お別れのために、恋をしよう

椿雪花

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第一章 禁じられた森で

第十四話 受け入れ難い事実

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 司から聞いた話を、みよにどう切り出すべきか。
 ストレートに「司くんと友達なの?」と訪ねていいものか。

 明日花は、みよと茂に与えられた二階の部屋で、頭を悩ませていた。司の話を茂の前でしていいかもわからなかった。もしかしたら、みよは茂に話を聞かれたくないかもしれない。けれど、明日花は既に、茂の前で司の名前を出している。茂もみよの様子を心配していたし、茂も一緒に話を聞いたほうがいいのでは。

 いや、でも、まずは、おばあちゃんとしっかり話をしてみるべきだよね。

 茂は畑仕事のために外に出ている。茂に話を聞かれないようにするなら、今のタイミングでみよに話をするべきだろう。
 明日花は椅子から立ち上がった。机に広げていた宿題はまったく進んでいない。けれど、宿題よりも大事なものが、今の明日花にはあった。

 茂に話をするかは、明日花とみよが話をしてから、みよが決めればいい。

 勇み足で部屋を出て、リビングに向かった。緊張感が身体にまとわりついて仕方がなかったけれど、司はみよを友達だと話していたし、何も、悪い内容を伝えるわけではない。

 世間話みたいに、軽い調子で訊けばいい。一度話をしてしまえば、その後は、きっとスムーズに進むに決まっている。いつだって、何かを始める前の緊張は強いもの。けれど、始まってみれば、殊の外、上手く行くことが多いのだ。

 リビングに入ると、みよはキッチンでお湯を沸かしているところだった。明日花は空唾を飲むと、意を決して口を開いた。

「おばあちゃん、あの」
「あら、明日花ちゃん。お茶が飲みたくなったの?」

 みよが明日花を向いて、にこりと笑う。出鼻を挫かれて、明日花は下手糞な笑みを返した。

「今、お湯が沸いたところなの。お茶を淹れるから、座って待っててちょうだい」

 頷いてから、椅子に座る。そわそわして、落ち着かなかった。お茶を淹れてもらったら、話をしよう。大丈夫、わたしならできる。

「はい、どうぞ」

 みよが明日花の前に白いティーカップを置いた。カップの中で、琥珀色のお茶がゆらゆらと揺れている。明日花が礼を伝えると、みよは微笑んで、明日花の向かい側の椅子に座った。

「それで、おばあちゃんに何か話があるの?」
「ええっ!?」

 明日花は素っ頓狂な声を上げた。みよはにこにこと笑って、明日花を見つめている。ここ数日の間に見えていた思いつめた様子は、すっかり消えている。

「明日花ちゃんがおばあちゃんを心配してくれていたことは、わかっていたの。それでも、心の整理がつかなくてね」
「……それは、司くんのこと?」
「そうね」

 みよは深く頷いた後、どこかへ思いを馳せるように、目を伏せる。

四十万しじま司くんはね、中学生の頃の友達なの」
「中学生の頃……?」

 明日花は首を傾げた。みよの中学生の頃といえば、何十年も前だろう。明日花が知っている司は、明日花と同じくらいの年頃に見える。みよの友達と明日花の友達が、たまたま同姓同名だったのか。でも、それだけならば、どうしてあんなに動揺したのだろう。みよなら、そんな偶然もあるのかと楽しげに笑いそうなものなのに。

「実は、その子は中学二年生の時に亡くなってしまったの」

 思わず、呼吸が止まった。

 亡くなった? 誰が? 司くんが?
 いや、違う。おばあちゃんは、中学生の頃の友達の話をしているだけで、司くんの話をしているわけじゃないもの。

 明日花は必死に自分に言い聞かせた。なのに、心臓の嫌な音は、静まってくれなかった。違う人の話だと考えているのに、どうして、不安な気持ちが消えないのだろう。

 明日花はいつの間にか落ちていた目線を、みよに戻した。みよは痛々しい表情をしていて、明日花の胸もずきりと痛んだ。

「あのね、おばあちゃん」

 考えるよりも先に、震える声が、唇から漏れ出た。

「司くんは、おばあちゃんを〝友達〟だって、言ってたよ」

 ほろり。みよの目から、一粒の涙が零れた。

 直感的に、伝えなければいけないと思った。司の言葉を、みよに。二人の間に何があったかはわからないけれど、きっと、司はその言葉をみよに伝えなければいけなかった。

 テーブルの陰で、明日花はぎゅっと拳を握った。

 感極まったように泣くみよの姿に、確信した。
 みよの友達である〝四十万司〟は、明日花が森で出会った司と同じ人物だと。

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