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第一章 禁じられた森で
第八話 消えたひょっとこ
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ひょっとこと見つめ合って、数分。
痺れを切らした明日花は、じとり、とひょっとこを睨み付けた。
「ねえ、あなたは誰?」
明日花を観察しているのか、ひょっとこは明日花の顔を見つめたまま(ひょっとこに隠れている顔が、本当に明日花を見つめているのか、目を逸らしているのかはわからない)だんまりを決め込んでいる。
木の影から出てきてくれたひょっとこは、男の子に見えた。ひょっとこの下にある身体に、黒の学ランを着ていたからだ。声も低かったし、間違いない。
「わたしは、速水明日花。ここで何をしていたの? わたしは友達と逸れて迷子になっちゃったんだけど、出口がどこかは知ってる?」
矢継ぎ早に訊ねると、ひょっとこが口を開く気配がした。やっと、話してくれる。小さな期待感が胸に芽生えた時、背後からガサガサと音が聞こえた。
「明日花ー!」
由香の声だ。明日花はパッと振り返り、視界に小さく映った由香に向かって、大きく手を振った。
「由香! こっちだよー!」
近付いて来た由香に、明日花は駆け寄った。由香の表情には、わずかに焦りが滲んでいた。心配を掛けたようで、申し訳なさを感じる。
「びっくりした。いきなりいなくなっちゃうし、探しても近くにはいないし。かと思えば、さっきいたところに戻ってるし!」
明日花は違和感に首を傾げた。いきなりいなくなって、それから、戻って来た? わたしが?
「とりあえず、森から出よう。歩き回って、疲れちゃった」
「ごめんね、由香。探してくれてありがとう」
違和感を抱えたまま、明日花は微笑んだ。多分、違和感を口にしたところで、由香が解決してくれることはないだろう。むしろ、混乱させるだけだ。
「そうだ。ひょっとこを被った男の子がいるんだけど、その子も迷子かもしれなくて……あれ?」
ひょっとこがいた場所に身体を向けるも、ひょっとこの姿が見えなかった。また、木の幹に隠れたのだろうか。明日花は由香に「待ってて」と声を掛け、小走りで大木に近寄った。
大木の裏を覗き込む。誰もいない。
「どうしたの? ひょっとこって?」
「いや、あの、さっきまでここにひょっとこのお面をした子がいたんだけど」
由香に説明してから、もう一度大木の裏を覗く。やはり、誰もいなかった。ひょっとして、ひょっとこはものすごい人見知りで、由香が来た隙に逃げたのか。でも、何の物音もしなかったのに。
「ええっ。もしかして、幽霊に会ってたの?」
「違うよ。だって、普通の……いや、ちょっと変わってる普通の子だったもん」
「ちょっと変わってる普通の子ねえ」
「そう! ちょっと変わってるけど、普通の子!」
由香の揶揄いに、明日花は声を張って対抗した。ほんの少しだけ、恥ずかしい。
「どうして、ひょっとこを被ってたの? お祭りはまだだけど」
「知らない。聞く前にどこかに行っちゃった。次に会ったら聞いてみる」
「わかったら教えて。あたしも知りたい」
「もちろん」
由香と約束した後、森を抜けるために、二人で歩き始めた。空から降り注ぐ光は、茜色に染まりつつある。
あの子は、いったい何者だろう。結局、一言もお話できなかった。あの子の驚いた声は聞いているし、話せないわけではないはず。相当、人見知りか恥ずかしがり屋なのだろう。
由香も気になっているように、わたしも知りたい。ひょっとこを被っている理由。恥ずかしいから顔を見られたくないとかなら、ひょっとこを被ったままでいいから、ゆっくり話してみよう。
家に帰る道中、明日花の頭の中はひょっとこで埋め尽くされていた。文字通り、いくつものひょっとこが視界を占領していた。ううん、強烈。由香と話している最中に噴き出しそうになったけれど、必死に我慢した。
痺れを切らした明日花は、じとり、とひょっとこを睨み付けた。
「ねえ、あなたは誰?」
明日花を観察しているのか、ひょっとこは明日花の顔を見つめたまま(ひょっとこに隠れている顔が、本当に明日花を見つめているのか、目を逸らしているのかはわからない)だんまりを決め込んでいる。
木の影から出てきてくれたひょっとこは、男の子に見えた。ひょっとこの下にある身体に、黒の学ランを着ていたからだ。声も低かったし、間違いない。
「わたしは、速水明日花。ここで何をしていたの? わたしは友達と逸れて迷子になっちゃったんだけど、出口がどこかは知ってる?」
矢継ぎ早に訊ねると、ひょっとこが口を開く気配がした。やっと、話してくれる。小さな期待感が胸に芽生えた時、背後からガサガサと音が聞こえた。
「明日花ー!」
由香の声だ。明日花はパッと振り返り、視界に小さく映った由香に向かって、大きく手を振った。
「由香! こっちだよー!」
近付いて来た由香に、明日花は駆け寄った。由香の表情には、わずかに焦りが滲んでいた。心配を掛けたようで、申し訳なさを感じる。
「びっくりした。いきなりいなくなっちゃうし、探しても近くにはいないし。かと思えば、さっきいたところに戻ってるし!」
明日花は違和感に首を傾げた。いきなりいなくなって、それから、戻って来た? わたしが?
「とりあえず、森から出よう。歩き回って、疲れちゃった」
「ごめんね、由香。探してくれてありがとう」
違和感を抱えたまま、明日花は微笑んだ。多分、違和感を口にしたところで、由香が解決してくれることはないだろう。むしろ、混乱させるだけだ。
「そうだ。ひょっとこを被った男の子がいるんだけど、その子も迷子かもしれなくて……あれ?」
ひょっとこがいた場所に身体を向けるも、ひょっとこの姿が見えなかった。また、木の幹に隠れたのだろうか。明日花は由香に「待ってて」と声を掛け、小走りで大木に近寄った。
大木の裏を覗き込む。誰もいない。
「どうしたの? ひょっとこって?」
「いや、あの、さっきまでここにひょっとこのお面をした子がいたんだけど」
由香に説明してから、もう一度大木の裏を覗く。やはり、誰もいなかった。ひょっとして、ひょっとこはものすごい人見知りで、由香が来た隙に逃げたのか。でも、何の物音もしなかったのに。
「ええっ。もしかして、幽霊に会ってたの?」
「違うよ。だって、普通の……いや、ちょっと変わってる普通の子だったもん」
「ちょっと変わってる普通の子ねえ」
「そう! ちょっと変わってるけど、普通の子!」
由香の揶揄いに、明日花は声を張って対抗した。ほんの少しだけ、恥ずかしい。
「どうして、ひょっとこを被ってたの? お祭りはまだだけど」
「知らない。聞く前にどこかに行っちゃった。次に会ったら聞いてみる」
「わかったら教えて。あたしも知りたい」
「もちろん」
由香と約束した後、森を抜けるために、二人で歩き始めた。空から降り注ぐ光は、茜色に染まりつつある。
あの子は、いったい何者だろう。結局、一言もお話できなかった。あの子の驚いた声は聞いているし、話せないわけではないはず。相当、人見知りか恥ずかしがり屋なのだろう。
由香も気になっているように、わたしも知りたい。ひょっとこを被っている理由。恥ずかしいから顔を見られたくないとかなら、ひょっとこを被ったままでいいから、ゆっくり話してみよう。
家に帰る道中、明日花の頭の中はひょっとこで埋め尽くされていた。文字通り、いくつものひょっとこが視界を占領していた。ううん、強烈。由香と話している最中に噴き出しそうになったけれど、必死に我慢した。
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