いに、無数の光がさらに明るさを増し、そこから、羽が生えた手のひらサイズの小さな生き物たちが現れた。
その姿は、人間に似ているものから、ブタや猿、うさぎなどの動物に似ているものもいる。
そのすべてに羽があって、私の周りを飛んでいる。
『ようやく、僕たちが見えるようになったんだね』
『やっと、話ができた~』
『ずっと傍にいたのに、全然気付いてくれないんだもん』
その生き物たちが口々に話す。
「貴方たちは、誰? 妖精さん?」
『私たちは、精霊』
『貴女が生まれた時から、ずっと傍にいたんだよ~』
『ずっと話しかけてたのに、全然聞こえてないんだもん。寂しかったよ~』
私の問いに、精霊たちが答えてくれる。
───精霊。
ロックウェル王国は、初代国王が精霊と共に創った国だと言われている。
国中に精霊がおり、豊かな緑や、たくさんの作物、潤沢な自然の恵みが常に国を潤してくれている。
国に住む人たちも皆、精霊と仲よく暮らしながら、彼らを大切に扱っていたらしい。
しかし、時の流れと共に、人々は精霊の姿が見えなくなり、今ではおとぎ話の中の存在になってしまっていた。
ていうか、こんな設定があるのに、きゅんラブではまったくと言っていいほど精霊の存在は出てこなかったな……
なんで?
普通、こんな設定があったら、乙女ゲームでは絶対出てくるはずなんだけど。
もしかして、私が知らないだけで、このゲームの続編が出ていたとか!?
やだ! 私はもう追放された身だから続編は関係ないよね⁉
「なぜわたくしの傍にずっといてくれたの?」
恐る恐る聞いた私に、嬉しそうに精霊たちが舞う。
『見守るようにって、言われたんだ~』
『そうだよ。いつもルナリアを見ていたよ』
『これからも、ずっと傍にいるよ~』
『これからは、いっぱい話そうね~』
精霊たちはそう言うと、大きな葉っぱと、その上に綺麗な水を出してくれた。
『喉が渇いてるんでしょ? この水、美味しいよ』
『後で、木の実がいっぱいある所に案内してあげる~』
『隣国まで行くんでしょう? 僕たちも一緒に行くね』
誰に見守るように言われたかは教えてもらえなかった。
でも、そのまま精霊たちに案内され、守られながら、その後も魔物に出くわすこともなく、三日後には森を抜けて隣国に着くことができていた。
◇◇◇◇
隣国の外れの村に着くも、今の自分は汚れたドレスをまとった、怪しい女。
まばらに人が通るが、離れた所から遠巻きに見られているのを感じる。
私は羞恥心と疲れで、顔を真っ赤にして、道の真ん中で立ち止まってしまった。
そこに一頭引きの馬車を自分で走らせている、三十代くらいの女性が声をかけてくれた。
「お嬢さん? どうしたの? 綺麗なドレスが汚れてしまっているわ。大丈夫?」
「お姫様みたい! お姉ちゃん、なんかキラキラしてる!」
その女性の横に座る、四~五歳くらいの小さな女の子が叫んだ。娘なのだろう。
女性は、「アンナ? お姉さん、汚れてしまってるのよ?」と困惑しているが、女の子は「だって、キラキラしてるもん!」と、譲らない。
その優しい声かけと可愛らしい会話に、ロックウェル王国にいる母を思い出してしまう。
断罪されてすぐ馬車に乗せられてしまったから、最後に挨拶することすらできなかった。
そんなことを思ったら、思わずぽろりと涙がこぼれる。
「一人なの? まぁ、お顔もこんなに汚れてしまって。行くあてがないの? とりあえず一緒に来る?」
泣いてしまった私にびっくりしながらも、女性はそう誘ってくれた。
私は頷き、二人が乗る馬車に一緒に乗せてもらうことになった。
その女性は、もう少し先にある、アーガスト領の開けた町で、花屋を営んでいるという。
今日は、娘と共に、花の苗を仕入れにこの村の花農家まで来ていたそうだ。
「私はポルカっていうの。この子はアンナ。お嬢さん、お名前は?」
そう聞かれる。本名はもう名乗れないと思った私は、少しためらってから、
「……ルナです」
と、答えた。
「ルナちゃんね。うちは親子三人で暮らしているの。花屋は私が営んでいて、夫は大工をしているわ。今日はとりあえず、うちに泊まりなさいね。これからのことは、また相談しましょう」
「お姉ちゃんと一緒に帰るの? やったぁ!」
アンナちゃんが目を輝かせて喜ぶ。
訳ありだと察されたのだろうが、無理に聞き出すこともなく、自然体で話してくれる。
その優しさが嬉しくて、また泣きそうになりながら、その申し出をありがたく受け入れた。
町に着き、ポルカさんが営んでいる花屋の前に馬車が停まった。
「ルナちゃん、店の奥に私たちの家があるの。とりあえず家で、汚れを落として着替えなきゃいけないわね。申し訳ないけど、私の服でいいかしら?」
そう言ってくれるポルカさんに頷く。
「もちろんです。お世話になります」
