15 / 17
第一章 禁じられた森で
第十四話 受け入れ難い事実
しおりを挟む
司から聞いた話を、みよにどう切り出すべきか。
ストレートに「司くんと友達なの?」と訪ねていいものか。
明日花は、みよと茂に与えられた二階の部屋で、頭を悩ませていた。司の話を茂の前でしていいかもわからなかった。もしかしたら、みよは茂に話を聞かれたくないかもしれない。けれど、明日花は既に、茂の前で司の名前を出している。茂もみよの様子を心配していたし、茂も一緒に話を聞いたほうがいいのでは。
いや、でも、まずは、おばあちゃんとしっかり話をしてみるべきだよね。
茂は畑仕事のために外に出ている。茂に話を聞かれないようにするなら、今のタイミングでみよに話をするべきだろう。
明日花は椅子から立ち上がった。机に広げていた宿題はまったく進んでいない。けれど、宿題よりも大事なものが、今の明日花にはあった。
茂に話をするかは、明日花とみよが話をしてから、みよが決めればいい。
勇み足で部屋を出て、リビングに向かった。緊張感が身体に纏わりついて仕方がなかったけれど、司はみよを友達だと話していたし、何も、悪い内容を伝えるわけではない。
世間話みたいに、軽い調子で訊けばいい。一度話をしてしまえば、その後は、きっとスムーズに進むに決まっている。いつだって、何かを始める前の緊張は強いもの。けれど、始まってみれば、殊の外、上手く行くことが多いのだ。
リビングに入ると、みよはキッチンでお湯を沸かしているところだった。明日花は空唾を飲むと、意を決して口を開いた。
「おばあちゃん、あの」
「あら、明日花ちゃん。お茶が飲みたくなったの?」
みよが明日花を向いて、にこりと笑う。出鼻を挫かれて、明日花は下手糞な笑みを返した。
「今、お湯が沸いたところなの。お茶を淹れるから、座って待っててちょうだい」
頷いてから、椅子に座る。そわそわして、落ち着かなかった。お茶を淹れてもらったら、話をしよう。大丈夫、わたしならできる。
「はい、どうぞ」
みよが明日花の前に白いティーカップを置いた。カップの中で、琥珀色のお茶がゆらゆらと揺れている。明日花が礼を伝えると、みよは微笑んで、明日花の向かい側の椅子に座った。
「それで、おばあちゃんに何か話があるの?」
「ええっ!?」
明日花は素っ頓狂な声を上げた。みよはにこにこと笑って、明日花を見つめている。ここ数日の間に見えていた思いつめた様子は、すっかり消えている。
「明日花ちゃんがおばあちゃんを心配してくれていたことは、わかっていたの。それでも、心の整理がつかなくてね」
「……それは、司くんのこと?」
「そうね」
みよは深く頷いた後、どこかへ思いを馳せるように、目を伏せる。
「四十万司くんはね、中学生の頃の友達なの」
「中学生の頃……?」
明日花は首を傾げた。みよの中学生の頃といえば、何十年も前だろう。明日花が知っている司は、明日花と同じくらいの年頃に見える。みよの友達と明日花の友達が、たまたま同姓同名だったのか。でも、それだけならば、どうしてあんなに動揺したのだろう。みよなら、そんな偶然もあるのかと楽しげに笑いそうなものなのに。
「実は、その子は中学二年生の時に亡くなってしまったの」
思わず、呼吸が止まった。
亡くなった? 誰が? 司くんが?
