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4章 スキャンダル
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⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒
*ランチメニュー*
オムライスorきのこパスタ
⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒
「これでオケ!と…マスター!!デザートはヨーグルトで良かった?」
「ああ、いいよ!」
喫茶店のランチメニューをプレートに書いて外に掛けるとセットメニューのサラダを準備する。
もうすぐお昼。忙しくなる時間が近付いて来ている──
整理の為に、ママさんが買ってきた新しい週刊誌と古い物を入れ替えながら、雑誌を束ねているとあたしの手が止まった。
おりょ!?──
今まで気にも止めなかった週刊誌に目が釘付けになる。
人気タレント 藤沢 聖夜──
美人歳上グラビアガールと御忍びラブラブデート!
「……美人歳上…ボンキュッボヨ~ン……」
ふーん…
なるほど…
良く良く見たら、表紙はサングラス掛けた夏希ちゃんとボヨンガールじゃん…
興味なかったから今まで気付かなかった──
これのことか…ほとぼりって。。。
・
ゴシップらしいアホな見出しに目を通して内容をさらっと読む。
「んま~…キスシーンまで激写されちゃって…」
自宅前なんだろうか?マンションの玄関先での濃厚なキスシーンがアップで載っている。
デートの日付まで事細かに書かれちゃって…
芸能人て──
大変だな…
何かやっちゃうとこうやって晒されちゃうわけだ──
隠れる場所が必要になるわけか……。
“充分間に合ってるから──”
「──っ…あれー…なんか微妙にムカツクなこのコンチキ野郎っ…」
「ん?どうした晶?古い週刊誌に文句垂れて?」
傍で新聞を読んでたマスターが老眼鏡をずらして週刊誌を覗きこんだ。
「これこれ、この記事!」
「ああ、藤沢ね…いっとき舞台ばっかで画面に出てなかったけど最近よくドラマに出てるな?前はシェフか何かで主役だったし…」
・
そういえば料理のドラマに出たって言ってたな?
「親戚の事務所に所属だろ?知らなかったのか?」
「知らない…興味なかったし…」
うちに来るまではね…
「やっぱモテるのかな」
「そりゃモテるだろ?」
むーん…
早漏のくせに──っ…
……やっぱモテるのか
手練れだしな…
早漏だけど…
売り出すってこのグラマーな子のことか?
協力って一体どんな?
マンション前でキスするような協力ってなにさ?
撮影でもないのにこんな濃厚なキスまでしちゃうんだ?
写真に収められた二人の熱々ぶりにちとムッとくる。
細い腰に回った夏希ちゃんの腕はしっかりと彼女を抱き寄せていた──。
回されている腕を見つめてセックスの最中の夏希ちゃんの色んな表情が頭に浮かぶ。
泣きそうな顔とか
色っぽい顔とか…
協力──か…
あらいやだ、ムカムカチックが止まらない──
「お、もうそろそろランチの準備するか!」
マスターが腰を上げた途端、昼一番乗りの常連客がやってきた。
「いらっしゃいませ」
「お、晶ちゃん今日はバイトの日だった?」
常連客の高田さんが席に付ながら声を掛けてくれた。
「今日はなんにしようかな」
「高田さん、今日はブルマンにしなさい、ブルマンに」
「面白いやつだな?なんで晶ちゃんが決めるんだよ俺の飲み物をっ」
マスターがカウンターの中で笑っている。
「今、晶はブルマン煎れる練習してんだよ」
「なんだ練習台か俺は──」
「そう、高田さんはこれから当分ブルマン決定!」
「しょうがないな…じゃあブルマン一つとミックスフライセット」
「あざーす!」
ニコニコ顔で注文を承った。あたしはマスターに教えて貰ったとおりにブルーマウンテンを煎れる。
・
「やふーい!」
次なる常連さんがやって来た。
「やーん、晶ちゃん今日いたの~?相変わらずいい乙男(オトメン)ね!」
昼間っから抱き付いて抱擁を交わす。花のOLを遥かに越えた43歳、会社では今やお局様ではなくご家老様と呼ばれてるらしい、春子さん。
「あら高田ちゃんもう来てたの?」
軽い抱擁を済ませるとカウンターのいつもの席を陣取って高田さんに話掛けた。
「春姉、今日のランチはオムライスか、きのこパスタだよ~。どする?」
「オムライスでいいよ」
「春姉のはあたしが作る!」
「うそ嬉しい~…もちろん200円引きだよね?」
こらこら!
