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高槻もそのやり取りを見て笑っている。

「反乱なんてしょっちゅう起きてるよな親父」

「言うな、俺も反省してる」

昔気質の叔父さんは何かある度にバカヤロー!って必ず怒鳴るのが口癖だ。

褒めて伸ばせの教育方針で育ってきた新社会人は中々その気性に慣れず、ヘマして説教される度に会社を無断欠勤するらしい。

先月も左半身を引きずって家まで迎えに行ったと笑いながら叔父さんは武勇を語る。

「俺はしつこいぞー…若いのなんかに負けてたまるか!」

暑苦しい意気込みを語りながら叔父さんは目の前にくる料理を美味しそうに食べていた。

うん。やっぱり高槻は叔父さんにそっくりだ。

確信して笑いながらあたしもビールを口にした。

「いやあ、やっぱ晶ちゃんみたいな美人な子と飲むと酒もちょっとで酔えるなあ」

「はは、まさか悪酔いはしないよね叔父さん」

「しないしない、もう気分よくて今夜は最高!なあ一哉、晶ちゃんを絶対逃がすなよ!」

「──…っ…」

上機嫌な叔父さんが口にした言葉。それに思いきりビールを吹き出したあたしから、高槻はゆっくりと視線を背けていた……。



気の乗らなかった食事の誘いの筈が、他愛もない話題に花が咲く。

これが同郷のなせる業ってやつなのか、地元の話題でテーブルは大いに賑わっていた。

「そういや、晶ちゃんは就職はどうするんだ?」

盛り上がった笑い声が落ち着いた所で叔父さんは急にそう口にする。

「就職……」

あたしは口ごもりながら答えた。

「就職はもう諦めた」

「諦めた?」

ははっと笑いながらあたしは続けた。

「うーん…諦めたっていうか……ちょっとやりたいことがあって……」

「やりたいこと?」

「うん……」

戸惑いながらもあたしは頷く。そんなあたしを見て叔父さんは箸を止めた。

「お、いいな!若いうちにやりたいことが見つかるってのは中々ない!凄くいいことだ」

顔を付き出してにっこり笑った叔父さんにあたしも何故か自信を持って頷いた。
大学行くわけでもなくフラッと上京した都会でアルバイトづくし。。。

就職もできなかったあたしに今の叔父さんの言葉は少しばかり背中を叩いてくれた気がする。

その勢いであたしはなんの躊躇いもなく自分の夢を叔父さんに語った。

一生懸命に話すあたしの言葉に叔父さんは何度も頷いてくれる。

その様子を普段なら余計な口を挟む高槻が黙って聞いていた。

久し振りに自分の気持ちを語り尽くした気がする。

喫茶店を開いたらこんな雰囲気のお店で、こんなメニューを出して……なんて、すべてがほんとにまだ夢で想像ばかりの言葉ではあるけれど、語るだけでもほんとに楽しいって思う。

それを何一つ貶すでもなくニコニコと笑って聞いてくれる叔父さんはほんとに聞き上手だ。

だからついつい夢が溢れて止まらなかった。



ひとしきり語って落ち着いたあたしに叔父さんは言った。

「よし!じゃあ、その夢が叶ったら叔父さんは一番客になるからな」

「うん、ありがと叔父さん!」

「客が居ないとか、売上げ足りないって時は直ぐに行くからな!」

「やだ、店やる前からそんな縁起でもないこと言わないでくださいよ」

冗談でも不吉過ぎる。
言いながら笑い合うと叔父さんは、はあっと一呼吸ついた。

「晶ちゃん……」

「………」

急に真顔になって真っ直ぐに目を向ける。

「商売したいなら地元でしなさい」

「──……」

「何かあったら助けてやれるから」

そう言った叔父さんの目は優しく笑っていた……。

叔父さんの言葉に戸惑ったあたしの傍らで、間を置いて高槻が腰をゆっくりと上げる。

「……じゃあ、もうそろそろ行くか。親父も社長と今から飲むだろ?」

「おお、そうだった。銀座で落ち合う約束だ」


「んじゃ、俺こいつ送って後から行くから」

「ああ、慌てんでいい。気をつけて運転しろよ」

高槻はあたしの肩に手を置いて席を立つよう促す。

あたしは戸惑った表情のまま、叔父さんに会釈をしていた。

夏希ちゃんとの仲に不安を覚えた矢先だった。

そんなほんのちょっとした心の隙間に叔父さんの言葉が少しだけ染みた気がした……。


レストランの待ち合いで迎えのタクシーを待つ叔父さんに見送られて高槻の車に乗り込む。シートに身を沈め、考え事をして動く様子のないあたしに高槻が言った。


「シートベルトしろよ」

「え……あ、ごめん」

気づいて慌てたあたしを高槻は笑う。何かを考えるあたしの思考の邪魔をしないように気遣ったのか、高槻の車は静かに走り出していた。

春先の一足早い歓送迎会なのだろうか?街の飲食店街は人波で結構賑やかだ。

その景色を横目に素通りしながら今度こそ車は健兄のマンションに向かっている。

「びっくりしただろ……」

高槻は唐突にそう口を開いていた。

元気だった叔父さんの不自由になった身体を見て、咄嗟に驚いた顔を誤魔化した。

叔父さんも高槻もそんなあたしに気を使わせないように接してくれていたことが逆に申し訳ない。

高槻は答えに戸惑うあたしに言う。

「仕事も付き合いも死ぬ気でこなす人だったから、お袋はずっと口にしてた……“いつかどこかでガクッとくる”って」

「………」

「止めても聞かない性分だからな……あれで済んで正直、家族皆はかえってよかったと思った」


“なったものはしょうがない”

高槻は間を置いて、溜め息混じりにそう口にした。


色々と見えないところで心の葛藤はあったものの、出た答えはそれだったんだろう……。


がむしゃらに突っ走ってきた叔父さん自身も死ぬ目に遇って初めて本気で考えたらしい。

ポックリと逝ってしまった後の会社はどうなるのか。

取り引き先は?
会社の社員は?
その家族は?

それを抱えた自分の家族は?

“倒れるのは本人の自由! 遺される人の身にもなってくださいよ”

ろくに休まず仕事の後に付き合いに出掛けて回る、そんな叔父さんに高槻のお母さんも毎回口にしていたらしい。

倒れたことで、神様がひと休みすることの大切さを教えてくれたのだと、高槻が面会に行った病院のベッド上で叔父さん本人が語って一番反省したみたいだ。

自分の親の死。
若いうちにそんなことなんて考えることもない。ましてや豪快に働きまくる元気な親なら尚のこと。

その時大学生だった高槻は、身に降りかかった現実を前にして色んなことを考えたみたいだ。

同窓会で帰省した時、ラブホテルでプロポーズしてきた高槻を思い出す。。。

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