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1巻
1-2
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◇◇◇◇
私が花屋を手伝うようになって、少し慣れた頃。
ポルカさんからそろそろ町のお祭りの時期だと教えられた。
「ルナちゃん、何かいい考えはないかしら? お祭りの日は、それぞれの店で何か売り出すんだけど、うちは花屋だからいつも同じような物しか出せなくて……」
頭を抱えたポルカさんは、そう相談してきた。
彼女が言うには、お祭りの日には各店が趣向を凝らした物を店に並べるんだそう。そして、一番売り上げた店は、領主様から褒美を貰えるのだとか。
そんなお祭りの日に、花の苗や鉢植えを買う客はほとんどいないらしく、花束くらいしか売れないらしい。
だから、いつもお祭りの日は憂鬱なのだという。
「たいした売り上げにもならないし、店を閉めてアンナをお祭りに連れていってあげたいんだけど、町の商店連合に所属しているから、うちだけ閉めるっていうのも気が引けてね……」
「ポルカさん、その日の店番は一人で大丈夫です。だからポルカさんは、アンナちゃんとお祭りを楽しんできてください」
困った表情のポルカさんを見て、私はすぐに名乗り出た。
お世話になっている恩返しができる機会だ。役に立ちたい!
「そんなつもりで言ったんじゃないのよ!? ごめんなさい、さっきの話は気にしないで」
ポルカさんは慌てたように言った。
「いえ、どうか任せてください。やっと少しはポルカさんたちの役に立てそうで、すごく嬉しいんです。それに、当日売る商品も任せてもらえませんか? ちょっと考えがあるんです」
私がそう言うと、
「考え?」
と、ポルカさんは不思議そうに繰り返した。
私は前世で、ポプリ作りにハマっていた。
フラワーアレンジメントの教室にも通ったし、趣味でアロマオイルも調合していたのだ。
その知識をここで使わなくてどうするのだ!
私は心の中でそう叫びながら、ポルカさんに伝えた。
「試作品を作るために、色んな草花を少しずつ分けていただきたいんですけど、大丈夫でしょうか?」
「もちろんよ。でも、本当にいいの? 負担になってないかしら? 無理しなくていいんだからね」
優しく言ってくれるポルカさんに大丈夫だと答える。そして、試作品ができたら、見てほしいとお願いして、さっそく作る物の構想を練りはじめた。
3
一方、ルナリアが国外追放された後のロックウェル王国では……
「マーク王太子殿下。一体、うちの娘が何をしたというのです? あまりの仕打ちに言葉も出ませんぞ」
シュナイダー公爵家当主として、私は常日頃から婚約者を立てるように娘に言っていた。娘はその言い付けを守っていたのに、娘の婚約者からのまさかの仕打ちに、私は怒りに震えていた。
仕事で陛下と共に地方に出向いていたので、卒業式には参列できなかったが、戻り次第、ルナリアの結婚に向けて準備をしなければと考えていたのに。
まさか、その婚約相手が、あろうことか男爵家の養女と浮気をし、その相手と結ばれたいがために、ルナリアに謂れのない冤罪を吹っかけて、陛下の許可もなく国外追放するとは!
