極東のアンブローズ

そうすみす

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第一章

4 雑な扱いをしないでほしい。

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 くすんだ金髪に翡翠ひすい色の瞳、やや細身だがたよりがいのあるイケメン。
 
 長我部おさかべノエル先輩。わたしより二つ年上で、アンブローズに入ってもう五年近くになるらしい。
 
 まばたきも呼吸も忘れたノエル先輩の顔が、みるみるうちに赤くなってゆく。
 
 「ノックぐらいしろ。何か用か?」
 
 ベルウッドさんは体勢もそのままに、平然とたずねた。
 
 だから顔近いって。ちょっとはなれて。
 
 わたしは痛いやら恥ずかしいやらで、顔から火が出そうである。
 
 「……え……あ……その……報告があるので……談話室サロンに集まるようにって……局長が……」
 
 「こいつの腰を抜かしてから行く。十分だけ待つように伝えてくれ」
 
 ひゃああ、誤解を招くようなことを言うなああああ!
 
 でも依然いぜんとして、わたしはうめくことしかできない。
 
 「わ、分かり……ました。伝えておきます」
 
 ノエル先輩は目のやり場に困ったように視線をあちこちに這わせながら、裏返りそうな声で答えた。
 
 そしてノエル先輩が退室した後、地獄のアフターケアが再開された。


 「よっ、と」
 
 ベルウッドさんは米俵こめだわらでも下ろすように、わたしをソファに投げ置いた。
 
 雑なあつかいをしないでほしい。少なくとも、わたしは米一俵こめいっぴょうよりは軽いのだから。
 
 本当に腰が抜けそうになったわたしは、ベルウッドさんにかつがれて談話室サロンに連れて来られたのであった。
 
 今はこんな有り様だが、ベルウッドさんの施術せじゅつが有りと無しとでは、翌日の筋肉痛の度合いが明らかに違う。だから、失神級しっしんきゅうの地獄のアフターケアを我慢して受けているのだ。
 
 群青ぐんじょう色の絨毯じゅうたんがカラフルに見える。視界異常。わたし大丈夫?
 
 「紗希、まだ寝るなよ」
 
 目を白黒させていたわたしは、ベルウッドさんにほほをペチペチと叩かれた。
 
 そう言うベルウッドさんもあくびをみ殺しているが。
 
 「起きてますよ。ただ、なんかもう、自分の体じゃないみたいで……」
 
 どうにか呂律ろれつは回る。
 
 「ねえ、ルーサー」
 
 向かって右手の一人掛けソファーに座っている女性がベルウッドさんに呼び掛けた。
 
 名前は神楽坂かぐらざか静香。年齢はベルウッドさんと同じぐらい。亜麻あま色のショートヘアーが似合う文句なしの美人、わたしのあこがれの大人の女性であり、このアンブローズ契羅城ちぎらき支局の局長である。
 
 ちなみに、アンブローズの本部は西洋の西端ウォーレスランドに置かれている。
 
 あと一応、今ここにいるメンバーの紹介をしておく。
 
 木製のテーブルをはさんで、わたしとベルウッドさんの正面に座っているのが、先程のノエル先輩。その隣にいる壮年そうねんの男性がわたしの本来の相棒、元傭兵ようへい将方豪士まつかたごうし。わたし達は軍曹ぐんそうと呼んでいるが性格はおだやかで、いきなりビンタを飛ばすような人ではない。しぶ精悍せいかんで、若い頃は結構男前だったに違いない。もちろん、今でも十分イケてるが。
 
 最初は局長と軍曹の二人だけで、この契羅城にアンブローズを構えたとのこと。詳しく聞いたことはないが、かれこれもう十年ちょっと前のことで、その当時はまだ倭倶槌わぐつち国を含め世界中で戦後の混乱が収まらず、何かと苦労も多かったらしい。
 
 「あなたと組んでから毎回、紗希が足腰の立たない状態で帰ってくるのはどういうこと? 何か変なことしてないでしょうね?」
 
 局長は立ち上がってわたしの右手を取り、ベルウッドさんにどすのいた声で問う。

 なぜ右手を取られたのか分からなかったが、甲に小さなき傷があったことに今さらながら気付いた。
 
 局長はわたしの右手の甲に軽く手をえる。
 
 「変なことって何だ? 俺は献身けんしん的にアフターケアをしてやってるのに」
 
 「局長、聞いてください。紅衣貌ウェンナックを片付けた後、いつもリアル鬼ごっこをさせられるんです」
 
 アフターケアについては感謝している。しかし、リアル鬼ごっごは悪質きわまりない。
 
 単純に追いかけっこなのだが、そのやり方が恐ろしい。何しろ、ベルウッドさんは十秒カウントした後、練識功アストラル・フォースを最大限に駆使くしし、全速力でわたしを追いかけてくるのだ。捕まると地獄のツボ押しめをする。やっとの思いでまた逃れても、また全速力で追いかけてきて、捕まれば今度はくすぐり攻め。
 
 ベルウッドさん曰く、足腰強化のため、とのことだが、あんなのを小一時間こいちじかんも続けられたらトラウマになりそうだ。体中が疲労でガクガクにもなる。はっきり言って、キスをされた方がマシかもしれない。
 
 それに不思議なのは、この人、なんでこんなにタフなんだろう? リアル鬼ごっこの後もほとんど息切れしていないし。
 
 「紗希、いつもじゃないだろ。今回は敵の数も多かったし、夜も遅いからやらずに……」
 
 「ルぅーサぁー? ちょっと黙って。そのリアル鬼ごっこについて、紗希からくわしく聞きたいから」
 
 局長はベルウッドさんのもうひらきをち切ると、わたしから手をはなして席に戻った。
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