60 / 76
第五章
2
しおりを挟む
一通り笑った後、継母はぴたりと笑うのをやめてエドガーを睨み付けた。
「アイリーンを傷モノにしたのは、辺境伯様の妹のエマ様だったんですわね?」
「今、なんておっしゃいましたか……?」
アイリーンは震える声で聞き返した。
「アイリーン、あなたが助けた少女は、辺境伯様の妹のエマ様だったと言ったのよ」
脳が言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
(あの日の少女がエドガー様の妹……?)
継母は今までもたくさんの嘘をついてアイリーンを欺いてきた。彼女の言葉を信じられず、エドガーに目を向ける。エドガーも同じタイミングでアイリーンに目を向けた。
(きっとこれも継母の嘘だ……わたしが幸せになるのが気に入らなくてこんなことを言っているだけだわ)
すると、エドガーはアイリーンの意に反して「すまない」と言って目を伏せた。
「まさか……本当のことなんですか……?」
「ああ。妹のエマは五年前、アイリーンに救ってもらった少女で間違いない」
「そんな……。エドガー様はいつから知っていたのですか?」
アイリーンの頭の中には様々な疑問が一気に湧き上がってきていた。
「何を不毛な質問を! そんなもの、初めからに決まっているでしょう? 辺境伯様はそれを知っていてアイリーンに求婚をなさったのね。娘を傷モノにしたくせに黙っているなんて、いくらなんでもひどいんじゃありませんか?」
「エドガー様にそのような言い方はなさらないでください!」
アイリーンはエドガーを庇うように叫んだ。
「いいんだ、アイリーン。私は責められても当然のことをした」
エドガーは苦し気に表情を歪めた。その横顔からは、いつものような覇気は感じられない。
「そんな……。エドガー様がわたしへ求婚してくれたのも、わたしへの罪の意識からだったのですか……?」
妹を助けてもらった代わりに、アイリーンは顔に傷を負った。アイリーンに向ける優しさや気遣いすべてが贖罪だったとしたら……。
「そう思われても仕方がない」
固い表情のままエドガーが言った。その瞬間、目頭がかっと熱くなり、アイリーンは溢れそうな涙を堪えようとギュッと唇を噛みしめた。
エドガーは継母に目を向ける。
「あなたの言う通りだ。私は全てを知っていながらアイリーンに求婚した。酷いと罵られても仕方のないことをしました」
「ふふっ、潔く罪をお認めになられてよかったわ。では、この婚約は破棄ということでよろしいわね。こんな風に欺かれて大切な娘を奪われて心を傷付けられましたのよ。それ相応の慰謝料をお支払いいただけますわね?」
「大切な娘……? よくもそんなことを……」
アイリーンはとんでもないというように叫んだ。怒りで唇がワナワナと震える。
「なにを言うの。あなたは大切な娘よ。もちろん、ソニアにとっても大事な姉よ。ねぇ、ソニア?」
「ええ、もちろんよ。お義姉には辺境伯様ではなく、違う男性に幸せにしてもらったほうがいいわっ」
今まで彼女を散々虐げてきた継母の見事なまでの手のひら返しに、アイリーンの頭の中である仮説が成り立った。
(エドガー様側の過失で婚約破棄をさせて彼から慰謝料を奪い取るだけでなく、わたしをどこかへ嫁がせようとしているんだわ……)
恐らくその相手は、継母たちにとって都合の良い相手なんだろう。彼女たちの思惑を知ったアイリーンは表情を強張らせた。
「アイリーンはこのまま我が家へ連れて帰ります。よろしいですわね?」
「なっ……、そんなの嫌です! わたしは絶対に帰りません!」
アイリーンは立ち上がって叫んだ。怒りと焦りでひどく取り乱し、真っ赤な顔をしていた。すると、エドガーが「アイリーン、座ってくれ」と落ち着いた声色で言った。
「エマのことを秘密にしていた過失は私にある。だが、アイリーンをこのままあなたたちに預けるつもりはさらさらありません」
エドガーは膝の上で両手を組んで継母を見下ろした。
「なんですって! 開き直るおつもり!? わたしたちはその為にはるばるこんな辺境の地までやってきたのですよ!?」
継母の言葉にもとげがあった。エドガーが自分よりも高い身分であることを分かっていながら、今までの報復とばかりに侮辱する言葉を放った。エドガーは小さく息を吐きだした。
「そろそろ、お引き取り願いたい」
「なっ……、わたしたちを追い出す気ですの!?」
「ルシアン! お客様がお帰りだ」
エドガーに呼びつけられたルシアンは柔和な笑みを浮かべながら継母とソニアを出口へ誘導する。
継母が振り返り、アイリーンを鋭く睨んだ。
「覚えてなさい! 必ずあなたをクルムド家に連れ戻すわ!」
継母とソニアが応接間から出て行くと、エドガーは「少し風に当たらないか?」といまだ動揺しているアイリーンを園庭に誘った。
「アイリーンを傷モノにしたのは、辺境伯様の妹のエマ様だったんですわね?」
「今、なんておっしゃいましたか……?」
アイリーンは震える声で聞き返した。
「アイリーン、あなたが助けた少女は、辺境伯様の妹のエマ様だったと言ったのよ」
脳が言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
(あの日の少女がエドガー様の妹……?)
