極東のアンブローズ

そうすみす

文字の大きさ
24 / 102
第三章

1 それは保安局の仕事でしょう

しおりを挟む
 「それは保安局の仕事でしょう」
 
 局長は重くうなるような低音で言い放った。
 
 局長がこういう声を出す時って、実ははらわたが煮えり返っていたりする。
 
 わたし達にここまで怒ることはまずないが、以前、確かベルウッドさんがアンブローズに来る少し前のこと、このオフィスにチンピラ連中が因縁いんねんを付けに乗り込んできたことがあり、あの時にも今とよく似た声でチンピラ達にお説教せっきょうをしていた。
 
 連中がしつこく言い掛かりをつらね、ついにはノエル先輩につかみかかったため、局長は一人のひざくだいて、円満に(局長ご本人いわく)にお引き取りいただいたのであった。
 
 静かなる剣幕けんまくにじませているが、さすがに今回ばかりは局長も相手の手足を折るような真似はしないだろう。
 
 何しろ、相手は保安局の職員なのだから。
 
 それにしても何と言うか、保安局はアンブローズを軽視しているのだろうか? よりにもよって、なぜこんな使えそうにない職員をよこすのか?
 
 使えそうにないというのは、紅衣貌ウェンナック特別対策課(仮)の職員―――伊太池那仁いたいけなひと―――の規格外きかくがいに気弱な性格と、何より現場経験皆無かいむのデスクワークしかしたことがないようなたたずまいまいからの評価である。
 
 年齢は二十代前半といったところ。真面目まじめで頭も決して悪くないようだが……。
 
 「……で、ですが、神楽坂局長。あなた方アンブローズさんにとりましても、アポカリプスは厄介やっかいな存在のはずです」
 
 伊太池さんは今にも裏返りそうな声で、おどおどしながら言う。
 
 そうそう、『アポカリプス』とは何ぞや? も含めて、ここで伊太池さんを通して下った保安局からの命令を簡単にまとめると次のようになる。
 
 長年の地道な捜査により、保安局はついに終末思想集団の正体とアジトを突き止めた。団体名はアポカリプス。元々戦争反対派だった者達を中心に結成された二十人弱の集団。アジトの場所は契羅城ちぎらき自治区最北端にある糖ヶ原とうがはら村の北西、狐魑魅こすだま渓谷。
 
 その高々たかだか二十人にも満たない小集団を殲滅せんめつさせるために、アンブローズを総動員させろというのだから、局長がブチ切れるのも無理はない。
 
 もちろん、終末思想集団の名称や規模、それにアジトの場所まで明らかにできたことについては、保安局の働きを評価したい。
 
 「厄介には違いありません。しかし、彼らは人間ですよね? わたし達アンブローズが相手にしているのは紅衣貌という怪物なんです。ご存じのはずですが? それに、拳銃所持の件はどうなりました? 仕事より先に武器をよこしてください」
 
 局長の語勢ごせい一層いっそう怒気どきみなぎる。
 
 「そ、それはごもっともです。何分手続きが煩雑はんざつで手間取っておりまして、拳銃所持はもうしばらくお時間をいただければ……」
 
 伊太池さんの声に一層震えが増す。
 
 まあ少しは理解できる。保安局から担当職員が来ると聞き、わたし達は全員この談話室サロンに集合して、こうして説明を受けているのだが、やはり複数の人間に敵意にも似た感情を向けられれば、動揺どうようするのも仕方のないこと。
 
 さしずめ今の伊太池さんは、暴力団の事務所に単独で乗り込んできた気弱な保安官といったところだろう。
 
 おっと、また例えが悪かったかな。
 
 「そもそも伊太池さん、お宅は元軍人で結成された特殊部隊をお持ちですよね? そちらに突撃させた方が確実ではありませんか? 戦闘のプロの集団ですし」
 
 「は、はい。それもまたごもっともなご意見ですが……大勢でおもむけばどうしても目立ちます。連中に勘付かんづかれる可能性も高いです」
 
 伊太池さんも冷や汗をハンカチでぬぐいながら喰い下がる。
 
 「なので、あなた方にお願いしたいのです。アンブローズさんのスタッフでしたら、一人でも特殊部隊の隊員何名分もの戦力に匹敵ひってきします。少数での制圧も可能でしょうから」
 
 今度はよいしょ戦法に出たか。
 
 局長はしぶった表情で伊太池さんを見返した。
 
 いくらおだてられたからといって、ただちに了承はできない。
 
 わたし達が全員で出向けば事は簡単に片付くであろうが、ここでハイハイと引き受けてしまえば、きっとこれからも紅衣貌とは無関係の事件を押し付けられる。そうなると、いざという時に紅衣貌の対処がおろそかになってしまうかもしれない。
 
 「このクソ寒い時期に、糖ヶ原くんだりまで全員で行けって、俺達を凍死させる気か? やっぱりいいように扱い始めたな」
 
 と、ベルウッドさん。完全に喧嘩腰である。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

俺たちYOEEEEEEE?のに異世界転移したっぽい?

くまの香
ファンタジー
 いつもの朝、だったはずが突然地球を襲う謎の現象。27歳引きニートと27歳サラリーマンが貰ったスキル。これ、チートじゃないよね?頑張りたくないニートとどうでもいいサラリーマンが流されながら生きていく話。現実って厳しいね。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

竜皇女と呼ばれた娘

Aoi
ファンタジー
この世に生を授かり間もなくして捨てられしまった赤子は洞窟を棲み処にしていた竜イグニスに拾われヴァイオレットと名づけられ育てられた ヴァイオレットはイグニスともう一頭の竜バシリッサの元でスクスクと育ち十六の歳になる その歳まで人間と交流する機会がなかったヴァイオレットは友達を作る為に学校に通うことを望んだ 国で一番のグレディス魔法学校の入学試験を受け無事入学を果たし念願の友達も作れて順風満帆な生活を送っていたが、ある日衝撃の事実を告げられ……

僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ
ファンタジー
 僕は十年程闘病の末、あの世に。  そこで出会った神様に手違いで寿命が縮められたという説明をされ、地球で幸せな転生をする事になった…が何故か異世界転生してしまう。なんでだ?  幸い優しい両親と、兄と姉に囲まれ事なきを得たのだが、兄達が優秀で僕はいずれ家を出てかなきゃいけないみたい。そんな空気を読んだ僕は将来の為努力をしはじめるのだが……。   ※画像はAI作成しました。 ※現在毎日2話投稿。11時と19時にしております。

処理中です...