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第三章
1 それは保安局の仕事でしょう
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「それは保安局の仕事でしょう」
局長は重く唸るような低音で言い放った。
局長がこういう声を出す時って、実は腸が煮え繰り返っていたりする。
わたし達にここまで怒ることはまずないが、以前、確かベルウッドさんがアンブローズに来る少し前のこと、このオフィスにチンピラ連中が因縁を付けに乗り込んできたことがあり、あの時にも今とよく似た声でチンピラ達にお説教をしていた。
連中がしつこく言い掛かりを連ね、ついにはノエル先輩に掴みかかったため、局長は一人の膝を蹴り砕いて、円満に(局長ご本人曰く)にお引き取りいただいたのであった。
静かなる剣幕を滲ませているが、さすがに今回ばかりは局長も相手の手足を折るような真似はしないだろう。
何しろ、相手は保安局の職員なのだから。
それにしても何と言うか、保安局はアンブローズを軽視しているのだろうか? よりにもよって、なぜこんな使えそうにない職員をよこすのか?
使えそうにないというのは、紅衣貌特別対策課(仮)の職員―――伊太池那仁―――の規格外に気弱な性格と、何より現場経験皆無のデスクワークしかしたことがないような佇まいからの評価である。
年齢は二十代前半といったところ。真面目で頭も決して悪くないようだが……。
「……で、ですが、神楽坂局長。あなた方アンブローズさんにとりましても、アポカリプスは厄介な存在のはずです」
伊太池さんは今にも裏返りそうな声で、おどおどしながら言う。
そうそう、『アポカリプス』とは何ぞや? も含めて、ここで伊太池さんを通して下った保安局からの命令を簡単にまとめると次のようになる。
長年の地道な捜査により、保安局はついに終末思想集団の正体とアジトを突き止めた。団体名はアポカリプス。元々戦争反対派だった者達を中心に結成された二十人弱の集団。アジトの場所は契羅城自治区最北端にある糖ヶ原村の北西、狐魑魅渓谷。
その高々二十人にも満たない小集団を殲滅させるために、アンブローズを総動員させろというのだから、局長がブチ切れるのも無理はない。
もちろん、終末思想集団の名称や規模、それにアジトの場所まで明らかにできたことについては、保安局の働きを評価したい。
「厄介には違いありません。しかし、彼らは人間ですよね? わたし達アンブローズが相手にしているのは紅衣貌という怪物なんです。ご存じのはずですが? それに、拳銃所持の件はどうなりました? 仕事より先に武器をよこしてください」
局長の語勢に一層怒気が漲る。
「そ、それはごもっともです。何分手続きが煩雑で手間取っておりまして、拳銃所持はもうしばらくお時間をいただければ……」
伊太池さんの声に一層震えが増す。
まあ少しは理解できる。保安局から担当職員が来ると聞き、わたし達は全員この談話室に集合して、こうして説明を受けているのだが、やはり複数の人間に敵意にも似た感情を向けられれば、動揺するのも仕方のないこと。
さしずめ今の伊太池さんは、暴力団の事務所に単独で乗り込んできた気弱な保安官といったところだろう。
おっと、また例えが悪かったかな。
「そもそも伊太池さん、お宅は元軍人で結成された特殊部隊をお持ちですよね? そちらに突撃させた方が確実ではありませんか? 戦闘のプロの集団ですし」
「は、はい。それもまたごもっともなご意見ですが……大勢で赴けばどうしても目立ちます。連中に勘付かれる可能性も高いです」
伊太池さんも冷や汗をハンカチで拭いながら喰い下がる。
「なので、あなた方にお願いしたいのです。アンブローズさんのスタッフでしたら、一人でも特殊部隊の隊員何名分もの戦力に匹敵します。少数での制圧も可能でしょうから」
今度はよいしょ戦法に出たか。
局長は渋った表情で伊太池さんを見返した。
いくらおだてられたからといって、直ちに了承はできない。
わたし達が全員で出向けば事は簡単に片付くであろうが、ここでハイハイと引き受けてしまえば、きっとこれからも紅衣貌とは無関係の事件を押し付けられる。そうなると、いざという時に紅衣貌の対処が疎かになってしまうかもしれない。
「このクソ寒い時期に、糖ヶ原くんだりまで全員で行けって、俺達を凍死させる気か? やっぱりいいように扱い始めたな」
と、ベルウッドさん。完全に喧嘩腰である。
局長は重く唸るような低音で言い放った。
局長がこういう声を出す時って、実は腸が煮え繰り返っていたりする。
わたし達にここまで怒ることはまずないが、以前、確かベルウッドさんがアンブローズに来る少し前のこと、このオフィスにチンピラ連中が因縁を付けに乗り込んできたことがあり、あの時にも今とよく似た声でチンピラ達にお説教をしていた。
連中がしつこく言い掛かりを連ね、ついにはノエル先輩に掴みかかったため、局長は一人の膝を蹴り砕いて、円満に(局長ご本人曰く)にお引き取りいただいたのであった。
静かなる剣幕を滲ませているが、さすがに今回ばかりは局長も相手の手足を折るような真似はしないだろう。
何しろ、相手は保安局の職員なのだから。
それにしても何と言うか、保安局はアンブローズを軽視しているのだろうか? よりにもよって、なぜこんな使えそうにない職員をよこすのか?
