極東のアンブローズ

そうすみす

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第四章

5 もはや、根性だけで戦うしかない

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 他でもない、わたし達をめた人物、悪の化身けしん、諸悪の根源、伊太池那仁いたいけなひとに間違いなかったからだ。
 
 上手く説明はできないが、これまでとは放つ雰囲気というか……覇気はきが違う。
 
 「大勢殺されてしまいましたからね、もう皆すっかり怖気おじけ付いて、誰もあなた達の追跡をする者がいなくなりましたよ。狐魑魅こすだま渓谷内なら、まだ勝ち目もありましたが。……そうそう、あの渓谷内全体、岩石に大量の妖狐血晶フォキシタイトが含有されているんです。練識功アストラルフォースとは真逆の力がありまして、互いに打ち消し合う、いわゆる中和ですね。凄いパワーストーンなんです。ご存知でした? あ、ご存知なら、今頃こんなことにはなっていませんでしたね」
 
 ナヒトは飄々ひょうひょうしゃべくる。
 
 その態度が実にしゃくさわるが、思い返せば、狐魑魅渓谷内の岩肌に輝いていた紅い粒々、あれが妖狐血晶とやらだったのだろう。
 
 「ご丁寧ていねいな説明、痛み入るな。そんな講釈こうしゃくを語るために、わざわざこの吹雪の中をお出ましになったのか?」
 
 軍曹がすごみをかせた。
 
 「まさか……。私、そこまでひまではありません。時間と労力と燃料を掛けて、やっとあなた達を発見したわけですし、また狐魑魅渓谷へご案内致しますよ。一応、現地説明をして差し上げるのが心尽こころづくしというものでしょう。これでも軍曹殿、激動の時代を生き抜いてきたあなたを、私は心底尊敬しておりますから」
 
 この兄ちゃん、やっぱりツアーコンダクターに向いているかも。
 
 軍曹を尊敬しているという部分に嫌味やいつわりは感じられなかった。
 
 「おことわりだ。見ての通り、ひどい目にった。二度と行くか」
 
 「それは困ります。御神体のさらなる強化のためには練識功の保持者が必要なんです」
 
 ナヒトがそう言い、小屋の中へ踏み込んできた。
 
 その瞬間、軍曹が弾丸のような勢いでんだ。
 
 速い! 満身創痍まんしんそういのはずなのに、まだこんな豪速ごうそく突進が可能だなんて。

 腹部を一突きされるかと思いきや、ナヒトがこれまた驚異的な反応速度で退がる。
 
 まさに電光石火でんこうせっか。両者は猛吹雪の只中ただなかおどり出た。

 わたしも後を追って飛び出す。

 くずれ、ひざを突いていたのは軍曹の方だった。その右脇腹が真っ赤に染まっている。

 全身が青緑色に輝くナヒトの右手には血に染まったナイフ。

 「やはりあなたは凄い。あなたが手負いでなければ、やられていたのは私の方でした」

 そう言うあんたも凄過ぎるんですけど? 猫被ってた? 爪隠してた? 攻撃をかわしながらの引け腰で、軍曹にこれほどの深手ふかでを負わせてるんだから。

 それに、ナヒトのこの輝き、もしかして練識功?

 「どういうこと? あんたも練識功の保持者? それとも化物?」

 わたしは上擦うわずりそうな声を必死に整え、ナヒトに詰問した。

 「正解は前者です。まあ、ちょっとしたタネはありますが」

 その『ちょっとしたタネ』って何?

 気になるところだが、これ以上お喋りを続けるつもりはない。

 わたしも練識功で身体能力を上げて、一気にケリを付ける!

 わたしは胸の辺りに意識を集中させる。……が、体が熱くなった瞬間、目眩めまいがした。
 
 即座そくざさとった。すでに体力の限界なのだと。
 
 無理もない。極寒の中、狐魑魅渓谷からこの避難小屋まで、軍曹をかついでノンストップで来たのだ。わたしの体感だが、おそらく三、四時間掛けて。
 
 今ここで強引に練識功を発動させれば、きっと意識不明におちいってしまう。
 
 もはや、根性だけで戦うしかない。
 
 剣を握り締め、気合いと同時に雪を蹴った。
 
 ナヒトの目に、わたしの動きはどう映っているだろう? よたよたと情けない様だろうか?
 
 突き、払い、上体落としからのえぐり上げと、数太刀たち繰り出すが、ナヒトは造作ぞうさもなく軽いステップでいなしていた。
 
 ああ、駄目だ。力が入らない。そうでなくてもわたし、へなちょこなのに……。
 
 ナヒトから横薙よこなぎに振られたナイフを辛うじて躱したが、その拍子ひょうしにバランスを崩した。
 
 そこへ、ナヒトが瞬時に間合いを詰め、わたしの左脚に強烈なローキック。
 
 左膝が鈍い音を立て、一瞬遅れて激痛が襲って来る。
 
 たまらず、喉の奥から苦悶くもんの絶叫が飛び出した。
 
 雪の上に倒れ込んだ。立ち上がろうとするが、左膝から全身に激痛としびれがほとばしり、固まったように動けない。
 
 ナヒトは拳銃を取り出し、こちらへ向けた。
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