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第六章 芽生えた感情
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「もう夜遅いし、実咲が家に入ったのを見届けてから帰るね」
一緒にタクシーに乗り込んできた伍代さん。
「そんなに過保護にならなくても、大丈夫ですよ。ちゃんと帰れますし」
「俺が心配なんだ。送らせて」
逆に伍代さんの方が心配だ。
ここ数日、まともに寝る時間すらなかったはずだ。
コンペが終わってからもこうやって私たち部下のことまで労って気にかけてくれる彼は、なんて器の大きい人なんだろう。
精神的にも肉体的にも疲れてくると、人は余裕がなくなるものだ。
彼はその点、信じられないぐらいに強い男だった。
「うちに行ってから伍代さんの家に帰ると、遠回りになると思いますけど」
「いいんだよ。まだ実咲と一緒にいたいんだ」
またそういうことを言うんだから……。
私は運転手に行き先を告げると、深々とタクシーのシートに体を鎮めた。
少しすると、隣に座る彼のほうから微かな寝息が聞こえてきた。
私のほうへ寄りかかってくる彼の黒く柔らかい髪が肩に触れ、心臓が高鳴る。
おずおずと顔を覗き込む。長く均一のまつ毛、形の良い柔らかそうな唇。すっと通った鼻筋。
どうしてこんなに魅力的なんだろう。
自分の中の女の部分を彼に刺激されてたまらない気持ちになる。
「フミ……」
そのとき、彼がそう呟いた。それは、愛しい誰かを呼んだように聞こえた。。
ああ、そうか。その瞬間、ようやく腑に落ちた。
彼が求めているのは、私でもスマホに表示されていた【幸子】でもない。
本当に想っているのは「フミ」という女性なのかもしれない、と。
その女の人と私を勘違いしているのか、それとも重ね合わせているのかはわからない。
けれど、伍代さんの心の中にはその人がいる。
そうでなければ、寝言で名前を呼んだりしないはずだ……。
彼の口から再び「フ……ミ……」という名前が出た。
それと同時に、目尻から涙が零れ、頬を伝う。
眠りながら涙を流す伍代さんの姿に胸が締め付けられる。
「私に寄りかかって他の女の名前呼ばないでよ」
目頭が熱くなって、鼻の奥がツンッと痛む。
彼に抱かれた日から今までずっと、伍代さんを意識しないようにと自分に言い聞かせていた。
真っすぐ気持ちをぶつけてくる伍代さんを好きになってしまうのが怖かったのだ。
俊介と別れた後、特定の相手ができなかったのは私が臆病だったせいだ。
私は俊介と付き合い、浮気をされ、男性を信じることが怖くなった。
だから、伍代さんのことも意識しないように自分の気持ちに蓋をしていた。
今回のコンペでチームが解散すれば、こうやって一緒にいる時間も少なくなるだろう。
そうすれば、きっとこの気持ちもすぐに消えてなくなる。
だから、今だけは。今だけはこうしてほんの少しの幸せに浸らせて……。
心地よく揺れる車内でギュっと目を瞑ると、私は引きずられるように夢の中へ落ちていった。
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