βなんか好きにならない

切羽未依

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突然の発情

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 食べ終わると、いわおは階段で2階へ上がり、スタンドマイクを持って、下りて来た。
 階段前の「ははそ 楽器店 2階」のスタンド看板をどかすと、イートインスペースに向かって、スタンドマイクを置く。

「ステージのポジションは、こんな感じ。」
 巌は言って、宇宙そらを手招きする。
 宇宙は、スタンドマイクの前に立ってみる。
「イートインスペースの前で、はじっこに立たされて、歌わされるって、罰ゲーム感、パない…」
 ごにょごにょ、宇宙は言うと、笙悧しょうりを振り返り、叫ぶ。
「笙悧が、全然、見えないし!」

 前を向けば、歌う宇宙からは、ピアノを弾く笙悧しょうりは、全く見えない。
 ピアノを弾く笙悧には、歌う宇宙を斜め後ろから見ることができる。

「ぼくは、だいじょうぶ。宇宙のこと、見えてる」
 笙悧はこたえた。

「どうすんだよ、歌い出し…」
 宇宙は、ごにょごにょ、言いながら、向き直る。
「まあ、がんばれ」
 巌は、宇宙の肩を軽く叩いた。

 いわおは、宇宙の椅子ベッドを、イートインスペースのテーブルの間へ、引っ越し始める。宇宙も手伝った。
 引っ越しが完了すると、巌は寝て、手を伸ばし、外したメガネをテーブルの上に置いた。

 宇宙はスタンドマイクの前へ行って、立った。

 むくっと、巌が椅子ベッドから起き上がった。
「宇宙。暗くなるの早いから、明るいうちに、笙悧くん、ちゃんと帰せよ」
「わかった」
 宇宙が答えると、巌は、また寝る。


 希更きさらさんのことがあるから、ぼくのこと、心配してくれてるんだな…と、笙悧は思う。
 はっと、笙悧は気付く。
「巌さん。希更さん、独りにして、だいじょうぶなんですか?」
「だいじょうぶ。希更に言われて、来たんだよ」

「今週は、やっぱり練習、やめよう」
 笙悧は言った。
 発情期の独りぼっちの恐怖を、笙悧は知っている。

「やめてやめて。そっちの方が、希更が、気にする」
 巌は寝たまま、手を上げて、横に振る。
「練習してて。俺は寝る…――」
 上がっていた手が、ふっと、落ちる。
 巌を見ていた宇宙は、その手の落ち方にウケる。


 宇宙は、笙悧の方を振り返った。
「ごめん。俺、全然、気付いてなかった。そうだよね。店長さん、独りにさせちゃ、ダメだよね」
 笙悧は、うなずく。
「うん。ぼくも、気付いてなかった」
「今週は、練習、やめとこ。練習できるようになったら、連絡する」
「うん」

 宇宙は、巌の方を見る。
「ちょっとしたら、巌さん、起こして、『練習、終わった』って言うよ。寝ぼけてるから、時間が経ってないこと、気付かないよ」
「うぶっ」
 こんな状況だけれど、笙悧はマスクの中、笑ってしまった。

 笙悧は、楽譜をリュックに入れる。カーディガンを着て、マスクを着け、リュックを背負うと、宇宙に手を振って、ぽぽんたを出た。
「連絡するね」
「うん。待ってる」


 笙悧は、商店街のアーケードを抜け、ペデストリアン・デッキに上がり、駅前を通って、下りる。
 この前、すっかり買うのを忘れたシャーペンの芯とルーズリーフを買っておこうと思いついて、大型商業施設へ向かった。

 平日の午後だが、割と混雑していた。
 こんな時間に、こんな所で、きゃあきゃあ、しゃべりながら歩いている女子高生は、やっぱりサボリなのだろうか。

 笙悧は、シャーペンの芯とルーズリーフを買って、リュックに入れた。
 一応、服も、遠目に眺める。αの店員が近付いて来たら、と思うと、店にも入りづらい。

 笙悧は、天井を見上げた。
 暖房が、もう入っているのか、暑かった。
 額を手の甲で拭うと、汗で、ぬるりとすべる。


 そんなわけない。
 笙悧は否定する。
 発情期は来週だ。αのフェロモンの嫌な臭いも嗅いでいない。
 巌さんはαだけれど、つがいがいる。番以外のΩを発情させるフェロモンは発さない。


 でも、この体の熱さは、




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