カウンターのマスターにずずいと近より値段交渉する春姉をあたしは止めた。
「だって晶ちゃんのは半熟オムライスじゃないもん」
「半熟だよ!!練習したから。オムライスって火加減めちゃ難しいっ…」
「そりゃそうよ、簡単に見えて上級メニューじゃん」
カウンターで脚を組むと春姉は声音を変えて張り上げた。
「オムライスを征する者はっ──恋も征するのよっ!」
まるで舞台役者だ。
始まった…とばかりにマスターも高田さんも笑ってる。
・
「あの微妙な火加減操れるようになったら恋も上級者間違いなしね」
そう言ってマスターが煎れたブレンド珈琲を口に含んだ。
「で、そう言う春子さんは玉子割れるわけ?」
高田さんがくくっと笑いながら顔を覗き込んでいた。
いつもの常連さんでカウンターが賑わう中、あたしは混んできたホールの接客に向かう。
「いつみても気持ち良いわね~晶ちゃんの仕事っぷり。お客増えたでしょ?」
マスターに聞きながらホールで働く姿を眺めた。
「ああ、前のバイトが悲惨だったからね…はは、ギャップがありすぎる。確かに晶を目当ての客は増えたな」
マスターも一緒にカウンター内で珈琲を飲みながら高田さんに視線を向けた。
その視線に高田さんは思わず珈琲を噴き溢す。
「あら動揺した?」
「別にっ…」
春子さんは一つ席を挟んだ隣の高田さんにずいっと身体を寄せる。
「早くしないと誰かに拐われちゃうわよ~」
言ってニヤニヤと含み笑いを向けている。
高田さんは二人の冷やかしの視線に顔をポリポリと掻いて目を游がせた。
・
「バツイチ背負ってるとそうそう簡単には手を出せないって…」
呟くように言ってため息を溢すと高田さんはブルマンを口に運ぶ。
「バツイチ32歳!子供無しの将来有望課長──いいじゃん男盛りで!その辺の女なら盛る物件よ?ね、マスター」
「はは、よく動く口だね春子ちゃん」
「家老は口だけ動かす仕事だからね」
マスターに返しながら春子さんは高田さんにけしかけるように楽しんでいた。
ホールを回しながら常連客に何気にあたしはブルマンを進める。
高値のブルマンの売れ行きにマスターも喜んで珈琲を煎れるのを手伝ってくれている。
カウンター内の隅に束ねた古雑誌とは別に置いたあの週刊誌。
店が落ち着いたらあとでゆっくり読んでやる──
そう思いながら売れ行き好調ランチのサラダを皿に盛り付けた。
「なに、晶ちゃん。聖夜の記事気になるの?」
三時を回り、カウンターで休憩しながら同じ頁を睨むあたしにママさんが聞いてきた。
「ちょっとね…」
居候、柏木夏希の情報源──
はっきりいって叔父の会社の社員。その程度でしかあたしは夏希ちゃんのことを知らない。
・
「今週発売のやつにも載ってるよ~」
読み終えたらしい、買ってきたばかりの週刊誌を開いてママさんはあたしにその頁を見せた。
なになに──
《熱愛発覚──!
・同事務所の後輩 藍原 舞花とは事務所公認の仲だと噂されている。》
事務所公認…
……そか、まあ仕掛けた側だからわかるけど──
なんだかムズいな。
居候してる理由はわかってるけど…
熱愛発覚か…
案外、本命とか?
売り出すネタの筈が焼けぼっくいに火、みたいな?
じゃなきゃプライベートでこのディープキスは有り得ない──
あたしに好きなんて言って彼女に会えずに溜まってただけなんじゃ?
役者だから好きなふりなんていくらでもできる──
手を出さないと言った約束を平気で覆し襲ってきた男……
熱烈に好きだと沢山囁かれた声がどんどん遠く霞んでいく──
人気タレント
名子役
演技力抜群
ドラマ界高視聴率トップスター
週刊誌に張られた数々の見出し──
前回の週刊誌に比べて新刊は急激に頁数が少ない。
どうやらネタ的に今回の頁で終りそうだ…
ふーん…
この分じゃほとぼり冷めるのは早そう…
深入りしないうちに身を退かなきゃ──
休憩を早めに切り上げて、手にした週刊誌を棚に戻すとあたしはバイトに取り掛かった──。
・
冷凍食材たっぷり保存タイプの冷蔵庫。中には大小に分かれたフリーザーパックがキレイに取り出しやすく並んでる。
「今夜は何を作ってやろう…」
焼き飯にがっつく姿を思い出して自然と笑みが浮かんだ。
周りにまとわりついて料理を眺める仕草はかなり可愛かった上に、肩に顎なんか乗せて甘えられたからたまらない。
あれがスイッチだったってわかってんのかなあの人…
冷蔵庫を簡単に物色すると、シャワー浴びたての濡れた髪を拭きながらリビングのソファに腰かけた。
晶さんの出掛けた後の部屋でカーテンを全開にして室内を見晴らしよくすると小窓から外を覗いた。
八階建てのオートロックマンション──
髭の家主が放蕩なお蔭で案外快適な居候生活。
子役から芸能界の一線で活動していると一般の知り合い何て中々出来ないし、この同居は俺にとっても初の試みでもあった…
「まあさか…惚れちゃうなんてなぁ…」
ソファの上で独り呟く。
芸能界とは関係無しに一般の男友達とやらを望んだ結果の流れってやつだ──
テレビの前に目をやれば昨夜、そこのフローリングでしつこいくらいに抱き合った残像が蘇る──
「──っ…やばい…さっそく興奮してきた……」
ちと自制しなきゃな、うん。
ヤることばっか考えてたら嫌われるし、もっと大事にしなきゃ……
取り合えず、今夜は…
好きと言ってもらえるように頑張ってみよう……。
16時──
あと二時間もしたら喫茶店のバイトから帰ってくる。
時間を確認して閉じた携帯電話が急に鳴り出していた。
・
「おーい、元気か?我が家の住み心地はどうだ?」
「…ちょー最高!初めて社長に感謝した」
「なんだそりゃ?」
事務所の社長からだった。
「ところでなんで帰って来ないの?」
「あ~、俺の帰りを仔猫ちゃんがあちこちで待ってんだよっ!体一個じゃ足りん、貸してくれ!」
「やだね」
相変わらずの酒池肉林か?
