彼と俺と彼女

西藤秀字

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 「暑いなぁ。」
と俺は外を見る。今年は、まだ6月の半ばだというのに梅雨明けだというから信じられない。蝉の声もちらほら聞こえてくる。高校三年生になった俺は部活の引退試合も終わり、いよいよ受験シーズンを迎えるわけだ。
「おい、田中。今日空いてる?」
後ろから声がする。声の方を振り返ると幼なじみの城田がいる。彼もついこの間部活を引退したばかりだ。
「空いてると何も、部活終わってからなんもねーだろ。」
「だよな。なんか親父が手伝って欲しいことあるらしんだ。バイト代出すから頼むだってよ。どう?やってくれるか?」
彼の父親はこの地元で釣具屋を経営している。この時期は何かと忙しいらしく毎年手伝わされている気がする。別に断る理由もない。俺はあっさりと引き受けた。
 校門を出て道を真っ直ぐ進むと港に出る。港まで行かずに途中の角を左に曲がると城田の店がある。最近は釣り客も少ないらしいが先祖代々の店らしくそう簡単に畳むわけにはいかないらしい。
「親父。田中来たぞ。」
「あー、田中君、いつもすまないね。早速なんだがそこにある箱の中の品の整理を頼むよ。敦は沖アミを冷凍庫に移してくれ。」
「分かりました。」
箱の中には釣り針や、ルアーなどどれも定番の釣り道具ばかりだ。この商品整理も慣れたものだなと思った。
 俺には親父がいない。俺が8歳の頃交通事故で死んだ。だから、母が女でひとつでここまで育ててくれた。俺は大学など行かずに早く就職して母のために働こうと思っているのだが、母が大学に行かせようとするので困ったものだ。母には今までお世話になっているから文句も言えず、結局大学を目指すことになったわけだ。大学の学費や生活費などは自分で稼がないといけないと思うと、城田の店でのバイトも悪くないなと思った。
 「一休みしようか。」
1時間程仕事をしたので休憩することになった。さすがにこの梅雨明けというムシムシした環境の中での作業は体力的にもきつい。
「田中君は進路どうするの?大学?就職
  ?」
「一応大学に進もうと思ってます。僕はそこまでこだわってないですけど母親が行って欲しいと言うので。」
「そうかい、そうかい。うちの敦にはこの店を継いでくれと言っているのだがね。あいつもなかなか決めきらんで大学に行きたいって言ってるのよ。親としては無理矢理継がせるわけにもいかないから大学に行かしてやりたいんだけど、そしたらあいつは帰ってこないような気がしてねぇ。」
分からなくもない。城田は一つのことに熱中するととことんそれに思い入れし過ぎてしまうことがある。もし彼が大学に行ったならば、大学という新しい気風にもまれて、二度とこの街に帰ってこないかもしれない。親父さんもそれは避けたいのだろう。
「親父なに休憩してんだよ。」
「あー、すまんすまん。お前も休憩しなさい。あ、ここまで終わったんだね田中君。今日はこれでしまいにしよう。」
と親父さんは家の方に入っていった。
平日の午後ということもあり店の中は閑散としている。俺もこの街を離れるのかと思うと少しもどかしさを感じる。なに不自由なく生きてきたからだ。このままでいいのかな、とふと思うことがある。
「田中、お前県外出るの?」
城田が不思議そうに見つめる。
「いや、母さんのこともあるしここに残ろうと思ってるよ。まぁ行ける大学があればな。」
そんな話をしていると、城田の親父さんが帰ってきた。
「今日のお礼だよ。少しだけど小遣いの足しにでもしてな。」
と封筒に入ったお金をくれた。母からは小遣いなど貰ったことはない。だから、俺にとってこの少しのお金がどれだけ嬉しいことか。
「ありがとうございます。また何かあったら言ってください。じゃあ失礼します。」
「気をつけろよ。」
城田がぶっきらぼうに言う。
「おう。」
 店を出ると何やら雲行きが怪しくなっていた。あれだけ太陽がまぶしく照りつけていた昼間と違い雨が降りそうだ。洗濯物を入れないとと思い、慌てて自転車を走らせる。母はパートで夜が遅いため、洗濯などの家事は俺がやっている。親父が死んでから少し狭いアパートに引っ越した。城田の店からは1キロ程の所だ。ポツリポツリと雨が降り始めた。
「これは結構降るやつだなぁ。」
と独り言を呟きながら急いで帰る。帰り着くまでに本降りにならないことを祈りながら…。
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