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第四章 波乱の予感

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あの夜から一週間が経った。
ふたりで朝食を食べたあと、この後したいことはあるかと尋ねられた私は家に帰りたいと申し出た。
一度彼と離れてゆっくりと頭の中を整理する必要があったからだ。
これからどうしたらいいか頭を悩ませていたものの、あの日以来彼からの連絡は一切ない。
『俺の嫁になれ』という言葉はたんなる冗談だったんだろうか。
ホッとする一方でちょっぴり複雑な気持ちになってしまう。

不思議なことに私は彼が極道だと知っても驚きこそしても、黒岩へ感じるような嫌悪感は一切抱かなかった。
それどころか、毎日のように彼を考えてしまうぐらい惚れ込んでしまっていた。
正直、彼が望んでくれるならばこのまま体の関係だけで終わらせたくない。

……きっとこれが私の初恋なのだ。
今まで恋だと感じていたものとは全く違う感情が、心の中を支配する。
寝ても覚めても彼のことを考えてしまうなんて、まるで思春期の中学生のようだ。
めんどくさい乙女心に蓋をして、私は今日もせっせと仕事に精を出す。

土曜日の今日は、店内の一角を使い恒例の着付け教室が開催された。
誰でも無料で参加できる教室で、母が生きているときから毎月続けている。

マネキンを使って着物の着方や帯の巻き方をレクチャーしていく。
SNSで告知をすると、着物を着てお出掛けしたいという若い世代のお客様も増えた。

呉服屋は一見さんお断りかもしれないと、敷居が高く入ることを躊躇う人が多いと聞く。
だからこそ、一度足を踏み入れてもらい店の雰囲気を知ってもらうことから購買に繋げていけたらと考えていた。

着付け教室を終え、参加してくれた方々を店の外まで送り丁寧に頭を下げる。
店内に戻ると、秋穂ちゃんがマネキンの片づけをしてくれていた。
指示を送る前に率先して動いてくれる彼女の働きぶりにはいつも助けられている。

「萌音さん、お疲れ様です」
「お疲れ様。いつもありがとう」
「いえ!こうやって働かせてもらえて、私本当に幸せなんです!」

練習用の帯を畳みながら、私はおずおずと尋ねた。

「ねぇ、秋穂ちゃん。ちょっと変なこと聞いてもいい?あっ、でも言いたくない場合は全然いいからね」

一緒に働き始めてからも、なんとなくプライベートな質問は避けてきた。
秋穂ちゃんはすごくいい子だ。年も近いし、できることなら仲良くしたいけど、公私を分けなければと固く考えていた。
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