継母は今までもたくさんの嘘をついてアイリーンを欺いてきた。彼女の言葉を信じられず、エドガーに目を向ける。エドガーも同じタイミングでアイリーンに目を向けた。
(きっとこれも継母の嘘だ……わたしが幸せになるのが気に入らなくてこんなことを言っているだけだわ)
すると、エドガーはアイリーンの意に反して「すまない」と言って目を伏せた。
「まさか……本当のことなんですか……?」
「ああ。妹のエマは五年前、アイリーンに救ってもらった少女で間違いない」
「そんな……。エドガー様はいつから知っていたのですか?」
アイリーンの頭の中には様々な疑問が一気に湧き上がってきていた。
「何を不毛な質問を! そんなもの、初めからに決まっているでしょう? 辺境伯様はそれを知っていてアイリーンに求婚をなさったのね。娘を傷モノにしたくせに黙っているなんて、いくらなんでもひどいんじゃありませんか?」
「エドガー様にそのような言い方はなさらないでください!」
アイリーンはエドガーを庇うように叫んだ。
「いいんだ、アイリーン。私は責められても当然のことをした」
エドガーは苦し気に表情を歪めた。その横顔からは、いつものような覇気は感じられない。
「そんな……。エドガー様がわたしへ求婚してくれたのも、わたしへの罪の意識からだったのですか……?」
妹を助けてもらった代わりに、アイリーンは顔に傷を負った。アイリーンに向ける優しさや気遣いすべてが贖罪だったとしたら……。
「そう思われても仕方がない」
固い表情のままエドガーが言った。その瞬間、目頭がかっと熱くなり、アイリーンは溢れそうな涙を堪えようとギュッと唇を噛みしめた。
エドガーは継母に目を向ける。
「あなたの言う通りだ。私は全てを知っていながらアイリーンに求婚した。酷いと罵られても仕方のないことをしました」
「ふふっ、潔く罪をお認めになられてよかったわ。では、この婚約は破棄ということでよろしいわね。こんな風に欺かれて大切な娘を奪われて心を傷付けられましたのよ。それ相応の慰謝料をお支払いいただけますわね?」
「大切な娘……? よくもそんなことを……」
アイリーンはとんでもないというように叫んだ。怒りで唇がワナワナと震える。
「なにを言うの。あなたは大切な娘よ。もちろん、ソニアにとっても大事な姉よ。ねぇ、ソニア?」
「ええ、もちろんよ。お義姉には辺境伯様ではなく、違う男性に幸せにしてもらったほうがいいわっ」
今まで彼女を散々虐げてきた継母の見事なまでの手のひら返しに、アイリーンの頭の中である仮説が成り立った。
(エドガー様側の過失で婚約破棄をさせて彼から慰謝料を奪い取るだけでなく、わたしをどこかへ嫁がせようとしているんだわ……)
恐らくその相手は、継母たちにとって都合の良い相手なんだろう。彼女たちの思惑を知ったアイリーンは表情を強張らせた。
「アイリーンはこのまま我が家へ連れて帰ります。よろしいですわね?」
「なっ……、そんなの嫌です! わたしは絶対に帰りません!」
アイリーンは立ち上がって叫んだ。怒りと焦りでひどく取り乱し、真っ赤な顔をしていた。すると、エドガーが「アイリーン、座ってくれ」と落ち着いた声色で言った。
「エマのことを秘密にしていた過失は私にある。だが、アイリーンをこのままあなたたちに預けるつもりはさらさらありません」
エドガーは膝の上で両手を組んで継母を見下ろした。
「なんですって! 開き直るおつもり!? わたしたちはその為にはるばるこんな辺境の地までやってきたのですよ!?」
継母の言葉にもとげがあった。エドガーが自分よりも高い身分であることを分かっていながら、今までの報復とばかりに侮辱する言葉を放った。エドガーは小さく息を吐きだした。
「そろそろ、お引き取り願いたい」
「なっ……、わたしたちを追い出す気ですの!?」
「ルシアン! お客様がお帰りだ」
エドガーに呼びつけられたルシアンは柔和な笑みを浮かべながら継母とソニアを出口へ誘導する。
継母が振り返り、アイリーンを鋭く睨んだ。
「覚えてなさい! 必ずあなたをクルムド家に連れ戻すわ!」
継母とソニアが応接間から出て行くと、エドガーは「少し風に当たらないか?」といまだ動揺しているアイリーンを園庭に誘った。
754
あなたにおすすめの小説
虐げられた私が姉の策略で結婚させられたら、スパダリ夫に溺愛され人生大逆転しました。
専業プウタ
恋愛
ミリア・カルマンは帝国唯一の公爵家の次女。高貴な皇族の血を引く紫色の瞳を持って生まれたワガママな姉の陰謀で、帝国一裕福でイケメンのレナード・アーデン侯爵と婚約することになる。父親であるカルマン公爵の指示のもと後継者としてアカデミーで必死に勉強してきて首席で卒業した。アカデミー時代からの恋人、サイラスもいる。公爵になる夢も恋人も諦められない。私の人生は私が決めるんだから、イケメンの婚約者になど屈しない。地位も名誉も美しさも備えた婚約者の弱みを握り、婚約を破棄する。そして、大好きな恋人と結婚してみせる。そう決意して婚約者と接しても、この婚約者一筋縄ではいかない。初対面のはずなのに、まるで自分を知っていたかのような振る舞い。ミリアは恋人を裏切りたくない、姉の思い通りになりたくないと思いつつも彼に惹かれてく気持ちが抑えられなくなっていく。
【完結】追放された私、宮廷楽師になったら最強騎士に溺愛されました
