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第四章 伝説編

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「これは──

どうやら、我らを生きてここから返すつもりもないらしい…」

なぞった木の切り口から黒い樹液が滲む…


手に付いた樹液の手触りを確かめるように、指先を擦り合わせ眉を潜める。

酋長の目には気味の悪い光景が映し出されていた。

ナイフで傷付けた切り口から黒い血の様に樹液が溢れ、その樹液は流れ落ちる間もなく幹に吸い込まれていく…
跡形もなく消えた黒い樹液。

そして、その切り口もきれいさっぱり消えていた……




「何もかもが無駄なあがきだというのかっ…」

噛み締めたドワンの唇から悔し気に声が漏れる…

「とにかく、
今日はこの場で夜を明かす。日没までに今夜の食糧を手に要れられるよう動く。今の我らにはその道しかないのだ…いいな…」


狩りに出払う者がはぐれぬように、目印代わりに見張りの仲間を残し男達は餌を求めた。

食糧の減り続ける村では、残してきた女、子供、民達が皆の無事を祈っている…

何が何でも生きて帰らねば――

東の地へ無事に到達し、これから先、命をどうやって紡いでいくか解決策を見出し皆が待ってる村に帰らねば、やがては廃れてしまう…



祈るだけでは命は紡げぬ──



己を奮い起たせ、行動することから何かが動き出すのだ。








「採れたのはこれだけか…

中々の収穫だ」


目の前にコロンと転がるキノコと小さなトカゲ。
酋長はそれを見て、立派な食糧だとケタケタと笑った。


「早めに出ることを考えねばならんな…」


ふと、笑っていた酋長の表情が厳しい面持ちに変わっていく。

もう少し、簡単に密林を抜けられる筈だった──


火を通した食糧を仲間で分け合い少しずつ口に運ぶ…

こんな枯れ木の密林では食糧も思うように手に入らない。

暮れ始めた空は気味悪い程に雲一つなく、あの“黒い雲”が田畑を焼き払った日から南の国の者は雲を一度も見ていなかった…


このままずっと雨が降らねば…

大地が枯れてしまう…


元々が乾燥地帯の草木でない為に、周りの植物達は水分を奪われかなり痩せ細ってきている。


迷わずに林を抜ける手段を考えなくては…


「明日も夜明けと供に出発だ」

薪の火を消すと皆、早々に眠りに着いた。






ホウホウと梟の鳴き声が辺りでしている…

小さな小屋の入り口は白い布で覆われ、室の隅ではお香が焚かれている。
百檀(びゃくだん)の神聖な香りが隅々まで行き渡っていた。


「もう少し、月が出ていれば…」

「仕方ないことじゃ…

月は浄化の力も強めるが、悪の目覚めも誘う…」


朧雲に覆われぼんやりと弱い光りを放つ月を、小窓から見上げる未夢に妃奈乃はそう諭した。

雨と曇りの日が続き、空気自体も湿りをおびている…


「この地も神に守られてはいるようじゃが…未々、力が弱いようじゃ…」


呟くと妃奈乃は百檀の木で作られた狐の面を着け、それをクルッと後ろへ回した。

未夢も同じ姿で支度を整えると二人で座禅を組み、魔鏡を挟んで向かい会った。

二人を囲むように四隅に立てられたロウソクの炎が妖し気に揺らぐ…

片手には数珠。もう片手には小さな鈴を下げ、二人は呼吸を合わせ経を読み上げた。








チリーン… チリーン…







「お…始まったみてえだな」


鈴の音がぬるい風に乗ってレオの室まで届いていた…

相変わらず親方と酒を酌み交しながら、レオは何かを彫っている。



「お前はさっきから何やっとるがや?」

「ちょっとな…と、出来た!」


レオは出来上がったそれにフッと息を吹いた。削りカスが白い粉になって飛び散る。


開けた穴に革の紐を通すと、満足気な笑みを浮かべ眺める。レオはそれを大事そうに自分の首に掛けた。


「ん?

何処にいく?」

呼び掛けにクルッと振り向いたレオの顔は何となく照れが浮かんでいた…

「ちょっとな…明け方までには戻る」


レオは親方にそれだけを伝え室を出て行った…


山を下り、街中を抜け、レオは民家の屋根を身軽に渡って行く。

辿り着いた先は一軒の大きな家。スタンレー家の屋根の上だった。

コツコツ、と硝子窓が鳴る。

風呂から上がり、一息ついていたアルはカーテンを開けて出窓を覗いた。

暗闇に黒い双瞼が光る…

「…レオ!? どうしたの…」

アルは遅くに尋ねてきたレオを警戒することなく、窓を開いた。

「逢いにきた…それだけだ」

さらっと口にして優しく微笑むとレオはアルの部屋の中にスルリと逞しい身を滑り込ませた。

そしてアルの顔を覗くと軽くアルの唇にキスをする。

「んな!?…」

いきなり!?…




不意を突かれた行動にアルは一瞬、たじろいでいた。自然とその唇を庇うようについ手を宛てがう。


「そうだレオ…今日レオの弟が…」


「ああ…カインのことか…」


アルは今日の事をレオに確かめた。

「見た目は強そうに見えねえがアイツの腕は俺様が保証する」

「いやあの…保証とかじゃなくてね…」

何か言いたげなアルに、レオはん、と顔を向けた。


「あの~あたしは大丈夫だから…その、…」


「そいつはダメだ」

アルが言い終わる前にレオは首を振り、言葉を遮っていた。


「俺様がお前の傍に居てやれねえ間にどこぞのクソ共が何するかわかんねえからな!」

「そ、んな…」

戸惑うアルにレオはそう断言するとふっと優しく笑った。


「アル……」


ヘーゼル色の瞳を覗き込むように見つめると、レオはそっとアルの肩を抱き寄せる。そして自分の首に提げていた物を外してアルに掛けた。

「これ、は?…」


「お前にやる。…もしも、カインでもどうにもならない何かがあったらそれを吹け。直ぐに駆けつけてやっから…」

「吹く?…」

レオはコクンと頷いた。

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