「俺が居なくて淋しいか?」
「とんでもない!」
晶さんと二人っきりですげー最高っ
出来ればずっと愛人巡りしててくれ
「晶とは仲良くしてるか?」
「……してるよ…」
仲良くし過ぎて二回も合体した──
なんていったらビビルか?
「──マスコミはどう?」
「あーまあまあの反応だな…」
「そ、藍原さんは?」
「あー、どうかな…ヘアヌードの話が来てるけど、今時素人も脱ぐ時代だからな…厳しいな…」
「社長が諦めちゃダメじゃん」
「まあな」
「今回のをきっかけにドラマのちょい役でも当たればいいのにね…」
「ああ、後は本人の売り込み次第だな…」
諦めと切り放し──
事務所側は手を尽くした。本人がこの世界でがむしゃらに生きていこうって意地がなきゃ芽は出ない。
24歳──
ちやほやされる歳はとうに過ぎてる……
・
「快適に暮らせてるなら言うこたないが、楠木とは連絡取り合えよ!」
「わかったよ」
「あと、当分女がらみのスキャンダルは注意してくれ、今回のでっち上げが無駄になるからな!」
「…──…っ…」
「頼むぞ!!」
「う…わ、かってるよ…」
念を押されて電話がプツリと途切れる。
「………」
微妙に焦りが浮かんだ。
スキャンダル関係全般──
当分は御法度だな…
じゃなきゃ…
俺とデキてるなんて知れたら晶さんが巻き込まれる──
彼女は一般人だから
スキャンダルを踏み台にして乗し上がろうとする芸能人達とは違うから──
「冷凍のシャケがあったよな、バター蒸しにするかな……」
時刻を今一度確認するとふと浮かんだ今夜のメニューを俺は呟いた。
・
守りたい人ができちゃったから──
これからのことをつい真剣に考える
これって進歩?
仕事だけこなしていればよかった生活から一変して
それ以上の色んな物事を想像する
俺の気持ちは君に向かってる
初めて乗り込んだ行き先未定のバスみたいに
揺られてるあいだずっとドキドキが止まらない
今の俺は正しくそんな状況
君はいったいどこのバス停で待っていてくれてるんだろう──
「…なんて…俺って詩人?ポエマーだな…」
自分の感情に浸りながら解凍したシャケをアルミに包む。
冷凍されたシメジを振りかけたらバターと調味料で味付けしてオーブンへ…
出来上がるまで、彼女がどんな顔して料理を眺めるかを想像しながら俺は電子レンジを見つめていた。
・
ガチャ──
「──…っ…あ、びっくりした…」
背後で音がして振り向いた瞬間驚いた。
何時ものただいまの言葉がなかった為に、気配だけを感じて気持ちちょっとだけびびった。
彼女は玄関先で靴を履いたまま鼻をクンクンさせている。
「なに作ったの?」
無表情で聞いてきた彼女に少し戸惑った。
俺の想像だともっと“うわー”とか“あれ~?”とか言ってニコニコしながら尋ねてくる姿を思い描いていたわけで、どこかしらテンションの低い彼女の様子が少し引っ掛かっていた。
「シャケのホイル蒸し作ったけど食べる?」
絶対食べるっていうと思って作ったけど……
彼女は相変わらずなテンションだ。
「バター使った?」
「うん」
「………」
お昼前の賄いがオムライスでバター
五時の賄いがきのこパスタでバター……
部屋に帰ってバターの匂いに包まれる──
胃から込み上げてくるものがある。。。
「賄い五時に食べたから今日はいらない…」
「……そ、か」
あれー…
なんかショックが……
笑顔が見られなかったことに膝から崩れ落ちそうな打撃を受けた気分だった……
・
当然食べてくれるだろうと思ってた料理を前にしてがっかりと肩を落とす。
しょうがないからラップをしてそのまま明日の食事へと冷蔵庫にしまった。
帰ってくるなり彼女はソファに腰掛けテレビのリモコンを無言で操作し始めた。
なんか気持ちのやり場が……
無視されたような空気の流れ。
無性に淋しさが込み上げる。
帰り、ずっと待ってたんだけど──
思わず彼女の背中にそう言い掛けた。
旦那を待つ専業主婦みたいな感情だ。
なるほど、これは結構辛いな…
旦那に振り向いて貰えない侘しさが何となくわかる気がする……
「俺、浮気に走っちゃおかな…」
「………」
あれ?無視ですかっ!?
それとも聞こえなかった!?
呟いた言葉に笑いも怒りもしない。
「……晶さん」
しょうがないから構ってアピールを決め込んだ。
ソファで胡座をかいてテレビを観る彼女の狭い後ろに無理矢理座り、背中から抱きすくめるように抱っこした。
肩に顎を乗せて甘え方を真似て見せたけど画面に食い付いたままやっぱり無反応──
悔しいからそのまま襟足に唇を押し当てて吸い付いてやったら
「邪魔。テレビ観たいから」
「……──」
目も合わさず冷たい言葉が返ってくる。
・
突き放された状態に言葉が見つからない。
無性に切なくて黙ってテレビに向かう彼女の肩に額を預けて唇を押し当てたらふと呟いた…
「あんまり触らないで」
「──…っ…」
「………」
「なにそれっ…」
「………」
「どういうこと?」
「………」
「晶さん!?」
強いショックを受けた…
完全に拒否をしたような彼女の声に胸が震える。
「夏希ちゃん…芸能人だから…あまり噂たってもよくないでしょ?」
「──…っ…なに言ってんの…っ」
唖然とした──
なんでそんな平然と言えるんだろう──
俺が今、どんな顔してるか見もしないで
なんでこんな平気にっ…
「夏希ちゃんほとぼり冷めるまでのお客さんだから──」
「───…」
「家がないわけじゃないし、落ち着いたらここは出ていくでしょ?」
「何考えてそんなこと言うわけっ…──
俺達、恋人じゃなかったっけ?