er
恋愛
両親を亡くし、叔父に引き取られたクレアは、義妹ペトラに全てを奪われ虐げられていた。
宮廷楽師選考会への出場も拒まれ、老商人との結婚を強要される。
絶望の中、クレアは母から受け継いだ「音花の恵み」——音楽を物質化する力——を使い、家を飛び出す。
近衛騎士団隊長アーロンに助けられ、彼の助けもあり選考会に参加。首席合格を果たし、叔父と義妹を見返す。クレアは王室専属楽師として、アーロンと共に新たな人生を歩み始める。
所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜
しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。
高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。
しかし父は知らないのだ。
ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。
そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。
それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。
けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。
その相手はなんと辺境伯様で——。
なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。
彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。
それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。
天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。
壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。
実家を追い出され、薬草売りをして糊口をしのいでいた私は、薬草摘みが趣味の公爵様に見初められ、毎日二人でハーブティーを楽しんでいます
さら
恋愛
実家を追い出され、わずかな薬草を売って糊口をしのいでいた私。
生きるだけで精一杯だったはずが――ある日、薬草摘みが趣味という変わり者の公爵様に出会ってしまいました。
「君の草は、人を救う力を持っている」
そう言って見初められた私は、公爵様の屋敷で毎日一緒に薬草を摘み、ハーブティーを淹れる日々を送ることに。
不思議と気持ちが通じ合い、いつしか心も温められていく……。
華やかな社交界も、危険な戦いもないけれど、
薬草の香りに包まれて、ゆるやかに育まれるふたりの時間。
町の人々や子どもたちとの出会いを重ね、気づけば「薬草師リオナ」の名は、遠い土地へと広がっていき――。
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
【電子書籍化・1月末削除予定】余命一カ月の魔法使いは我儘に生きる
大森 樹
恋愛
【本編完結、番外編追加しています】
多くの方にお読みいただき感謝申し上げます。
感想たくさんいただき感謝致します。全て大切に読ませていただいております。
残念ですが、この度電子書籍化に伴い規約に基づき2026年1月末削除予定です。
よろしくお願いいたします。
-----------------------------------------------------------
大魔法使いエルヴィは、最大の敵である魔女を倒した。
「お前は死の恐怖に怯えながら、この一カ月無様に生きるといい」
死に際に魔女から呪いをかけられたエルヴィは、自分の余命が一カ月しかないことを知る。
国王陛下から命を賭して魔女討伐をした褒美に『どんな我儘でも叶える』と言われたが……エルヴィのお願いはとんでもないことだった!?
「ユリウス・ラハティ様と恋人になりたいです!」
エルヴィは二十歳近く年上の騎士団長ユリウスにまさかの公開告白をしたが、彼は亡き妻を想い独身を貫いていた。しかし、王命により二人は強制的に一緒に暮らすことになって……
常識が通じない真っ直ぐな魔法使いエルヴィ×常識的で大人な騎士団長のユリウスの期間限定(?)のラブストーリーです。
※どんな形であれハッピーエンドになります。
婚活をがんばる枯葉令嬢は薔薇狼の執着にきづかない~なんで溺愛されてるの!?~
白井
恋愛
「我が伯爵家に貴様は相応しくない! 婚約は解消させてもらう」
枯葉のような地味な容姿が原因で家族から疎まれ、婚約者を姉に奪われたステラ。
土下座を強要され自分が悪いと納得しようとしたその時、謎の美形が跪いて手に口づけをする。
「美しき我が光……。やっと、お会いできましたね」
あなた誰!?
やたら綺麗な怪しい男から逃げようとするが、彼の執着は枯葉令嬢ステラの想像以上だった!
虐げられていた令嬢が男の正体を知り、幸せになる話。
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる