379 / 403
3
しおりを挟む人生の選択。
よくよく思い直したらそれを真剣に考えた結果、高槻はあたしを選んだってことになるわけで……。
あの時はただ、あたしをフッてあっさり新しい彼女を作った薄情な男。そんな憎い感情しか残って居なかったから……。
「……っ…」
ああ、ダメだ……
自分の気持ちに自信がない
夏希ちゃんのバカッ…
あのだだ漏れの愛情表現だけがあたしに自信を持たせてくれていた筈なのに
その夏希ちゃんが今度はあたしに不安を与える
迷いの森の奥深くにまるで閉じ込められたみたいだ。
考えすぎて頭が痛い。
「着いたぞ……」
自然とこめかみに手を当てて考え込むあたしの肩に、車を停めた高槻は軽く手を置いた。
「……今日はこのまま帰るからちゃんと話をしろよ……何かあったら直ぐに電話しろ」
「……?」
妙な口振りに顔を上げた。助手席のあたしを見ずに高槻はフロントガラスの前を見据えている。
そんな高槻の視線を追うと、その先にはマンションの入り口で真っ直ぐにこちらを見て思いきり目を見張る夏希ちゃんが立っていた──。
・
「自転車下ろすから」
一言口にした高槻は、手早くシートベルトを外して車の外に出る。
強張った表情で夏希ちゃんが真っ直ぐにこっちを見ている。
マンションの壁に寄り掛かっていた身体をゆっくりと起こしながら、夏希ちゃんは助手席に乗ったままのあたしを見開いた大きな瞳で見つめたままだった。
後ろのトランクで騒々しい音がしている。
自転車を抱えながら高槻は背後から声を掛ける。
「駐輪場そこだろ? テキトーに置いてくるからな」
「えっ、あ…うん」
まるで夏希ちゃんの存在なんて無視だ。そこには誰も居ないように、高槻は普通に話し掛けてくる。
我に返ったあたしはやっと高槻の車から降りていた。
車のエンジン音。
少し離れたところでは高槻が自転車を停めているのであろう音がしている。
静かな住宅街でけっこう賑やかな騒音だ。
にもかかわらず──
夏希ちゃんを前にして、ゴクリと息を飲んだあたしの喉の濁音のほうがかなり大きく思えていた。
“ちゃんと話をしろよ”
そうだ。
話をしなきゃ──
車内で高槻から掛けられた発破に小さく手のひらを握り締める。
目を見開いていた夏希ちゃんの表情が少しずつ平静に戻っていく……
背後で車のドアを開ける音と同時に高槻の声がした。
・
「何時でもいいから電話くれ」
「……え、…」
振り返り、戸惑いながらも不意に頷いてしまった。
目を合わせた高槻の視線があたしの後ろに注がれる。
夏希ちゃんを牽制するかのような眼差しを向けて高槻は車に乗り込んだ。
帰りの挨拶代わりにワンクラクションが短く鳴る。
走り去る高槻の車を目で追うと、夏希ちゃんと視線が交差した。
無表情なのに瞳だけには鋭い光が見える。
たぶん怒るんだ。
思いきり妬きもちやいて、なんで!?どうして!ってあたしを責めるんだ。
そんなあたしの思いとは裏腹に、夏希ちゃんは皮肉な笑みを目尻に浮かべていた。
「なんだ……電話で言ってた“話”ってこれのこと」
「──……!…」
ズボンの両ポケットに手を入れて、夏希ちゃんはゆっくりと近付いてくる。
「違っ…」
「話す前に“見られちゃった”ってやつ?」
「………」
間近に来た夏希ちゃんの冷たく蔑むような視線に言葉が出なかった。
固まったあたしに向けて、夏希ちゃんは、はあーっと呆れた溜め息を目の前で強く吐く。
そして、くくっと口を歪めてさも可笑しそうに笑うと急に真顔になっていた。
・
夏希ちゃんは肩を内に丸めるように、はあーっと大きな溜め息を吐いた。
ゆっくりな動きを見せながら、夏希ちゃんは背を伸ばして周りに視線を向ける。
思いきりあたしを凝視した次は、まるで視線が合うことを避けるように、夏希ちゃんは横を向いた。
「けっこう急ぎで帰ってきたつもりだったんだ……」
「………」
そう、ぽつりと口にする。
「部屋に……」
「………」
「速攻で帰ったら居なかったから……」
「………」
「荷物もなかったし……」
「………」
「何となく“ああやっぱり”って……」
一言話す度に夏希ちゃんは呼吸をゆっくり繰り返す。
どうしようもない苛立ち。それを必死に抑えてるのかも知れない。
ポケットに入れたままの夏希ちゃんの手が、中でゴソゴソとしきりに動いてる。
足元に何もない地面を蹴る仕草を見せながら、言葉を止めた夏希ちゃんは急にあたしの方を向いた。
「ここに戻ってるだろうって思ってたから直ぐに向かったわけだ……出て行ったって連れて戻れば済むことだって思ってさ……」
「………」
「もし嫌がっても強引に連れて帰れば済むって……鍵開けて紐で縛ってでも連れて帰れば済む……てさ」
「………」
「………でも可笑しいよね?何が可笑しいと思う?」
夏希ちゃんは強気な表情でそう口にする。
そして、ふっと急に笑った。
・
「意気込んで来たわりに俺、ここのスペア鍵忘れてんの」
「………」
「思わず自分ですげー笑っちゃったよ」
言いながら夏希ちゃんの表情が少しずつまた……
険しくなっていく。
役者のせいか、静かな夜によく声が通りすぎる。あたしは大きくなっていく夏希ちゃんの声に焦りながら、夏希ちゃんの腕を掴んだ。
「わかったから部屋で話そ……」
「何がわかったわけ?」
「──…っ…」
夏希ちゃんはあたしが掴んだ腕を払った。
「晶さんがわかったのは俺の何?」
「夏…っ…」
「連れて帰ればいいなんて余裕ぶっこくわりに、実は鍵忘れるくらいテンパってたって……」
「………」
「そこわかってた!?…っ…」
吐き出した夏希ちゃんの言葉の語尾が強く震えた。
保っていた平静が、少しずつ壊れていく──
怒りを露にした表情。鋭い視線が真っ直ぐあたしに向けられている。
「いいよもう……」
「──……」
そう呟いたのは夏希ちゃんの声だった。
その言葉にちょっと驚いて夏希ちゃんを見つめると、さっきの怒った表情が消えている。
無表情になった夏希ちゃんはあたしを眺めるとまるで滑稽な物でも見たように鼻で笑った。
「もう……いいよ…」
「………」
「もう疲れた」
「………」
「なだめて機嫌とって必死に尽くして……っ…それでも結局こうなるなら…っ…もういい……」
「………」
諦めた言葉を口にして、夏希ちゃんはあたしを真っ直ぐに見つめる。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる