βなんか好きにならない

切羽未依

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ショートケーキ

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「やっぱり、ショートケーキを名乗っていいのは、いちごを戴冠たいかんしたショートケーキだけだよ。他の果物を載せたショートケーキなんて、『ショートケーキを名乗るな!』と思う」
 だんは言いながら、あたためたホットミルクを入れたマグカップを2つ、ローテーブルに置くと、ラグの上に、あぐらをかいた。


 二人でシャワーを浴び、笙悧しょうりは脱ぎ散らかした服を着せられて、リビングルームのソファーに寝かされた。
 暖は、紺色のパジャマを着ている。

 ソファーの前のローテーブルには、ホットミルクと、それぞれ、ケーキ皿に載せられたショートケーキ、クマのチョコレートケーキと、ケーキフォーク。

「食べられる?」
「食べたい」
 笙悧は、空腹だった。
 料理教室で、スパニッシュオムレツと魚介のパエリアを習って、夕食に食べる予定だったのだ。


 笙悧が起き上がると、暖がソファーに、ドーナッツクッションを敷いてくれる。
 笙悧は、事後に痛かったことはないのだが、暖の思いやりの上に、座る。

 暖は、クマのチョコレートケーキのケーキ皿を、ケーキフォークと、笙悧に手渡した。
「笙悧くん、こんなにかわいいクマさんを、脳天、カチ割って、食べちゃうんだね…」
「言い方!」
 悲しそうな顔で言う暖に、笙悧は笑わせられる。

 暖は、いちごを戴冠した正統せいとうなショートケーキに、ケーキフォークにしたがえたケーキ皿を持って、笙悧の隣に座る。

「いただきます」
「いただきます」
 二人は、手を合わせて言って、ケーキフォークを取り上げ、食べ始める。

「美味しいな…」
「美味しいね」
 一口ひとくちの後、同時に言ってしまって、顔を見合わせて、笑い合った。

「スポンジの口溶くちどけが、すごくよくて、生クリームが、ふわふわで、ちゃんと牛乳の味がする」
「こっちは、チョコが、すごいなめらか。中のチョコクリームと、ちょっと味がちがってて、口の中で混ざると、ほんと絶妙。」
 お互い、相手のケーキを、ケーキフォークで一口ひとくち取って、食べる。

「わかる」
「わかる」
 うんうん、うなずき合う。

「このケーキ屋さん、助けてくれたβの人が――働いてはなかったな…。よく行ってるお店なんだと思う」
 笙悧が言うと、暖は、もぐもぐしながら、「そうなんだ」という目で見返す。
「うん」と、うなずいて、笙悧は一口、食べる。

 笙悧は思い出す。

 途切れ途切れのギターのコードを弾く宇宙そら
 Tシャツの右肩に乗ったネコのプリント。
 その隣にあった


 笙悧は思い出すのをめた。


「そのかたのお名前は、お聞きしたの?」
 暖に聞かれて、笙悧は答える前から、笑ってしまった。
宇宙うちゅうと書いて、『そら』。」
「人の名前を笑ってはいけないよ」
 暖に叱られて、笙悧は言い訳をする。
「名前を笑ったんじゃないんだよ。宇宙そらさんが、自分の名前を、普通の『空』――大空の『そら』ね。普通の『空』でいいのに。って言ってるのが、おもしろくて。」

 笙悧は思い出して、また笑ってしまう。
「ぼくも、普通に、勝ち負けの『勝利しょうり』でいいのに。って、いつも思うから。」
「キレイな名前で、好きだよ」
 さらっと、暖が、笙悧しょうりの名前を褒める。

「ありがとう」
 笙悧は照れた。

「宇宙さんだけじゃなく、このケーキ屋さんの店長さんも、このマンションまで送って下さったんだよ」
「そんなにお世話になって…。ちゃんとお礼に行かないとね。笙悧は、まだ秋休みだよね?大学。」
「うん。でも、お礼は、一人で行けるよ」
 暖が一緒にお礼に行こうとしていることを察して、笙悧は言った。

 暖は、表情を曇らせる。
「心配だな…。また、αに声を掛けられたら?」
「『助けてー!』って叫んだら、助けに来てくれるって。宇宙さんか、店長さんの旦那さんが。」
「こんな心配をしないで済むように、早く番になりたい」
 暖に言われて、笙悧は、うつむいてしまった。ケーキを食べることを言い訳にして、顔を上げないままでいた。


「大学卒業まで待って!!」と、うっかり、笙悧が言ってしまったせいで、番になることを、暖は待ち続けてくれている。


 うつむいたままの笙悧のうなじを、愛おしく見つめてから、暖は、ショートケーキを食べる。いちごは、最後の一切れと合わせて食べる派だ。


 二人は、ケーキを食べ終わると、どちらともなく、見つめ合って、唇を重ねた。


 暖のαのフェロモンの嫌な臭いは、いちごと生クリームとチョコレートに、まぎれた。


 笙悧の閉じた瞳の端から、つうっと、涙がこぼれて、頬を伝った。

 こんなに大好きなのに、どうしてお兄ちゃんのαのフェロモンまで、嫌な臭いに、ぼくは感じてしまうんだろう…


 お兄ちゃんにだけは、何でも話せた。
 でも、笙悧は、ふたつだけ、暖に話せないことがあった。


 自分がΩだとバース判定されたこと。
 そして、αのフェロモンを、嫌な臭いとしか感じられないこと。


 自分がΩだと、暖に気付かれてしまったように、αのフェロモンを、嫌な臭いとしか感じられないことを、いつか気付かれるんじゃないか、もう気付かれてるんじゃないか…――笙悧は、怯えていた。
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