キスたくさんしたら恋人になるって約束したよねっ!?」
だからあれだけ不安だって言ったのにっ──
気持ち悪いっ
なんか心がぐちゃぐちゃだっ
・
「約束は…訂正するから…」
「──…っ!?」
なんだろう──
この悲壮感は…
今日一日すごく幸せに過ごしてたのに…
彼女の発した言葉に唇が震える
あれだけキスをして求めて好きだってたくさん言ったのに──
それも、全部訂正する気?
「晶さん…」
胸が苦しいのにそれでも抱っこしたままの彼女を手放せなくて強く抱きすくめた…
「…俺、…まだ晶さんから好きって言われてないよ」
「……」
「ほとぼり冷めたらここは出てくけど…っ」
「………」
「出てくけどっ…──毎日逢いにくるからっ…」
「………」
「晶さんが好きって言うまで絶対離れないからっ…好きって言っても離れないから…っ…約束は訂正したらダメっ…」
「……──離して」
「嫌だっつってんじゃんっ!」
「でも夏希ちゃん芸能人だから…」
「だからなんだよっ
芸能人だからってフル理由にすんなっ──!」
「……っ…」
「恋人なんだからっ逢いにくるっそのくらい出来るからっ…」
わけもわからず必死だった
ちょっと気持ちの温度差が違いすぎる──
ただそれだけ…
二人のこれからを考えてた俺と
途中で手を退くことを考えた彼女との気持ちの温度差が違いすぎるだけ──
ただそれだけのこと──
・
「……週刊誌のグラビア彼女は?……どうなるの?」
「──っ…あれは……ただの事務所の」
「後輩とマンションから出てきて濃厚なチュウ激写されてた…」
「……それは──」
確かにしたけどっ…
今さら週刊誌の話か?
「ただの後輩と濃厚チュウ」
「……っ…」
「ただの売り込み協力で濃厚チュウ」
「……え…」
「ただの濃厚チュウ。濃厚セックス」
「……あの…っ」
「ただの──誰とでも濃厚に出来るならあたしは要らないじゃん」
「そ、んなことは──」
「夏希ちゃんは健兄の事務所の大事な商品だから関係持ったのはあたしのミス」
「──…っ」
「迫られて困ったけど暴れてでも拒否すればよかったのにそれをしなかったあたしのミスだから──」
「──っ!?…なにそれっ」
「………」
「……っ…俺に抱かれたことミスって言うわけっ!?…」
あんなに必死で抱いたのにっ──
心臓だってめちゃくちゃ痛かったのに──
それでもすげー幸せだったのにっ…
・
「…っ…商品てなんだよっ」
あまりに辛くて顔が歪む。
彼女の口から次々に浴びせられる言葉に胸の奥が詰まった。
「…っ…健兄にバレたらあたし困るから。だからやめる」
「──…っ…ふざけんなっ!こんなことになって一番困ってるのは俺だっ!!──」
「──…っ…」
なんなんだよ今日は──
昨日はめちゃくちゃ幸せだったのにっ…
あんなにキスさせて好きだって言わせてっ……
眠れないくらいドキドキさせたくせにっ──
「今日…ずっと晶のことだけ考えてっ…どうやって喜ばせようかってそればっかり考えてっ…好きだって言葉も聞かせてもらってないのにっ…こんな中途半端でやめられるかっ!」
「……呼び捨てにすんな…」
「だったら晶こそ好きにさせるなっ!…っ…こんなにっ…──好きにさせんなっ!!」
もう胸が裂けるっ
一緒にいたらもっと好きになる
それがわかってるから──
もっと一緒にいたいのにっ──
彼女の言葉が普段は冷静な俺の心をむやみにかき乱す。
酷い言葉に彼女の背中を睨んでも憎みきれない──
もうこんなに嵌まってる…
・
「ねえ…──晶さんっ…頼むから考え直して…」
この懇願を聞き入れてくれるのだろうか──
未だ背を向けたまま俺を拒否し続ける彼女を思いきり抱き締めて、うなじに顔を埋めた。
こんな恋をしてどうやって終わらせるのかもわからない…
これからたくさん愛していくつもりでいたのに…
彼女は不意討ちばかりを俺に与える──
胸の底で焦げ付いたこんな苦しい感情を俺はいままで知らない…
「晶さん…」
「………」
「晶さん…っ…これ以上なにも言わないならっ俺、あなたを犯すよ?」
「…──っ!?」
しょうがなかった。
何をしてでも彼女からの反応が欲しくて──
無理強いでもいいからちゃんと目を見て相対して欲しかった──
無理に振り向かせた彼女は驚いて見開いた瞳で俺を真っ直ぐに見ていた。
初めて出会ったあの日と同じように
真っ直ぐな視線の黒い瞳の中に俺をしっかりと映していた……
*ランチメニュー*
オムライスorきのこパスタ
⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒
「これでオケ!と…マスター!!デザートはヨーグルトで良かった?」
「ああ、いいよ!」
喫茶店のランチメニューをプレートに書いて外に掛けるとセットメニューのサラダを準備する。
もうすぐお昼。忙しくなる時間が近付いて来ている──
整理の為に、ママさんが買ってきた新しい週刊誌と古い物を入れ替えながら、雑誌を束ねているとあたしの手が止まった。
おりょ!?──
今まで気にも止めなかった週刊誌に目が釘付けになる。
人気タレント 藤沢 聖夜──
美人歳上グラビアガールと御忍びラブラブデート!
