βなんか好きにならない

切羽未依

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最悪な店

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 ケーキを食べた後、笙悧しょうりは自分の家に戻った。

 どちらの両親も公認している婚約者、のような関係で、だんの家に泊まっても、笙悧の母親も父親も、何か言ったりはしないと思うが、確実に妹に、いじられる……

 暖の父親は外交官で海外に赴任していて、母親も付いて行っている。今は官僚になっている兄も姉も、大学入学時に、家を出ていて、暖は、高校生の時から、独り暮らしをしていた。
 暖は、今年の春、外資系の商社に就職した。新入社員は残業不可・休日出勤不可で、バリバリ働けないことを、暖は残念がっている、ブラックな思想の持ち主だ。


 笙悧が家に戻ると、リビングルームでは母親が一人、ニュースを見ていた。
「おかえりなさい」
「ただいま。――おやすみなさい」
「おやすみなさい」
 笙悧は、お兄ちゃんと、いっしょにケーキを食べて来ただけのような顔をして、リビングルームを通り過ぎ、自分の部屋へ行った。



 翌朝。
 大学は、まだ秋休みで、寝ていてもいいのだが、部屋の外の廊下を、妹が行ったり来たりして、いつも目が覚めてしまう。

 パジャマのまま、リビングルームへ行くと、
「あ、お兄ちゃん、おはよう。昨日のスイーツのお店の情報、教えて。お母さん、お店のシール、箱、開ける時に、ヘンに剥がしちゃって、QRコードも読み込めなくて、お店の名前も、読めなかったんだよ」
 まだ目覚めたばかりの笙悧の頭では処理しきれない速度と分量の言葉を、ダイニングテーブルから妹の琴音が投げ付けて来る。

 答えられないまま、笙悧は、ダイニングテーブルの自分の席に座った。

「おはよう、笙悧」
 ミルクティーを飲んでいた母親が言って、笙悧の朝食を用意するために、ダイニングテーブルを立つ。
「おはよう」と、笙悧が母親に返すいとまも、琴音は与えなかった。

「モンブラン、ほんと美味しかった。昨夜、秋限定スイーツ、買って帰ろうと思ったら、予備校からの帰り道のコンビニ、全てで売り切れてて、めっちゃ落ち込んでたの。受験勉強で疲れた脳みそには、最高の癒しだった」
 笙悧の回答も待たず、琴音はしゃべり続け、同じくちで、朝ごはんも食べて、呼吸もしているのだから、とんでもない。

「南口の商店街。『ぽぽんた』って、お店。」
 琴音がもぐもぐしているすきに、笙悧は、ようやく答えた。
「『ぽぽんた』?それは、たんぽぽと何の関係が?」
 もう口の中の食べ物を飲み込んで、琴音が聞く。
 
「さかさま読みだと思うよ」
 笙悧は、椅子を立った。
「店長さんに、名刺をもらったから、持って来るよ。QRコードもあった」
「ありがとう、お兄ちゃん」


 笙悧は部屋に行き、リュックのポケットに入れていた名刺を持って、リビングルームへ戻った。

 琴音は、母親といっしょに、ダイニングテーブルの上に置いたスマホを見ていた。

 わざわざ、名刺を持って来てやったのに、もう興味の対象が変わっている。
 笙悧は、少し腹が立った。妹が飽きっぽいのも、気まぐれなのも、慣れてはいたが。

 笙悧は椅子に座り、ダイニングテーブルの上、母親が用意してくれた朝食の横に、名刺を置いた。

 琴音は顔を上げ、見ていた自分のスマホを、笙悧の方へ押し出した。
「お兄ちゃん、『ぽぽんた』って、ここ?クチコミ、最ッ悪だよ」
「えっ」
 笙悧は驚いて、スマホを覗き込む。



「イートインコーナーを高校生と子供が占領していて、うるさかった。
 店長にクレームを入れたが、笑って聞いてもくれなかった。」

「ケーキがいつも売り切れている」

「店内で、ギターを弾いていて、うるさかった。」

「アレルゲンフリーのケーキを断られた。相談も受けてくれなかった。」

「駐車場がないのに、駐車料サービスがない」

「持って帰ったケーキが崩れていた」



 笙悧は、慌てて言った。
「一度、行ってみると、いいよ。店長さんは、やさしくて、旦那さんも、やさしくて、確かに、へたくそなギター、弾いてる人はいるし、イートインスペースに、女子高生と子どもが占領はしてたけど、うるさくても、嫌な感じじゃなくて」
「めっちゃ弁護するね…」
 琴音は、スマホを取り上げて、見た。

「このクチコミだけ見たら、誰も行かないよ。ケーキは、あんなに美味しいのに、残念だなー」
 琴音は、ダイニングテーブルの上に、スマホを置いて、立ち上がった。
「アレルゲンフリーは、できないの、当たり前だよ。個人のお店でしょ?アレルゲンを完全に分離できるわけない。無責任に請け負って、混入で、アナフィラキシー起こしたら、どうすんの?って話だよ。アナフィラキシーって、最悪、死んじゃうんだよ。相談も受けなかったの、逆に、責任感あると思う」
 そう言って、琴音は、自分の目元を指差してみせた。
「わたしは、実際に行って、見て、評価する」

「ありがとう、琴音」
「行って、見て、もっとひどいクチコミ、書いちゃうかもよ~」
 笙悧がお礼を言うと、琴音は笑って、リビングルームを出て行った。洗面所に行ったのだろう。

「お母さんも、お父さんも、ケーキ、美味しかったよ」
「ありがとう、お母さん」
 そう言ってくれる母親に、笙悧は、お礼を言った。

「いただきます」
 手を合わせて、笙悧は言って、朝食を食べ始める。食べたら、ぽぽんたへ行こう。
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