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しおりを挟む何も言えなくなったあたしに夏希ちゃんはゆっくり背中を向けた。
「晶さんを好きでいると俺…壊れる……」
「……っ…」
最後はとても小さな呟きだった。
とても弱々しくてとても小さな声だったのに、その言葉はすごく重く、ちゃんと話をしようと心に決めていたあたしを厚い扉で拒絶したように思えた。
立ち去っていく夏希ちゃんの背中がどんどん小さくなっていく──
その場で身動き取れずにいるあたしの視界から、夜の闇が夏希ちゃんの姿をすっかり覆い隠してしまっていた。
あたしの左の手は夏希ちゃんに払われた形のまま、行き場をなくしている。
“晶さんを好きでいると俺……壊れる…”
夏希ちゃんが言ったその言葉にあたしは唇をゆっくりと噛み締めた。
好きでいると壊れる
だからなに?……
だから……
好きでいるのをやめるの?……
そう言うことだよね…
夏希ちゃん……
好きってだけじゃ確信が持てなかったから……
勢いや思い込みだけの言葉と態度じゃ不安だったから……
少し距離を置いて確かな想いを自分なりに知りたかったから──
その為の話をちゃんとするはずだったのに……
夏希ちゃんはあたしのことを諦めた。
離れたら死ぬって言ってた夏希ちゃんが
今度はあたしを好きでいると壊れるって離れていった……。
「──…っ…ほら…やっぱり自分の…っ…自分の感情だけの都合じゃんっ…」
夜はまだまだ寒さが残る──
人の居ない夜道で誰にぶつけるわけでもなく、漏れたあたしの言葉が急に上擦った……。
・
─────
「藤沢さん、そろそろスタンバイお願いします!」
「はい!」
バラエティー番組のゲストとして呼ばれ、控え室で待っているとスタッフが声を掛けてくれた。
本日のゲストが誰なのか、クイズ形式で登場するために他の出演者にもバレないよう、俺は遅れてスタジオ入りし、セットの中で待機する。
街角で一般人にインタビューして、聞き出したゲストの特長をヒントに当てるクイズ。
──「あなたはこの人をどう思いますか?」
そんな問い掛けに一般人から寄せられるイメージはほんとに様々だ。
写真集を買ったとか有り難いコメントもある中、雰囲気が変わったとか色っぽいとか……
世間ではまんま、光の君のイメージが定着しつつあるようだった。
あのドラマが放送されてから、今までとは違う類いのCMの話も転がってきている。
髭の社長の思惑通り、一皮剥けた“藤沢 聖夜”それを売り込むことに成功したわけだ。
・
ドラマに限らずテレビでの出演も以前よりぐっと増え、俺はすごく忙しい。
「聖夜!飯はちゃんと食べてるか?」
「………」
バラエティー番組の仕事を終えて、事務所に顔を出すなり髭の社長がそう言った。
「なんとか食べてるよ……」
俺は社長を白い目で見て手にしていた栄養ドリンクを口にする。事務所の傍にあるコンビニで買ってきたばかりのやつだ。
「疲れが取れないなら病院でニンニク注射してもらえ!事務所の払いでいいからっ…稼ぎ頭に倒れられたら困るからな!はは…」
「………」
その最後の“はは…”ってのはなんだ?
疲れてる身体に軽いノリの髭の言葉が少々ムッとくる。
「稼ぎ頭って思うならもう少し大事にしてくれない?」
「はは…何言ってやがる!“芸能人、呼んで貰える時が華”だ!今死にもの狂いでやらなくてどうする?」
「………」
死にものって言うか……
もう今すぐにでも死にそう何ですが?……
そんな目で社長をじーっと見つめる。
そんな社長は真新しいマッサージチェアに肩を揉まれ、気持ち良さそうに目を閉じていた。
・
間違いなくその健康器具は俺の稼ぎの何割かで手に入れているはずだっ…
そう、髭の社長に言ってやりたいのを堪えていると、目を綴じたまま社長は口にする。
「帰ったら晶に慰めてもらえ」
「………」
「スタミナ付くもん作って貰えや」
「………」
「これだけ稼ぐんだから、たまには優しくしてくれるだろアイツも」
「………」
自分の姪っ子がどれだけサドなのか知ってのことなのか、社長は言いながらまたははっと笑っている。
「……帰ってゆっくり寝る…」
「寝るしか頭にないのかお前は」
止まったマッサージ機をまた操作する社長は、俺の言った寝るって意味を何か勘違いしているらしい。
「とにかくしっかり食って、しっかり休め!でまた明日しっかり働け!」
「………」
また動き始めたマッサージ機に揺らされる社長を背にして、俺は静かに事務所のドアを閉めていた。
「へいへい…しっかり働いてしっかり稼ぎますよ……」
階段を降りながらぶつぶつと社長の言葉を繰り返す。
仕事は嫌いじゃない。
どちらかと言えば、好きだ。
演じることも好きだしカメラに撮られる緊張感も大好きだ。
こんな好きなことに没頭できる人生を送れて実はすごく幸せ者なやつなんじゃないかって、思うわけで……。
俺は自分の置かれている環境を改めて振り返りながらマンションの鍵を開けた。
「うわ……期限切れ…」
冷蔵庫を開けて中を覗いたら一言漏れていた。
ここ最近、忙しすぎて家で料理もしなきゃ買い物もした記憶がない。
・
スカスカの冷蔵庫に唯一あった食材は四日も前に賞味期限が切れていた。
手にしていたそれをゴミ箱に放り込むと、結局食べるのを諦めてベッドに向かう。
ゆっくりとマットレスに腰を下ろすとベッドヘッドに背を預け、前を見つめた。
“晶に慰めて貰え”
「………」
社長の言葉が脳裏を過る。
あれから何日過ぎたっけ……。
不意に訪れた別れにぜったい正気じゃ居られないって思っていたのに……
案外平気で過ごせてしまってる自分にけっこう驚いている。
あんなに好きで離れられないって感情はどこにいったのか……
一緒に居た時の方が苦しくて不安でじめじめした想いで一杯だったのに、今は不思議なくらいにカラッとしている。
「コンビニで何か買っとけば良かったかな……」
呟いてもたれていた身体を横にすると目を閉じた。
疲れてるせいか食に対しての執着よりも身体が睡眠をとることを要求しているみたいだ。
とにかく休もう……
休まなきゃ新しく決まったドラマの台本も頭に入れられない……
部屋着にも替えず静かな部屋で、俺は身を庇うようにしてシーツにくるまり眠りについた。
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