しかも、国外追放した先は、隣国のカルステイン帝国との間に位置する魔物の森。
普通に考えて、生きているはずがない。
怒りの感情が今にも噴き出しそうになるのを必死で堪えながら、殿下に尋ねた。
「あの女は、アイーシャを虐めていたのだ! それに、アイーシャを階段から突き落としたと聞いたのだ! アイーシャがそう言っていたから、間違いない。そんな女、王太子妃になんてできる訳ないだろう!」
そうマーク殿下は叫んでいるが、もしそれが本当のことだとしても、その場で国外追放する権限など、殿下にはない。
まして、調べてもいないので証拠もない、ただその男爵令嬢が言ったことを鵜呑みにするとは……
あまりに愚鈍なマーク殿下の発言に、聞いている王宮内にいる者たちも、苦々しい表情でマーク殿下を見ている。
「愚かな……とても王太子殿下のなさることではありませんな。知っておられますかな? うちの娘が、本来貴方がするはずの仕事を肩代わりしていたことを。王太子妃教育とあわせて、貴方の仕事までしていたので、娘には学園に通う時間などとてもありませんでした。まぁ、娘は必要な知識はすでに修得しておりましたし、もともと学園には交流目的で通わせるつもりでしたから、私も目を瞑っておりましたが……」
私の発言に、マーク殿下は眉をひそめて、何を言っているんだと言いたげな表情でこちらを見てくる。
この馬鹿殿下は、娘が学園に通っていなかったことにも気付いていなかったようだ。
「貴方方が、学園で好き放題していた時、娘は学園に通わず、一日中ここ王宮内で過ごしていた。そんな娘が、どうやって、その男爵家の小娘を虐め、階段から突き落とすことができるのか、ぜひ教えてもらいたいものですな」
私の言い分に、マーク殿下は怯みながらも抵抗した。
「そんなの、誰かにやらせたに違いない! 公爵令嬢に命令されれば、断れないからな!」
「では、その命令されたという者を連れてきていただこう。本当にうちの娘に命令されたのか、しっかりと問いたださなければ。だが、もし、そんな者はおらず、すべてが偽りであったと分かった時には。殿下は、どう責任を取ってくださるのでしょうかな」
私が鋭く言い放つと、今まで黙って聞いていた陛下が、疲れた様子で言った。
「もうよい。これは明らかに王太子の越権行為だ。お前の浅はかな考えにより、一人の尊い命が犠牲になった。これは、あまりにも重い罪だ。よって今、この場より第一王子マークは王太子から廃し、第二王子を新たな王太子とする」
陛下の言葉にマーク殿下は驚き、異を唱えるも、周りの人々はその決定を粛々と受け入れた。
ただ私は、それだけではとても許すことができなかった。
「陛下! 娘の捜索部隊は出していただけるのでしょうな? うちの娘は冤罪で追放されたのですぞ!」
私は陛下にそう詰め寄ったが、うんざりとした様子を隠そうともしない。
「公爵よ。魔物の森に入った者は今まで誰一人として出てきたことはないのだぞ? そんな危険な所に我が兵を出すなど、無駄死にさせるようなもの。それに、如何にマークが愚かであったとしても、王族が一度口にした命令の撤回はできぬ。今回はこれで収めよ」
くれぐれもあの森に捜索に入らないようにと言って、陛下はこの話は終わりだとばかりに席を立った。
(ふざけるな! 娘をなんだと思っているのだ! まだ死んだとは決まっていないのに、陛下の言い様も許せるものか! こんな奴らに仕えていたとは!)
私は自ら魔物の森に行き、少しでも早くルナリアの痕跡を見つけ出すと、固く心に決めたのだった。
◇◇◇◇
シュナイダー公爵家に戻る馬車の中で、私はルナリアの知らせを受けた時のことを思い出していた。
私が、陛下と共に地方に出向いていた時、家から急ぎの手紙が届いた。
一緒に来ていた侍従に何事かと問うと、困惑したように言った。
「奥様からです。届けに来た者によると、急いでお渡しするようにと言付かったとのことです」
今までそんな手紙を送ってきたことがなかった。
不思議に思いながら、とりあえず手紙を読むと、急に血の気が引いていくのを感じた。
「なぜ、ルナリアが国外追放されているのだ?」
手紙は、よほど慌てて書かれたのか要領を得ない。
ただ、ルナリアが国外追放されたことだけは分かった。
すぐに陛下の元に行くと、陛下も王宮から連絡がきていたようで、渋い顔をしていた。