「……美人歳上…ボンキュッボヨ~ン……」
ふーん…
なるほど…
良く良く見たら、表紙はサングラス掛けた夏希ちゃんとボヨンガールじゃん…
興味なかったから今まで気付かなかった──
これのことか…ほとぼりって。。。
・
ゴシップらしいアホな見出しに目を通して内容をさらっと読む。
「んま~…キスシーンまで激写されちゃって…」
自宅前なんだろうか?マンションの玄関先での濃厚なキスシーンがアップで載っている。
デートの日付まで事細かに書かれちゃって…
芸能人て──
大変だな…
何かやっちゃうとこうやって晒されちゃうわけだ──
隠れる場所が必要になるわけか……。
“充分間に合ってるから──”
「──っ…あれー…なんか微妙にムカツクなこのコンチキ野郎っ…」
「ん?どうした晶?古い週刊誌に文句垂れて?」
傍で新聞を読んでたマスターが老眼鏡をずらして週刊誌を覗きこんだ。
「これこれ、この記事!」
「ああ、藤沢ね…いっとき舞台ばっかで画面に出てなかったけど最近よくドラマに出てるな?前はシェフか何かで主役だったし…」
・
そういえば料理のドラマに出たって言ってたな?
「親戚の事務所に所属だろ?知らなかったのか?」
「知らない…興味なかったし…」
うちに来るまではね…
「やっぱモテるのかな」
「そりゃモテるだろ?」
むーん…
早漏のくせに──っ…
……やっぱモテるのか
手練れだしな…
早漏だけど…
売り出すってこのグラマーな子のことか?
協力って一体どんな?
マンション前でキスするような協力ってなにさ?
撮影でもないのにこんな濃厚なキスまでしちゃうんだ?
写真に収められた二人の熱々ぶりにちとムッとくる。
細い腰に回った夏希ちゃんの腕はしっかりと彼女を抱き寄せていた──。
回されている腕を見つめてセックスの最中の夏希ちゃんの色んな表情が頭に浮かぶ。
泣きそうな顔とか
色っぽい顔とか…
協力──か…
あらいやだ、ムカムカチックが止まらない──
「お、もうそろそろランチの準備するか!」
マスターが腰を上げた途端、昼一番乗りの常連客がやってきた。
「いらっしゃいませ」
「お、晶ちゃん今日はバイトの日だった?」
常連客の高田さんが席に付ながら声を掛けてくれた。
「今日はなんにしようかな」
「高田さん、今日はブルマンにしなさい、ブルマンに」
「面白いやつだな?なんで晶ちゃんが決めるんだよ俺の飲み物をっ」
マスターがカウンターの中で笑っている。
「今、晶はブルマン煎れる練習してんだよ」
「なんだ練習台か俺は──」
「そう、高田さんはこれから当分ブルマン決定!」
「しょうがないな…じゃあブルマン一つとミックスフライセット」
「あざーす!」
ニコニコ顔で注文を承った。あたしはマスターに教えて貰ったとおりにブルーマウンテンを煎れる。
・
「やふーい!」
次なる常連さんがやって来た。
「やーん、晶ちゃん今日いたの~?相変わらずいい乙男(オトメン)ね!」
昼間っから抱き付いて抱擁を交わす。花のOLを遥かに越えた43歳、会社では今やお局様ではなくご家老様と呼ばれてるらしい、春子さん。
「あら高田ちゃんもう来てたの?」
軽い抱擁を済ませるとカウンターのいつもの席を陣取って高田さんに話掛けた。
「春姉、今日のランチはオムライスか、きのこパスタだよ~。どする?」
「オムライスでいいよ」
「春姉のはあたしが作る!」
「うそ嬉しい~…もちろん200円引きだよね?」
こらこら!
