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第三章 近付く距離
2
薄っすら口元に笑みを浮かべる彼から逃げるように立ち上がろうとする。
「なんで逃げるの?」
彼は私の腰を抱く腕に力を込める。
「あの……伍代さん、いくらなんだって近すぎませんか……?」
「うん、近いね。だけど、昨日愛し合った仲なんだし、これぐらい普通でしょ?ほら、お互い服着てるしさ」
「そ、そういうことではなくて!」
「じゃあ、どういうこと?」
彼は飄々とした表情で聞き返す。
「確かに昨日、私と伍代さんは関係を結びました。それは認めます」
「よかった。ちゃんと覚えてるんだね」
「それは、もちろん。私は望んであなたに抱かれました。ただ、私たちは割り切った一夜限りの関係です。昨日のことはお互い水に流して、今後はまた健全な上司と部下に戻りましょう」
私の言葉に彼は眉を寄せて不服気な表情を浮かべた。
「俺、一夜限りなんて言った?」
「直接的には言われてませんけど、試しに抱かれてみないかって言いましたよね?」
「言ったよ。だけど、これで終わりにする気はない」
「……は、はい?」
あまりの驚きに声が裏返る。これで終わりにする気はないって、じゃあ一体どうするつもりなんだろう。
すると、あんぐりと口を開ける私を見て彼はクックッと楽しそうに肩を震わせて笑った。
「あ、ありえません!同じ会社の同じ部署で上司と部下がそういう関係になったら仕事がやりずらくなりますし」
「そういう関係って?」
「身体だけの関係ですよ!ていうか、分かっててわざと聞いてますよね?」
「ははっ、ごめん。なんか焦ってるところが可愛くてつい意地悪したくなった。じゃあ、身体だけの関係じゃなくて、ちゃんと付き合おうって言ったら?」
彼は私の顔を覗き込んで真っすぐ射貫くような双眸を向ける。
なぜか彼に見つめられると、胸が苦しくなって、甘酸っぱい感情が込み上げてきた。
それを悟られないように、彼から目を反らす。
「……伍代さんとお付き合いするなんて、ありえません」
彼の言葉を一蹴した。
実際、こっそりと社内恋愛をしている人は大勢いる。
違う部署同士で付き合ったとか別れたとか、そういう情報はあっという間に社内中に知れ渡り、人々の噂の種になる。
そういうものが私にとっては煩わしい。
もう二十八歳だし、良い相手がいればお付き合いをしたいとは思う。
けれど、それは今じゃない。
今は結婚したいと思える相手も好意を寄せる相手もいない。
営業部でしっかりと実績を残したい。
広告代理店の仕事は楽ではない。
つらい業務から逃げるために、高給取りの旦那を見つけて専業主婦になった同期もいる。
もちろんそれは、悪いことではない。
その子は仕事を辞めてからのほうが幸せそうだし、幸せの形は人それぞれだと思う。
今の私の幸せは仕事で成功を収めること。
だから、私は私の幸せの為に、仕事へ飽くなき情熱を注いでいるのだ。
「俺のこと、そんなに嫌い?」
伍代さんはやれやれと溜息を吐いた。
「嫌いというか……、身体の関係を持った今私が言うのもなんですが、伍代さんみたいな遊び人は苦手なんです」
「俺が遊び人?」
「だって、私みたいな強気な女にまで手を出すなんて、よっぽどですから。伍代さんなら女性に困らないでしょ?」
「いや、それは心外だよ。昨晩は確かに不純な気持ちがあった。だけど、俺は家に女性を連れ込んだりしないし、抱かないよ」
彼は不服気に言い返す。その表情は真剣そのものだった。
その言葉を鵜呑みにしてしまいそうになり、慌てて感情にブレーキをかける。
体の関係を持ってしまった以上、彼が私に望むものなどないはずだ。
今の会話は全てリップサービスだろう。
「いろいろとご迷惑をおかけしてすみませんでした。後日、なにかお礼をさせてください」
淀みのない口調で言うと、私は彼の腕からするっと抜けだしてチェストの上の服を手に取った。
「じゃあ、お礼して」
すると、私に続いてベッドから立ち上がった彼は、私の腕の中にある服を再びチェストの上に戻してにっこりと微笑んだ。