「陛下! どういうことですか⁉ なぜ殿下は婚約者であるうちの娘を国外追放なさったのです⁉」
陛下に詰め寄り尋ねたが、陛下もよく分からないらしい。
ここにいても埒が明かないと思い、陛下に断りを入れてから、取り急ぎ王都にある自分の屋敷に戻った。
「帰ったぞ! 一体どういうことなんだ⁉」
公爵家に着いた私は、すぐに妻に問いただそうとしたが、妻はルナリアが国外追放されたと聞いて、寝こんでしまったらしい。
息子二人もひどくショックを受けていた。特にまだ幼い下の息子は、国外追放というものが理解できずに、お姉様が何日も帰ってこないと言って泣き止まなかったようだ。
二人ともルナリアによく懐いていたのだ。無理もない。
詳細を執事長に聞くことで、ようやく一連の流れが掴めたが、まったく理解しがたいことだった。
しかも、殿下はすでにルナリアを魔物の森で放置したという。
おそらくルナリアはもう生きてはいないだろう……
そう思うと私は、やりきれない気持ちに押し潰されそうになった。
しかし、ほんの少しでも生きている可能性があるなら助けに行きたい。
今、この瞬間にも魔物に襲われそうになっているのではないかと考えるだけで、気が遠くなる。
しかし、魔物の森に入った者は、一人たりとも出てきたことがない。
一人で入ったところで、無事に帰れる保障はない。それでも、行くしかないだろう。
どのようにして魔物の森に入ろうかと執務室で思案しているところに、隣国からの手紙が届いた。
「隣国? 誰からだ?」
「ルイジアス・フォン・カルステイン皇太子殿下からです」
執事長がそう言って手紙を渡してくる。
まだルナリアが幼い時に出会った、隣国の皇子だ。
今は皇太子だったか、とあの頃を思い出しながら手紙を読む。
手紙には、ルナリアを心配しているということと、公爵家と共にルナリアを捜索したいといった内容が書かれていた。
「なぜ、隣国の皇太子が……」
私の疑問に執事長が答える。
「旦那様、お忘れですか? ルナリア様が十二歳の時、隣国のルイジアス皇太子殿下に婚約の打診をされたことを。すでにマーク王太子殿下との婚約が内定されていたため、すぐに取り消されましたが、一時は国際問題にまで発展しそうになったではありませんか」
「ああ! そうであった。もう六年も前の話だから、すっかり忘れていたわ」
そうは言ったものの、何年も交流はなかったのに、なぜこんな手紙が届いたのだろう。
不思議に思ったが、カルステイン帝国側からも捜してくれるというのは、願ってもないことだ。
「誰にせよ、手を貸していただけるのはありがたい。魔物の森の中がどれほど広いのか分からないが、人手は多いに越したことはないからな」
捜索の目処がつきそうなことに、私は軽く息をついた。
4
その頃、カルステイン帝国、ルイジアス皇太子殿下の執務室では……
「失礼します」
「デューカス。なんだその顔は。不味いものでも食べたのか?」
ルイジアス殿下が、執務室に入ってきた僕を見て、楽しそうに笑いながらそう言った。
──ルイジアス・フォン・カルステイン。
カルステイン帝国の次期皇帝となる方だ。
長身の鍛え抜かれた引き締まった体躯。
アッシュグレーの短髪に、強い意志を感じさせる黒曜石の瞳。
頭の回転も速く、文武両道。
見る者をすべて魅了し、思わず跪きたくなるくらいのオーラを放っている。
すべてにおいて秀でているこのお方は、もちろん令嬢たちから絶大な人気があり、憧れの的であるが、未だに婚約者がいない。
どんなに周りが薦めても、頑なに拒否し、首を縦に振らない。
痺れを切らした皇帝陛下に、あと半年で婚約者を決めなければ、強引に婚約者を決めると言われている。
そして少しでも気に入る令嬢が見つけられるようにと、連日お茶会やらパーティやらの予定が組まれていた。
そして、そのすべての予定を整えるよう命じられたのが、ルイジアス殿下の側近であるこの僕、デューカス・アーガスト。アーガスト公爵家の嫡男だ。
「ルイジアス殿下。本日もお茶会のはず。また、すっぽかしたのですか?」
痛むこめかみを押さえながら、僕はそう言った。
「本日は、侯爵家のご令嬢がいらっしゃる予定でしたよね? なぜ、この部屋にいるのでしょう?」
「お前、俺がここにいると分かっていたから、登城してすぐにこの部屋に来たのだろう?」
まったく悪びれる様子もなく、殿下はそう言って優雅にお茶を飲む。
必死でセッティングしたお茶会も、この方が悉くすっぽかすため、後処理をする僕の気苦労は絶えない。つい苦虫を噛み潰したような顔になるのは許してほしい。
「ほら、お茶ならここで充分美味しく飲める。わざわざ不味い茶を飲みに行く必要はない」
ルイジアス殿下はそう言った後、静かに僕に尋ねた。
「シュナイダー公爵には手紙を送ったか?」
僕は即答した。
「もちろんです」
それを聞いたルイジアス殿下は、ホッと息を吐く。
「返事を待つとして……すでに派遣する者たちの選定は済んだか?」
ルイジアス殿下の言葉に、僕はさらに渋い顔になる。
「やはり、魔物の森に入るとなると、志願者はなかなか……」
「そうか……」
ルイジアス殿下は、逸る気持ちを抑えるように、遠くを見つめていた。
◇◇◇◇
俺には、忘れられない人がいる。
幼き頃に出会った、光に包まれた女性……
カルステイン帝国の皇子として生まれた俺は、幼い時から、たまに小さな光が見えることがあった。
でも、それは俺以外には見えていないらしく、話したところで不思議そうにされるだけだった。それからは見えても誰にも話すことはなかった。
その光は、温かく、なぜか悪いものではないという確信があった。
そして、幼い時から何度か行ったことのある隣国のロックウェル王国では、その光が自国よりも多く見えていた。
ロックウェル王国で出会った、ルナリア・シュナイダー公爵令嬢。
あまりにも眩しい、目を開けられないほどの光が彼女を取り囲んでいた。
初めて彼女を見た時は女神かと思い、あまりにもびっくりして声が出なかったほどだ。
その後も、彼女は会うたびにいつも光で包まれていた。とても小気味よく続く会話も心地よく、気付けば常に彼女の姿を目で追っていた。
魔物の森を迂回しなければならないため、ロックウェル王国には頻繁に行けない。
しかし、ルナリアに会いたいがために、俺は何かと口実を作ってよく王国に行っていた。
だから、マーク王太子の婚約者となったと知った時は、茫然自失となったものだ。
それからは隣国に行くのは必要な時だけになった。
かといって彼女を忘れることはできなかったため、自分の婚約者も作れずにいた。いっそ早く結婚してくれれば踏ん切りがつけられるのにと思った矢先に、彼女が婚約破棄され、行方不明という噂を聞いた……
「はぁ……」
俺は、ついつい溜め息が溢れるのを抑えることができなかった。
「殿下、こんな時に恐縮ですが、来週は自領に帰る予定になっておりますので、よろしくお願いします」
デューカスは、お茶会のキャンセルを侍従に依頼した後、そう言った。
「……ああ、そういえばアーガスト領の祭りの時期だな。それに、妹が領地で療養しているんだったか。久しぶりの再会だ。楽しんでこいよ」
「殿下。もしよければ、殿下も祭りに参加されるのはどうでしょう? 数日の間ですし、気分転換になるかと」
「いや……そんな気分では……」
「連日のお茶会から堂々と逃げられますよ」
断ろうとしたが、デューカスのその言葉に祭りに行くことに決めた。
5
その頃のアーガスト領では────
「ポルカさん! 見てください。祭りに出す物を作ってみました!」
私は、はしゃぎながら店に作った物を持ってきて、店の中で披露した。
前世の記憶をもとに作った、花リースや、ポプリが入った巾着型の匂い袋、ドライフラワーや生花のフラワーアレンジメントにブーケなど、たくさん作ってみた。
「まぁ! なんて綺麗! これ、全部ルナちゃんが作ったの?」
ポルカさんが、目を輝かせながら聞いてくる。
「はい。花を乾燥させて作っているものは扱いに注意しなければなりませんが、飾るだけで華やかになるし、長持ちしますよ。この、籠に飾った花は、下に水を含ませた綿を使っているので、このままの花の配置で飾ることができます」
前世では花籠にスポンジを使用していたが、ここにはないので綿を使った。苦肉の策だ。
でも、思いのほか、上手くできたので満足していた。
花籠やブーケなどは、持ち帰りやすいように小ぶりに作ってある。
この世界には、鉢植えや花束はあるが、フラワーアレンジメントは見かけたことがない。
ポルカさんの反応もよかったし、きっとこれなら売れるはず!
それから、ポルカさんに教えながら、花籠のフラワーアレンジメントや、ブーケなどを一緒に作り、祭りに向けて着々と準備を進めた。
できあがったたくさんの商品を見ながら、祭りの日が来るのが待ち遠しかった。
私が花屋を手伝うようになって、少し慣れた頃。
ポルカさんからそろそろ町のお祭りの時期だと教えられた。
「ルナちゃん、何かいい考えはないかしら? お祭りの日は、それぞれの店で何か売り出すんだけど、うちは花屋だからいつも同じような物しか出せなくて……」
頭を抱えたポルカさんは、そう相談してきた。
彼女が言うには、お祭りの日には各店が趣向を凝らした物を店に並べるんだそう。そして、一番売り上げた店は、領主様から褒美を貰えるのだとか。
そんなお祭りの日に、花の苗や鉢植えを買う客はほとんどいないらしく、花束くらいしか売れないらしい。
だから、いつもお祭りの日は憂鬱なのだという。
「たいした売り上げにもならないし、店を閉めてアンナをお祭りに連れていってあげたいんだけど、町の商店連合に所属しているから、うちだけ閉めるっていうのも気が引けてね……」
「ポルカさん、その日の店番は一人で大丈夫です。だからポルカさんは、アンナちゃんとお祭りを楽しんできてください」
困った表情のポルカさんを見て、私はすぐに名乗り出た。
お世話になっている恩返しができる機会だ。役に立ちたい!
「そんなつもりで言ったんじゃないのよ!? ごめんなさい、さっきの話は気にしないで」
ポルカさんは慌てたように言った。
「いえ、どうか任せてください。やっと少しはポルカさんたちの役に立てそうで、すごく嬉しいんです。それに、当日売る商品も任せてもらえませんか? ちょっと考えがあるんです」
私がそう言うと、
「考え?」
と、ポルカさんは不思議そうに繰り返した。
私は前世で、ポプリ作りにハマっていた。
フラワーアレンジメントの教室にも通ったし、趣味でアロマオイルも調合していたのだ。
その知識をここで使わなくてどうするのだ!
私は心の中でそう叫びながら、ポルカさんに伝えた。
「試作品を作るために、色んな草花を少しずつ分けていただきたいんですけど、大丈夫でしょうか?」
「もちろんよ。でも、本当にいいの? 負担になってないかしら? 無理しなくていいんだからね」
優しく言ってくれるポルカさんに大丈夫だと答える。そして、試作品ができたら、見てほしいとお願いして、さっそく作る物の構想を練りはじめた。
3
一方、ルナリアが国外追放された後のロックウェル王国では……
「マーク王太子殿下。一体、うちの娘が何をしたというのです? あまりの仕打ちに言葉も出ませんぞ」
シュナイダー公爵家当主として、私は常日頃から婚約者を立てるように娘に言っていた。娘はその言い付けを守っていたのに、娘の婚約者からのまさかの仕打ちに、私は怒りに震えていた。
仕事で陛下と共に地方に出向いていたので、卒業式には参列できなかったが、戻り次第、ルナリアの結婚に向けて準備をしなければと考えていたのに。
まさか、その婚約相手が、あろうことか男爵家の養女と浮気をし、その相手と結ばれたいがために、ルナリアに謂れのない冤罪を吹っかけて、陛下の許可もなく国外追放するとは!
しかも、国外追放した先は、隣国のカルステイン帝国との間に位置する魔物の森。
普通に考えて、生きているはずがない。
怒りの感情が今にも噴き出しそうになるのを必死で堪えながら、殿下に尋ねた。
「あの女は、アイーシャを虐めていたのだ! それに、アイーシャを階段から突き落としたと聞いたのだ! アイーシャがそう言っていたから、間違いない。そんな女、王太子妃になんてできる訳ないだろう!」
そうマーク殿下は叫んでいるが、もしそれが本当のことだとしても、その場で国外追放する権限など、殿下にはない。
まして、調べてもいないので証拠もない、ただその男爵令嬢が言ったことを鵜呑みにするとは……
あまりに愚鈍なマーク殿下の発言に、聞いている王宮内にいる者たちも、苦々しい表情でマーク殿下を見ている。
「愚かな……とても王太子殿下のなさることではありませんな。知っておられますかな? うちの娘が、本来貴方がするはずの仕事を肩代わりしていたことを。王太子妃教育とあわせて、貴方の仕事までしていたので、娘には学園に通う時間などとてもありませんでした。まぁ、娘は必要な知識はすでに修得しておりましたし、もともと学園には交流目的で通わせるつもりでしたから、私も目を瞑っておりましたが……」
私の発言に、マーク殿下は眉をひそめて、何を言っているんだと言いたげな表情でこちらを見てくる。
この馬鹿殿下は、娘が学園に通っていなかったことにも気付いていなかったようだ。
「貴方方が、学園で好き放題していた時、娘は学園に通わず、一日中ここ王宮内で過ごしていた。そんな娘が、どうやって、その男爵家の小娘を虐め、階段から突き落とすことができるのか、ぜひ教えてもらいたいものですな」
私の言い分に、マーク殿下は怯みながらも抵抗した。
「そんなの、誰かにやらせたに違いない! 公爵令嬢に命令されれば、断れないからな!」
「では、その命令されたという者を連れてきていただこう。本当にうちの娘に命令されたのか、しっかりと問いたださなければ。だが、もし、そんな者はおらず、すべてが偽りであったと分かった時には。殿下は、どう責任を取ってくださるのでしょうかな」
私が鋭く言い放つと、今まで黙って聞いていた陛下が、疲れた様子で言った。
「もうよい。これは明らかに王太子の越権行為だ。お前の浅はかな考えにより、一人の尊い命が犠牲になった。これは、あまりにも重い罪だ。よって今、この場より第一王子マークは王太子から廃し、第二王子を新たな王太子とする」
陛下の言葉にマーク殿下は驚き、異を唱えるも、周りの人々はその決定を粛々と受け入れた。
ただ私は、それだけではとても許すことができなかった。
「陛下! 娘の捜索部隊は出していただけるのでしょうな? うちの娘は冤罪で追放されたのですぞ!」
私は陛下にそう詰め寄ったが、うんざりとした様子を隠そうともしない。
「公爵よ。魔物の森に入った者は今まで誰一人として出てきたことはないのだぞ? そんな危険な所に我が兵を出すなど、無駄死にさせるようなもの。それに、如何にマークが愚かであったとしても、王族が一度口にした命令の撤回はできぬ。今回はこれで収めよ」
くれぐれもあの森に捜索に入らないようにと言って、陛下はこの話は終わりだとばかりに席を立った。
(ふざけるな! 娘をなんだと思っているのだ! まだ死んだとは決まっていないのに、陛下の言い様も許せるものか! こんな奴らに仕えていたとは!)
私は自ら魔物の森に行き、少しでも早くルナリアの痕跡を見つけ出すと、固く心に決めたのだった。
◇◇◇◇
シュナイダー公爵家に戻る馬車の中で、私はルナリアの知らせを受けた時のことを思い出していた。
私が、陛下と共に地方に出向いていた時、家から急ぎの手紙が届いた。
一緒に来ていた侍従に何事かと問うと、困惑したように言った。
「奥様からです。届けに来た者によると、急いでお渡しするようにと言付かったとのことです」
今までそんな手紙を送ってきたことがなかった。
不思議に思いながら、とりあえず手紙を読むと、急に血の気が引いていくのを感じた。
「なぜ、ルナリアが国外追放されているのだ?」
手紙は、よほど慌てて書かれたのか要領を得ない。
ただ、ルナリアが国外追放されたことだけは分かった。
すぐに陛下の元に行くと、陛下も王宮から連絡がきていたようで、渋い顔をしていた。
「陛下! どういうことですか⁉ なぜ殿下は婚約者であるうちの娘を国外追放なさったのです⁉」
陛下に詰め寄り尋ねたが、陛下もよく分からないらしい。
ここにいても埒が明かないと思い、陛下に断りを入れてから、取り急ぎ王都にある自分の屋敷に戻った。
「帰ったぞ! 一体どういうことなんだ⁉」
公爵家に着いた私は、すぐに妻に問いただそうとしたが、妻はルナリアが国外追放されたと聞いて、寝こんでしまったらしい。
息子二人もひどくショックを受けていた。特にまだ幼い下の息子は、国外追放というものが理解できずに、お姉様が何日も帰ってこないと言って泣き止まなかったようだ。
二人ともルナリアによく懐いていたのだ。無理もない。
詳細を執事長に聞くことで、ようやく一連の流れが掴めたが、まったく理解しがたいことだった。
しかも、殿下はすでにルナリアを魔物の森で放置したという。
おそらくルナリアはもう生きてはいないだろう……
そう思うと私は、やりきれない気持ちに押し潰されそうになった。
しかし、ほんの少しでも生きている可能性があるなら助けに行きたい。
今、この瞬間にも魔物に襲われそうになっているのではないかと考えるだけで、気が遠くなる。
しかし、魔物の森に入った者は、一人たりとも出てきたことがない。
一人で入ったところで、無事に帰れる保障はない。それでも、行くしかないだろう。
どのようにして魔物の森に入ろうかと執務室で思案しているところに、隣国からの手紙が届いた。
「隣国? 誰からだ?」
「ルイジアス・フォン・カルステイン皇太子殿下からです」
執事長がそう言って手紙を渡してくる。
まだルナリアが幼い時に出会った、隣国の皇子だ。
今は皇太子だったか、とあの頃を思い出しながら手紙を読む。
手紙には、ルナリアを心配しているということと、公爵家と共にルナリアを捜索したいといった内容が書かれていた。
「なぜ、隣国の皇太子が……」
私の疑問に執事長が答える。
「旦那様、お忘れですか? ルナリア様が十二歳の時、隣国のルイジアス皇太子殿下に婚約の打診をされたことを。すでにマーク王太子殿下との婚約が内定されていたため、すぐに取り消されましたが、一時は国際問題にまで発展しそうになったではありませんか」
「ああ! そうであった。もう六年も前の話だから、すっかり忘れていたわ」
そうは言ったものの、何年も交流はなかったのに、なぜこんな手紙が届いたのだろう。
不思議に思ったが、カルステイン帝国側からも捜してくれるというのは、願ってもないことだ。
「誰にせよ、手を貸していただけるのはありがたい。魔物の森の中がどれほど広いのか分からないが、人手は多いに越したことはないからな」
捜索の目処がつきそうなことに、私は軽く息をついた。
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その頃、カルステイン帝国、ルイジアス皇太子殿下の執務室では……
「失礼します」
「デューカス。なんだその顔は。不味いものでも食べたのか?」
ルイジアス殿下が、執務室に入ってきた僕を見て、楽しそうに笑いながらそう言った。
──ルイジアス・フォン・カルステイン。
カルステイン帝国の次期皇帝となる方だ。
長身の鍛え抜かれた引き締まった体躯。
アッシュグレーの短髪に、強い意志を感じさせる黒曜石の瞳。
頭の回転も速く、文武両道。
見る者をすべて魅了し、思わず跪きたくなるくらいのオーラを放っている。
すべてにおいて秀でているこのお方は、もちろん令嬢たちから絶大な人気があり、憧れの的であるが、未だに婚約者がいない。
どんなに周りが薦めても、頑なに拒否し、首を縦に振らない。
痺れを切らした皇帝陛下に、あと半年で婚約者を決めなければ、強引に婚約者を決めると言われている。
そして少しでも気に入る令嬢が見つけられるようにと、連日お茶会やらパーティやらの予定が組まれていた。
そして、そのすべての予定を整えるよう命じられたのが、ルイジアス殿下の側近であるこの僕、デューカス・アーガスト。アーガスト公爵家の嫡男だ。
「ルイジアス殿下。本日もお茶会のはず。また、すっぽかしたのですか?」
痛むこめかみを押さえながら、僕はそう言った。
「本日は、侯爵家のご令嬢がいらっしゃる予定でしたよね? なぜ、この部屋にいるのでしょう?」
「お前、俺がここにいると分かっていたから、登城してすぐにこの部屋に来たのだろう?」
まったく悪びれる様子もなく、殿下はそう言って優雅にお茶を飲む。
必死でセッティングしたお茶会も、この方が悉くすっぽかすため、後処理をする僕の気苦労は絶えない。つい苦虫を噛み潰したような顔になるのは許してほしい。
「ほら、お茶ならここで充分美味しく飲める。わざわざ不味い茶を飲みに行く必要はない」
ルイジアス殿下はそう言った後、静かに僕に尋ねた。
「シュナイダー公爵には手紙を送ったか?」
僕は即答した。
「もちろんです」
それを聞いたルイジアス殿下は、ホッと息を吐く。
「返事を待つとして……すでに派遣する者たちの選定は済んだか?」
ルイジアス殿下の言葉に、僕はさらに渋い顔になる。
「やはり、魔物の森に入るとなると、志願者はなかなか……」
「そうか……」
ルイジアス殿下は、逸る気持ちを抑えるように、遠くを見つめていた。
◇◇◇◇
俺には、忘れられない人がいる。
幼き頃に出会った、光に包まれた女性……
カルステイン帝国の皇子として生まれた俺は、幼い時から、たまに小さな光が見えることがあった。
でも、それは俺以外には見えていないらしく、話したところで不思議そうにされるだけだった。それからは見えても誰にも話すことはなかった。
その光は、温かく、なぜか悪いものではないという確信があった。
そして、幼い時から何度か行ったことのある隣国のロックウェル王国では、その光が自国よりも多く見えていた。
ロックウェル王国で出会った、ルナリア・シュナイダー公爵令嬢。
あまりにも眩しい、目を開けられないほどの光が彼女を取り囲んでいた。
初めて彼女を見た時は女神かと思い、あまりにもびっくりして声が出なかったほどだ。
その後も、彼女は会うたびにいつも光で包まれていた。とても小気味よく続く会話も心地よく、気付けば常に彼女の姿を目で追っていた。
魔物の森を迂回しなければならないため、ロックウェル王国には頻繁に行けない。
しかし、ルナリアに会いたいがために、俺は何かと口実を作ってよく王国に行っていた。
だから、マーク王太子の婚約者となったと知った時は、茫然自失となったものだ。
それからは隣国に行くのは必要な時だけになった。
かといって彼女を忘れることはできなかったため、自分の婚約者も作れずにいた。いっそ早く結婚してくれれば踏ん切りがつけられるのにと思った矢先に、彼女が婚約破棄され、行方不明という噂を聞いた……
「はぁ……」
俺は、ついつい溜め息が溢れるのを抑えることができなかった。
「殿下、こんな時に恐縮ですが、来週は自領に帰る予定になっておりますので、よろしくお願いします」
デューカスは、お茶会のキャンセルを侍従に依頼した後、そう言った。
「……ああ、そういえばアーガスト領の祭りの時期だな。それに、妹が領地で療養しているんだったか。久しぶりの再会だ。楽しんでこいよ」
「殿下。もしよければ、殿下も祭りに参加されるのはどうでしょう? 数日の間ですし、気分転換になるかと」
「いや……そんな気分では……」
「連日のお茶会から堂々と逃げられますよ」
断ろうとしたが、デューカスのその言葉に祭りに行くことに決めた。
5
その頃のアーガスト領では────
「ポルカさん! 見てください。祭りに出す物を作ってみました!」
私は、はしゃぎながら店に作った物を持ってきて、店の中で披露した。
前世の記憶をもとに作った、花リースや、ポプリが入った巾着型の匂い袋、ドライフラワーや生花のフラワーアレンジメントにブーケなど、たくさん作ってみた。
「まぁ! なんて綺麗! これ、全部ルナちゃんが作ったの?」
ポルカさんが、目を輝かせながら聞いてくる。
「はい。花を乾燥させて作っているものは扱いに注意しなければなりませんが、飾るだけで華やかになるし、長持ちしますよ。この、籠に飾った花は、下に水を含ませた綿を使っているので、このままの花の配置で飾ることができます」
前世では花籠にスポンジを使用していたが、ここにはないので綿を使った。苦肉の策だ。
でも、思いのほか、上手くできたので満足していた。
花籠やブーケなどは、持ち帰りやすいように小ぶりに作ってある。
この世界には、鉢植えや花束はあるが、フラワーアレンジメントは見かけたことがない。
ポルカさんの反応もよかったし、きっとこれなら売れるはず!
それから、ポルカさんに教えながら、花籠のフラワーアレンジメントや、ブーケなどを一緒に作り、祭りに向けて着々と準備を進めた。
できあがったたくさんの商品を見ながら、祭りの日が来るのが待ち遠しかった。
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