使えそうにないというのは、紅衣貌特別対策課(仮)の職員―――伊太池那仁―――の規格外に気弱な性格と、何より現場経験皆無のデスクワークしかしたことがないような佇まいからの評価である。
年齢は二十代前半といったところ。真面目で頭も決して悪くないようだが……。
「……で、ですが、神楽坂局長。あなた方アンブローズさんにとりましても、アポカリプスは厄介な存在のはずです」
伊太池さんは今にも裏返りそうな声で、おどおどしながら言う。
そうそう、『アポカリプス』とは何ぞや? も含めて、ここで伊太池さんを通して下った保安局からの命令を簡単にまとめると次のようになる。
長年の地道な捜査により、保安局はついに終末思想集団の正体とアジトを突き止めた。団体名はアポカリプス。元々戦争反対派だった者達を中心に結成された二十人弱の集団。アジトの場所は契羅城自治区最北端にある糖ヶ原村の北西、狐魑魅渓谷。
その高々二十人にも満たない小集団を殲滅させるために、アンブローズを総動員させろというのだから、局長がブチ切れるのも無理はない。
もちろん、終末思想集団の名称や規模、それにアジトの場所まで明らかにできたことについては、保安局の働きを評価したい。
「厄介には違いありません。しかし、彼らは人間ですよね? わたし達アンブローズが相手にしているのは紅衣貌という怪物なんです。ご存じのはずですが? それに、拳銃所持の件はどうなりました? 仕事より先に武器をよこしてください」
局長の語勢に一層怒気が漲る。
「そ、それはごもっともです。何分手続きが煩雑で手間取っておりまして、拳銃所持はもうしばらくお時間をいただければ……」
伊太池さんの声に一層震えが増す。
まあ少しは理解できる。保安局から担当職員が来ると聞き、わたし達は全員この談話室に集合して、こうして説明を受けているのだが、やはり複数の人間に敵意にも似た感情を向けられれば、動揺するのも仕方のないこと。
さしずめ今の伊太池さんは、暴力団の事務所に単独で乗り込んできた気弱な保安官といったところだろう。
おっと、また例えが悪かったかな。
「そもそも伊太池さん、お宅は元軍人で結成された特殊部隊をお持ちですよね? そちらに突撃させた方が確実ではありませんか? 戦闘のプロの集団ですし」
「は、はい。それもまたごもっともなご意見ですが……大勢で赴けばどうしても目立ちます。連中に勘付かれる可能性も高いです」
伊太池さんも冷や汗をハンカチで拭いながら喰い下がる。
「なので、あなた方にお願いしたいのです。アンブローズさんのスタッフでしたら、一人でも特殊部隊の隊員何名分もの戦力に匹敵します。少数での制圧も可能でしょうから」
今度はよいしょ戦法に出たか。
局長は渋った表情で伊太池さんを見返した。
いくらおだてられたからといって、直ちに了承はできない。
わたし達が全員で出向けば事は簡単に片付くであろうが、ここでハイハイと引き受けてしまえば、きっとこれからも紅衣貌とは無関係の事件を押し付けられる。そうなると、いざという時に紅衣貌の対処が疎かになってしまうかもしれない。
「このクソ寒い時期に、糖ヶ原くんだりまで全員で行けって、俺達を凍死させる気か? やっぱりいいように扱い始めたな」
と、ベルウッドさん。完全に喧嘩腰である。
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