カウンターのマスターにずずいと近より値段交渉する春姉をあたしは止めた。
「だって晶ちゃんのは半熟オムライスじゃないもん」
「半熟だよ!!練習したから。オムライスって火加減めちゃ難しいっ…」
「そりゃそうよ、簡単に見えて上級メニューじゃん」
カウンターで脚を組むと春姉は声音を変えて張り上げた。
「オムライスを征する者はっ──恋も征するのよっ!」
まるで舞台役者だ。
始まった…とばかりにマスターも高田さんも笑ってる。
・
「あの微妙な火加減操れるようになったら恋も上級者間違いなしね」
そう言ってマスターが煎れたブレンド珈琲を口に含んだ。
「で、そう言う春子さんは玉子割れるわけ?」
高田さんがくくっと笑いながら顔を覗き込んでいた。
いつもの常連さんでカウンターが賑わう中、あたしは混んできたホールの接客に向かう。
「いつみても気持ち良いわね~晶ちゃんの仕事っぷり。お客増えたでしょ?」
マスターに聞きながらホールで働く姿を眺めた。
「ああ、前のバイトが悲惨だったからね…はは、ギャップがありすぎる。確かに晶を目当ての客は増えたな」
マスターも一緒にカウンター内で珈琲を飲みながら高田さんに視線を向けた。
その視線に高田さんは思わず珈琲を噴き溢す。
「あら動揺した?」
「別にっ…」
春子さんは一つ席を挟んだ隣の高田さんにずいっと身体を寄せる。
「早くしないと誰かに拐われちゃうわよ~」
言ってニヤニヤと含み笑いを向けている。
高田さんは二人の冷やかしの視線に顔をポリポリと掻いて目を游がせた。
・
「バツイチ背負ってるとそうそう簡単には手を出せないって…」
呟くように言ってため息を溢すと高田さんはブルマンを口に運ぶ。
「バツイチ32歳!子供無しの将来有望課長──いいじゃん男盛りで!その辺の女なら盛る物件よ?ね、マスター」
「はは、よく動く口だね春子ちゃん」
「家老は口だけ動かす仕事だからね」
マスターに返しながら春子さんは高田さんにけしかけるように楽しんでいた。
ホールを回しながら常連客に何気にあたしはブルマンを進める。
高値のブルマンの売れ行きにマスターも喜んで珈琲を煎れるのを手伝ってくれている。
カウンター内の隅に束ねた古雑誌とは別に置いたあの週刊誌。
店が落ち着いたらあとでゆっくり読んでやる──
そう思いながら売れ行き好調ランチのサラダを皿に盛り付けた。
「なに、晶ちゃん。聖夜の記事気になるの?」
三時を回り、カウンターで休憩しながら同じ頁を睨むあたしにママさんが聞いてきた。
「ちょっとね…」
居候、柏木夏希の情報源──
はっきりいって叔父の会社の社員。その程度でしかあたしは夏希ちゃんのことを知らない。
・
「今週発売のやつにも載ってるよ~」
読み終えたらしい、買ってきたばかりの週刊誌を開いてママさんはあたしにその頁を見せた。
なになに──
《熱愛発覚──!
・同事務所の後輩 藍原 舞花とは事務所公認の仲だと噂されている。》
事務所公認…
……そか、まあ仕掛けた側だからわかるけど──
なんだかムズいな。
居候してる理由はわかってるけど…
熱愛発覚か…
案外、本命とか?
売り出すネタの筈が焼けぼっくいに火、みたいな?
じゃなきゃプライベートでこのディープキスは有り得ない──
あたしに好きなんて言って彼女に会えずに溜まってただけなんじゃ?
役者だから好きなふりなんていくらでもできる──
手を出さないと言った約束を平気で覆し襲ってきた男……
熱烈に好きだと沢山囁かれた声がどんどん遠く霞んでいく──
人気タレント
名子役
演技力抜群
ドラマ界高視聴率トップスター
週刊誌に張られた数々の見出し──
前回の週刊誌に比べて新刊は急激に頁数が少ない。
どうやらネタ的に今回の頁で終りそうだ…
ふーん…
この分じゃほとぼり冷めるのは早そう…
深入りしないうちに身を退かなきゃ──
休憩を早めに切り上げて、手にした週刊誌を棚に戻すとあたしはバイトに取り掛かった──。
・
冷凍食材たっぷり保存タイプの冷蔵庫。中には大小に分かれたフリーザーパックがキレイに取り出しやすく並んでる。
「今夜は何を作ってやろう…」
焼き飯にがっつく姿を思い出して自然と笑みが浮かんだ。
周りにまとわりついて料理を眺める仕草はかなり可愛かった上に、肩に顎なんか乗せて甘えられたからたまらない。
あれがスイッチだったってわかってんのかなあの人…
冷蔵庫を簡単に物色すると、シャワー浴びたての濡れた髪を拭きながらリビングのソファに腰かけた。
晶さんの出掛けた後の部屋でカーテンを全開にして室内を見晴らしよくすると小窓から外を覗いた。
八階建てのオートロックマンション──
髭の家主が放蕩なお蔭で案外快適な居候生活。
子役から芸能界の一線で活動していると一般の知り合い何て中々出来ないし、この同居は俺にとっても初の試みでもあった…
「まあさか…惚れちゃうなんてなぁ…」
ソファの上で独り呟く。
芸能界とは関係無しに一般の男友達とやらを望んだ結果の流れってやつだ──
テレビの前に目をやれば昨夜、そこのフローリングでしつこいくらいに抱き合った残像が蘇る──
「──っ…やばい…さっそく興奮してきた……」
ちと自制しなきゃな、うん。
ヤることばっか考えてたら嫌われるし、もっと大事にしなきゃ……
取り合えず、今夜は…
好きと言ってもらえるように頑張ってみよう……。
16時──
あと二時間もしたら喫茶店のバイトから帰ってくる。
時間を確認して閉じた携帯電話が急に鳴り出していた。
・
「おーい、元気か?我が家の住み心地はどうだ?」
「…ちょー最高!初めて社長に感謝した」
「なんだそりゃ?」
事務所の社長からだった。
「ところでなんで帰って来ないの?」
「あ~、俺の帰りを仔猫ちゃんがあちこちで待ってんだよっ!体一個じゃ足りん、貸してくれ!」
「やだね」
相変わらずの酒池肉林か?