私は促されるまま身体の汚れを洗い流し、ポルカさんが準備してくれた服に着替えた。
「まぁ! 綺麗な顔立ちだとは思ったけど、こんなにも綺麗だったのねぇ」
「お姉ちゃん、きれい! やっぱりお姫様だ! ずっとキラキラしてるもん」
そう褒めてくれたが、ポルカさんは着替えた私を見て一瞬戸惑った様子だった。
一目で私が高貴な生まれだと――訳ありだと分かったようだ。
でも、何も聞かずに、
「お腹空いているかしら? 今から何か作るわね」
と、ご飯を作ってくれた。
その後、仕事から戻ってきたポルカさんの夫に紹介され、事情を説明した。
この国に知り合いもおらず、行くあてもない私を放り出す訳にもいかないと、ポルカ一家で相談してくれた結果、ポルカさんの店を手伝いながら、しばらく面倒を見てくれるということになった。
「やったぁ! お姉ちゃん、ここにいてくれるんだ! 嬉しい!」
アンナちゃんが、はしゃぎながら喜んでくれる。
そして、大工をしているポルカさんの夫が、店の裏にある小屋を人が住めるように簡易的に改築してくれて、そこを仮住まいとして貸してくれることになった。
それから、私はポルカさんの花屋を手伝うこととなった。
店に出るにあたり、ポルカさんたちから、私の容姿について心配された。
このプラチナブロンドは平民では見ない色で、顔立ちも目立ちすぎるので、よからぬ者に目をつけられてしまうのではないか、と。
そこで、顔にそばかすを描いて、伊達メガネをかけ、髪も平民によくいる焦げ茶色に染めた。
長い髪は三つ編みにし、服はなるべく体型が分からないように、だぼっとした服を着るようにする。
別人のように変わった私を見て、ポルカ夫婦は驚いていた。
「でもお姉ちゃん、キラキラしてるの変わらないよ」
でも、アンナちゃんは変わらず笑顔だ。
不思議に思っていると、
『あの子、僕たちのことが少し見えてるのかも』
『小さな子供には、たまにいるよね』
『はっきりとは、見えてないみたいだけどね』
と、精霊たちが教えてくれた。
なるほど。
だから、最初からキラキラしてるって言っていたんだ、と私は納得してしまった。
◇◇◇◇
それから一週間くらい経ったある日、ポルカさんが言った。
「不思議だわ。最近、どの花もイキイキとしていて、全然枯れてこないの」
店の花を見ながら首を傾げている。
それを聞いた精霊たちは、嬉しそうに話しだした。
『それはそうだよね~。僕たちが枯れるの止めてるもん』
『ルナ~嬉しい?』
『私たち、ルナの役に立ちたいの~』
え? そんなことできるの⁉ すごい! ……じゃなくて、駄目でしょう!
そんな不自然なことになっているのが、私が来てからだなんて、怪しさ満点じゃないの!
慌てた私は、精霊たちにその力を使うのをやめるよう伝えたが、精霊たちは不服そうだ。
『ちぇ~。駄目なのか~』
『せっかく綺麗だったのにね~』
『もっと驚くこと、したかったのになぁ』
いや、本当にやめて。
『じゃ、ルナに力をあげる~』
『それがいいね~。そうしよう』
『皆で祝福しよう~』
店の中で、今すぐ祝福を授けようとする精霊たちを、私はまた慌てて止めた。
◇◇◇◇
「ねぇ、祝福って、何?」
小屋に戻ってから私は精霊たちにそう聞いた。
『ん~とねぇ、僕たちの力を分けてあげるの』
『そうそう、力が使えるようになるよ~』
『私たちからのプレゼントなの~』
返ってくる答えは要領を得ない。
まぁ、悪いものではないのだろうと、あまり気にしないことにした。
それよりも、これから先のことをじっくり考える。
異世界転生と聞くと、魔法とか、魔王とか、魔物とか、前世では存在しなかったものを想像してしまうが、この世界でもあまりなじみがない。
魔法がない訳ではなく、昔は多くの人が使えたらしいのだが、今では使える人がほとんどいないのだ。
もちろん、魔王も存在しないはず(多分)。
魔物はいるらしいが、私は見たことがない。あの魔物の森でも出くわさなかったし、存在しているのかなと疑ってしまう。
「ねぇ、魔物っているの? 貴方たちと出会った森に魔物がいるって聞いたけど、全然見かけなかったよね?」
そう精霊たちに聞くと、
『僕たちが守ってたから~』
『普通の人間は、森に入ると出られないよ~』
『森に人間は入っちゃ駄目なんだよ~』
『ルナはいいけどね~』
と、それぞれが答えてくれるも、ズレてる気がする。
まぁ、きゅんラブは魔法とか魔物とかが出てくることのない、普通の恋愛シミュレーションゲームだったからなぁ。
ホント、なんで私にだけ精霊が見えてるんだろう?
変なフラグを立てないように気を付けなきゃ!
そう思いながら、その日はこれ以上何も考えないと決めて寝ることにした。
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