「なんで逃げるの?」
彼は私の腰を抱く腕に力を込める。
「あの……伍代さん、いくらなんだって近すぎませんか……?」
「うん、近いね。だけど、昨日愛し合った仲なんだし、これぐらい普通でしょ?ほら、お互い服着てるしさ」
「そ、そういうことではなくて!」
「じゃあ、どういうこと?」
彼は飄々とした表情で聞き返す。
「確かに昨日、私と伍代さんは関係を結びました。それは認めます」
「よかった。ちゃんと覚えてるんだね」
「それは、もちろん。私は望んであなたに抱かれました。ただ、私たちは割り切った一夜限りの関係です。昨日のことはお互い水に流して、今後はまた健全な上司と部下に戻りましょう」
私の言葉に彼は眉を寄せて不服気な表情を浮かべた。
「俺、一夜限りなんて言った?」
「直接的には言われてませんけど、試しに抱かれてみないかって言いましたよね?」
「言ったよ。だけど、これで終わりにする気はない」
「……は、はい?」
あまりの驚きに声が裏返る。これで終わりにする気はないって、じゃあ一体どうするつもりなんだろう。
すると、あんぐりと口を開ける私を見て彼はクックッと楽しそうに肩を震わせて笑った。
「あ、ありえません!同じ会社の同じ部署で上司と部下がそういう関係になったら仕事がやりずらくなりますし」
「そういう関係って?」
「身体だけの関係ですよ!ていうか、分かっててわざと聞いてますよね?」
「ははっ、ごめん。なんか焦ってるところが可愛くてつい意地悪したくなった。じゃあ、身体だけの関係じゃなくて、ちゃんと付き合おうって言ったら?」
彼は私の顔を覗き込んで真っすぐ射貫くような双眸を向ける。
なぜか彼に見つめられると、胸が苦しくなって、甘酸っぱい感情が込み上げてきた。
それを悟られないように、彼から目を反らす。
「……伍代さんとお付き合いするなんて、ありえません」
彼の言葉を一蹴した。
実際、こっそりと社内恋愛をしている人は大勢いる。
違う部署同士で付き合ったとか別れたとか、そういう情報はあっという間に社内中に知れ渡り、人々の噂の種になる。
そういうものが私にとっては煩わしい。
もう二十八歳だし、良い相手がいればお付き合いをしたいとは思う。
けれど、それは今じゃない。
今は結婚したいと思える相手も好意を寄せる相手もいない。
営業部でしっかりと実績を残したい。
広告代理店の仕事は楽ではない。
つらい業務から逃げるために、高給取りの旦那を見つけて専業主婦になった同期もいる。
もちろんそれは、悪いことではない。
その子は仕事を辞めてからのほうが幸せそうだし、幸せの形は人それぞれだと思う。
今の私の幸せは仕事で成功を収めること。
だから、私は私の幸せの為に、仕事へ飽くなき情熱を注いでいるのだ。
「俺のこと、そんなに嫌い?」
伍代さんはやれやれと溜息を吐いた。
「嫌いというか……、身体の関係を持った今私が言うのもなんですが、伍代さんみたいな遊び人は苦手なんです」
「俺が遊び人?」
「だって、私みたいな強気な女にまで手を出すなんて、よっぽどですから。伍代さんなら女性に困らないでしょ?」
「いや、それは心外だよ。昨晩は確かに不純な気持ちがあった。だけど、俺は家に女性を連れ込んだりしないし、抱かないよ」
彼は不服気に言い返す。その表情は真剣そのものだった。
その言葉を鵜呑みにしてしまいそうになり、慌てて感情にブレーキをかける。
体の関係を持ってしまった以上、彼が私に望むものなどないはずだ。
今の会話は全てリップサービスだろう。
「いろいろとご迷惑をおかけしてすみませんでした。後日、なにかお礼をさせてください」
淀みのない口調で言うと、私は彼の腕からするっと抜けだしてチェストの上の服を手に取った。
「じゃあ、お礼して」
すると、私に続いてベッドから立ち上がった彼は、私の腕の中にある服を再びチェストの上に戻してにっこりと微笑んだ。
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