極東のアンブローズ

そうすみす

文字の大きさ
17 / 102
第二章

7 激痛で動けない。息もできない。殺られる。

しおりを挟む
 わたしはなかば反射的に麻袋あさぶくろを引っ掴んで、はじかれるように庭園へ飛び出した。
 
 わたしが動くのを待ち兼ねたように、白狐面びゃっこめん跳躍ちょうやくして追ってくる。
 
 速い上に、ジャンプはば途轍とてつもなく大きい。本当に人間なのだろうか?
 
 わたしは小早こばやく麻袋から剣を引っ張り出し、さやを投げ外した。
 
 ビュンビュンとくううならせながら、白狐面が春秋大刀を振り回して飛びかかってきた。
 
 武器の大きさが違い過ぎる。こんな大振り物での攻撃をこうから受け止めたら、剣が折れてしまう。
 
 左上から来た袈裟懸けさがけの一撃を、わたしは後ろへ退きながら剣ではじきいなした。
 
 もろ受けをけたにも関わらず、手がしびれる。
 
 「ベルウッドさん!」
 
 裏庭にいるはずのベルウッドさんを呼びながら、わたしは剣を構え直した。
 
 白狐面は武器を振った勢いで体を回転させて背を向けた。
 
 大胆にも、いきなり相手わたしに背中を見せた? 
 
 すきありと意気込いきごんだのも一瞬のこと、石突いしづき部がわたしの顔面目掛けてせまってきた。
 
 わたしはあわてて左へ横転。
 
 ああっ、雪が冷たい。
 
 白狐面は向き直り、文字通り全身で春秋大刀しゅんじゅうだいとうを振り回した。頭を振り首をじくに、次に左腕から肩、背中の上を回りすべらせて右手へと移動させ、その大刀さばきは芸術的でさえあった。
 
 ……って、なんかおかしい。この白狐面、戦う気があるのだろうか? 単に春秋大刀の演武を披露ひろうしたいだけなのでは?
 
 しかしながら、こんな大長物を引っ切り無しに振り回されては、わたしとしても近付くことができないのは事実だ。
 
 白狐面が再び、こちらに向けて大刀を振ってきた。
 
 今度は地面擦れ擦れ、足を狙って。
 
 後ろへ跳ぶわたし。
 
 大刀が飛び石をめ、ジャリン! と鳴って雪と火花を散らす。
 
 今だ!
 
 大刀が振り切られたこの瞬間を逃さず、わたしは練識功アストラルフォースで身体能力と肉体強度を上げながら突進する。
 
 人を手に掛けるのはしのびないが仕方がない。命を奪うつもりで行かなくてはこちらが殺されてしまうかもしれないのだから。
 
 白狐面の脇腹わきばら目掛け、わたしは剣を横ぎに振るう。
 
 もらった! と確信したが、あにはからんや、わたしの手に伝わってきたのは固い感触だった。
 
 信じがたいことだった。春秋大刀は縦に真っ直ぐ構えられ、白狐面に達そうとしていたわたしの剣を喰い止めていたのだ。
 
 尋常じんじょうではない反応速度である。わたしが肉薄にくはくするまでの〇・何秒の間に、長く重い春秋大刀を構え直したことになる。
 
 わたしはすぐさま手首を回して剣を回転させ、別方向からり込みを掛けようとしたが、それより速く、白狐面の左肩がわたしの体に当たってきた。
 
 想定を遥かにしのぐ、重く鋭い一撃。自動車が衝突したぐらいの衝撃はありそうだ。
 
 わたしは後ろへ飛ばされ、松の木に激突した。
 
 練識功で肉体を強化させていたので、骨折や内臓破裂はまぬがれたが、呼吸がままならないほど全身が激痛に襲われた。
 
 もう一度叫ぼうとしても声が出ない。
 
 まったく! あのクソオヤジ、何してる⁉
 
 もだえるわたしに、松の枝から雪がドサッと落ちてきた。
 
 あああっ! 踏んだり蹴ったり。痛いし冷たいし。
 
 白狐面が春秋大刀をかつぎ迫って来る。
 
 激痛で動けない。息もできない。られる。
 
 はたと白狐面びゃっこめんが足を止め、わたしから向かって左上に顔を向けた。
 
 直後、その方角に向かって春秋大刀しゅんじゅうだいとう渾身こんしんのスピードとリーチで払い切った。
 
 空を裂き突風を起こすほどの超豪速ちょうごうそく。わたしに被さっていた雪をほとんど吹き散らすほど。
 
 一瞬遅れて、御堂おどうの屋根からベルウッドさんが降りてきて、受け身で地面に着地した。
 
 まさかまた高みの見物をしていたわけじゃ……?
 
 それより、なぜだろう? 白狐面が春秋大刀を振ったタイミングが、ベルウッドさんが降りてきたタイミングとかなりズレていたのは。
 
 もしかして、本気でわたし達を殺すつもりではないということなのだろうか?
 
 わたしから雪を吹き散らしたのも、単なる偶然ではないとか?
 
 いや、そもそも何者なのかも目的も謎なのだ。好意的な憶測おくそくは危険である。
 
 「紗希、大丈夫か?」
 
 「だ……っ」
 
 駄目ですと答えようとして、わたしはき込んだ。
 
 「無事で良かった」
 
 ベルウッドさんは根拠こんきょもなく安心し、剣を構えて白狐面と対峙たいじした。
 
 無事じゃないって。見れば分かるじゃん。
 
 そうだ、見えないんだった。
 
 ベルウッドさんは左手の指二本で手まねきした。
 
 白狐面からかすかにフンと聞こえる。鼻で笑ったのだろう。
 
 春秋大刀がうなり、大上段からベルウッドさんに襲い掛かる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

俺たちYOEEEEEEE?のに異世界転移したっぽい?

くまの香
ファンタジー
 いつもの朝、だったはずが突然地球を襲う謎の現象。27歳引きニートと27歳サラリーマンが貰ったスキル。これ、チートじゃないよね?頑張りたくないニートとどうでもいいサラリーマンが流されながら生きていく話。現実って厳しいね。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

竜皇女と呼ばれた娘

Aoi
ファンタジー
この世に生を授かり間もなくして捨てられしまった赤子は洞窟を棲み処にしていた竜イグニスに拾われヴァイオレットと名づけられ育てられた ヴァイオレットはイグニスともう一頭の竜バシリッサの元でスクスクと育ち十六の歳になる その歳まで人間と交流する機会がなかったヴァイオレットは友達を作る為に学校に通うことを望んだ 国で一番のグレディス魔法学校の入学試験を受け無事入学を果たし念願の友達も作れて順風満帆な生活を送っていたが、ある日衝撃の事実を告げられ……

僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ
ファンタジー
 僕は十年程闘病の末、あの世に。  そこで出会った神様に手違いで寿命が縮められたという説明をされ、地球で幸せな転生をする事になった…が何故か異世界転生してしまう。なんでだ?  幸い優しい両親と、兄と姉に囲まれ事なきを得たのだが、兄達が優秀で僕はいずれ家を出てかなきゃいけないみたい。そんな空気を読んだ僕は将来の為努力をしはじめるのだが……。   ※画像はAI作成しました。 ※現在毎日2話投稿。11時と19時にしております。

処理中です...