「俺が居なくて淋しいか?」
「とんでもない!」
晶さんと二人っきりですげー最高っ
出来ればずっと愛人巡りしててくれ
「晶とは仲良くしてるか?」
「……してるよ…」
仲良くし過ぎて二回も合体した──
なんていったらビビルか?
「──マスコミはどう?」
「あーまあまあの反応だな…」
「そ、藍原さんは?」
「あー、どうかな…ヘアヌードの話が来てるけど、今時素人も脱ぐ時代だからな…厳しいな…」
「社長が諦めちゃダメじゃん」
「まあな」
「今回のをきっかけにドラマのちょい役でも当たればいいのにね…」
「ああ、後は本人の売り込み次第だな…」
諦めと切り放し──
事務所側は手を尽くした。本人がこの世界でがむしゃらに生きていこうって意地がなきゃ芽は出ない。
24歳──
ちやほやされる歳はとうに過ぎてる……
・
「快適に暮らせてるなら言うこたないが、楠木とは連絡取り合えよ!」
「わかったよ」
「あと、当分女がらみのスキャンダルは注意してくれ、今回のでっち上げが無駄になるからな!」
「…──…っ…」
「頼むぞ!!」
「う…わ、かってるよ…」
念を押されて電話がプツリと途切れる。
「………」
微妙に焦りが浮かんだ。
スキャンダル関係全般──
当分は御法度だな…
じゃなきゃ…
俺とデキてるなんて知れたら晶さんが巻き込まれる──
彼女は一般人だから
スキャンダルを踏み台にして乗し上がろうとする芸能人達とは違うから──
「冷凍のシャケがあったよな、バター蒸しにするかな……」
時刻を今一度確認するとふと浮かんだ今夜のメニューを俺は呟いた。
・
守りたい人ができちゃったから──
これからのことをつい真剣に考える
これって進歩?
仕事だけこなしていればよかった生活から一変して
それ以上の色んな物事を想像する
俺の気持ちは君に向かってる
初めて乗り込んだ行き先未定のバスみたいに
揺られてるあいだずっとドキドキが止まらない
今の俺は正しくそんな状況
君はいったいどこのバス停で待っていてくれてるんだろう──
「…なんて…俺って詩人?ポエマーだな…」
自分の感情に浸りながら解凍したシャケをアルミに包む。
冷凍されたシメジを振りかけたらバターと調味料で味付けしてオーブンへ…
出来上がるまで、彼女がどんな顔して料理を眺めるかを想像しながら俺は電子レンジを見つめていた。
・
ガチャ──
「──…っ…あ、びっくりした…」
背後で音がして振り向いた瞬間驚いた。
何時ものただいまの言葉がなかった為に、気配だけを感じて気持ちちょっとだけびびった。
彼女は玄関先で靴を履いたまま鼻をクンクンさせている。
「なに作ったの?」
無表情で聞いてきた彼女に少し戸惑った。
俺の想像だともっと“うわー”とか“あれ~?”とか言ってニコニコしながら尋ねてくる姿を思い描いていたわけで、どこかしらテンションの低い彼女の様子が少し引っ掛かっていた。
「シャケのホイル蒸し作ったけど食べる?」
絶対食べるっていうと思って作ったけど……
彼女は相変わらずなテンションだ。
「バター使った?」
「うん」
「………」
お昼前の賄いがオムライスでバター
五時の賄いがきのこパスタでバター……
部屋に帰ってバターの匂いに包まれる──
胃から込み上げてくるものがある。。。
「賄い五時に食べたから今日はいらない…」
「……そ、か」
あれー…
なんかショックが……
笑顔が見られなかったことに膝から崩れ落ちそうな打撃を受けた気分だった……
・
当然食べてくれるだろうと思ってた料理を前にしてがっかりと肩を落とす。
しょうがないからラップをしてそのまま明日の食事へと冷蔵庫にしまった。
帰ってくるなり彼女はソファに腰掛けテレビのリモコンを無言で操作し始めた。
なんか気持ちのやり場が……
無視されたような空気の流れ。
無性に淋しさが込み上げる。
帰り、ずっと待ってたんだけど──
思わず彼女の背中にそう言い掛けた。
旦那を待つ専業主婦みたいな感情だ。
なるほど、これは結構辛いな…
旦那に振り向いて貰えない侘しさが何となくわかる気がする……
「俺、浮気に走っちゃおかな…」
「………」
あれ?無視ですかっ!?
それとも聞こえなかった!?
呟いた言葉に笑いも怒りもしない。
「……晶さん」
しょうがないから構ってアピールを決め込んだ。
ソファで胡座をかいてテレビを観る彼女の狭い後ろに無理矢理座り、背中から抱きすくめるように抱っこした。
肩に顎を乗せて甘え方を真似て見せたけど画面に食い付いたままやっぱり無反応──
悔しいからそのまま襟足に唇を押し当てて吸い付いてやったら
「邪魔。テレビ観たいから」
「……──」
目も合わさず冷たい言葉が返ってくる。
・
突き放された状態に言葉が見つからない。
無性に切なくて黙ってテレビに向かう彼女の肩に額を預けて唇を押し当てたらふと呟いた…
「あんまり触らないで」
「──…っ…」
「………」
「なにそれっ…」
「………」
「どういうこと?」
「………」
「晶さん!?」
強いショックを受けた…
完全に拒否をしたような彼女の声に胸が震える。
「夏希ちゃん…芸能人だから…あまり噂たってもよくないでしょ?」
「──…っ…なに言ってんの…っ」
唖然とした──
なんでそんな平然と言えるんだろう──
俺が今、どんな顔してるか見もしないで
なんでこんな平気にっ…
「夏希ちゃんほとぼり冷めるまでのお客さんだから──」
「───…」
「家がないわけじゃないし、落ち着いたらここは出ていくでしょ?」
「何考えてそんなこと言うわけっ…──
俺達、恋人じゃなかったっけ?
キスたくさんしたら恋人になるって約束したよねっ!?」
だからあれだけ不安だって言ったのにっ──
気持ち悪いっ
なんか心がぐちゃぐちゃだっ
・
「約束は…訂正するから…」
「──…っ!?」
なんだろう──
この悲壮感は…
今日一日すごく幸せに過ごしてたのに…
彼女の発した言葉に唇が震える
あれだけキスをして求めて好きだってたくさん言ったのに──
それも、全部訂正する気?
「晶さん…」
胸が苦しいのにそれでも抱っこしたままの彼女を手放せなくて強く抱きすくめた…
「…俺、…まだ晶さんから好きって言われてないよ」
「……」
「ほとぼり冷めたらここは出てくけど…っ」
「………」
「出てくけどっ…──毎日逢いにくるからっ…」
「………」
「晶さんが好きって言うまで絶対離れないからっ…好きって言っても離れないから…っ…約束は訂正したらダメっ…」
「……──離して」
「嫌だっつってんじゃんっ!」
「でも夏希ちゃん芸能人だから…」
「だからなんだよっ
芸能人だからってフル理由にすんなっ──!」
「……っ…」
「恋人なんだからっ逢いにくるっそのくらい出来るからっ…」
わけもわからず必死だった
ちょっと気持ちの温度差が違いすぎる──
ただそれだけ…
二人のこれからを考えてた俺と
途中で手を退くことを考えた彼女との気持ちの温度差が違いすぎるだけ──
ただそれだけのこと──
・
「……週刊誌のグラビア彼女は?……どうなるの?」
「──っ…あれは……ただの事務所の」
「後輩とマンションから出てきて濃厚なチュウ激写されてた…」
「……それは──」
確かにしたけどっ…
今さら週刊誌の話か?
「ただの後輩と濃厚チュウ」
「……っ…」
「ただの売り込み協力で濃厚チュウ」
「……え…」
「ただの濃厚チュウ。濃厚セックス」
「……あの…っ」
「ただの──誰とでも濃厚に出来るならあたしは要らないじゃん」
「そ、んなことは──」
「夏希ちゃんは健兄の事務所の大事な商品だから関係持ったのはあたしのミス」
「──…っ」
「迫られて困ったけど暴れてでも拒否すればよかったのにそれをしなかったあたしのミスだから──」
「──っ!?…なにそれっ」
「………」
「……っ…俺に抱かれたことミスって言うわけっ!?…」
あんなに必死で抱いたのにっ──
心臓だってめちゃくちゃ痛かったのに──
それでもすげー幸せだったのにっ…
・
「…っ…商品てなんだよっ」
あまりに辛くて顔が歪む。
彼女の口から次々に浴びせられる言葉に胸の奥が詰まった。
「…っ…健兄にバレたらあたし困るから。だからやめる」
「──…っ…ふざけんなっ!こんなことになって一番困ってるのは俺だっ!!──」
「──…っ…」
なんなんだよ今日は──
昨日はめちゃくちゃ幸せだったのにっ…
あんなにキスさせて好きだって言わせてっ……
眠れないくらいドキドキさせたくせにっ──
「今日…ずっと晶のことだけ考えてっ…どうやって喜ばせようかってそればっかり考えてっ…好きだって言葉も聞かせてもらってないのにっ…こんな中途半端でやめられるかっ!」
「……呼び捨てにすんな…」
「だったら晶こそ好きにさせるなっ!…っ…こんなにっ…──好きにさせんなっ!!」
もう胸が裂けるっ
一緒にいたらもっと好きになる
それがわかってるから──
もっと一緒にいたいのにっ──
彼女の言葉が普段は冷静な俺の心をむやみにかき乱す。
酷い言葉に彼女の背中を睨んでも憎みきれない──
もうこんなに嵌まってる…
・
「ねえ…──晶さんっ…頼むから考え直して…」
この懇願を聞き入れてくれるのだろうか──
未だ背を向けたまま俺を拒否し続ける彼女を思いきり抱き締めて、うなじに顔を埋めた。
こんな恋をしてどうやって終わらせるのかもわからない…
これからたくさん愛していくつもりでいたのに…
彼女は不意討ちばかりを俺に与える──
胸の底で焦げ付いたこんな苦しい感情を俺はいままで知らない…
「晶さん…」
「………」
「晶さん…っ…これ以上なにも言わないならっ俺、あなたを犯すよ?」
「…──っ!?」
しょうがなかった。
何をしてでも彼女からの反応が欲しくて──
無理強いでもいいからちゃんと目を見て相対して欲しかった──
無理に振り向かせた彼女は驚いて見開いた瞳で俺を真っ直ぐに見ていた。
初めて出会ったあの日と同じように
真っ直ぐな視線の黒い瞳の中に俺をしっかりと映していた……
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