いや、違う。おばあちゃんは、中学生の頃の友達の話をしているだけで、司くんの話をしているわけじゃないもの。
明日花は必死に自分に言い聞かせた。なのに、心臓の嫌な音は、静まってくれなかった。違う人の話だと考えているのに、どうして、不安な気持ちが消えないのだろう。
明日花はいつの間にか落ちていた目線を、みよに戻した。みよは痛々しい表情をしていて、明日花の胸もずきりと痛んだ。
「あのね、おばあちゃん」
考えるよりも先に、震える声が、唇から漏れ出た。
「司くんは、おばあちゃんを〝友達〟だって、言ってたよ」
ほろり。みよの目から、一粒の涙が零れた。
直感的に、伝えなければいけないと思った。司の言葉を、みよに。二人の間に何があったかはわからないけれど、きっと、司はその言葉をみよに伝えなければいけなかった。
テーブルの陰で、明日花はぎゅっと拳を握った。
感極まったように泣くみよの姿に、確信した。
みよの友達である〝四十万司〟は、明日花が森で出会った司と同じ人物だと。
ストレートに「司くんと友達なの?」と訪ねていいものか。
明日花は、みよと茂に与えられた二階の部屋で、頭を悩ませていた。司の話を茂の前でしていいかもわからなかった。もしかしたら、みよは茂に話を聞かれたくないかもしれない。けれど、明日花は既に、茂の前で司の名前を出している。茂もみよの様子を心配していたし、茂も一緒に話を聞いたほうがいいのでは。
いや、でも、まずは、おばあちゃんとしっかり話をしてみるべきだよね。
茂は畑仕事のために外に出ている。茂に話を聞かれないようにするなら、今のタイミングでみよに話をするべきだろう。
明日花は椅子から立ち上がった。机に広げていた宿題はまったく進んでいない。けれど、宿題よりも大事なものが、今の明日花にはあった。
茂に話をするかは、明日花とみよが話をしてから、みよが決めればいい。
勇み足で部屋を出て、リビングに向かった。緊張感が身体に纏わりついて仕方がなかったけれど、司はみよを友達だと話していたし、何も、悪い内容を伝えるわけではない。
世間話みたいに、軽い調子で訊けばいい。一度話をしてしまえば、その後は、きっとスムーズに進むに決まっている。いつだって、何かを始める前の緊張は強いもの。けれど、始まってみれば、殊の外、上手く行くことが多いのだ。
リビングに入ると、みよはキッチンでお湯を沸かしているところだった。明日花は空唾を飲むと、意を決して口を開いた。
「おばあちゃん、あの」
「あら、明日花ちゃん。お茶が飲みたくなったの?」
みよが明日花を向いて、にこりと笑う。出鼻を挫かれて、明日花は下手糞な笑みを返した。
「今、お湯が沸いたところなの。お茶を淹れるから、座って待っててちょうだい」
頷いてから、椅子に座る。そわそわして、落ち着かなかった。お茶を淹れてもらったら、話をしよう。大丈夫、わたしならできる。
「はい、どうぞ」
みよが明日花の前に白いティーカップを置いた。カップの中で、琥珀色のお茶がゆらゆらと揺れている。明日花が礼を伝えると、みよは微笑んで、明日花の向かい側の椅子に座った。
「それで、おばあちゃんに何か話があるの?」
「ええっ!?」
明日花は素っ頓狂な声を上げた。みよはにこにこと笑って、明日花を見つめている。ここ数日の間に見えていた思いつめた様子は、すっかり消えている。
「明日花ちゃんがおばあちゃんを心配してくれていたことは、わかっていたの。それでも、心の整理がつかなくてね」
「……それは、司くんのこと?」
「そうね」
みよは深く頷いた後、どこかへ思いを馳せるように、目を伏せる。
「四十万司くんはね、中学生の頃の友達なの」
「中学生の頃……?」
明日花は首を傾げた。みよの中学生の頃といえば、何十年も前だろう。明日花が知っている司は、明日花と同じくらいの年頃に見える。みよの友達と明日花の友達が、たまたま同姓同名だったのか。でも、それだけならば、どうしてあんなに動揺したのだろう。みよなら、そんな偶然もあるのかと楽しげに笑いそうなものなのに。
「実は、その子は中学二年生の時に亡くなってしまったの」
思わず、呼吸が止まった。
亡くなった? 誰が? 司くんが?
いや、違う。おばあちゃんは、中学生の頃の友達の話をしているだけで、司くんの話をしているわけじゃないもの。
明日花は必死に自分に言い聞かせた。なのに、心臓の嫌な音は、静まってくれなかった。違う人の話だと考えているのに、どうして、不安な気持ちが消えないのだろう。
明日花はいつの間にか落ちていた目線を、みよに戻した。みよは痛々しい表情をしていて、明日花の胸もずきりと痛んだ。
「あのね、おばあちゃん」
考えるよりも先に、震える声が、唇から漏れ出た。
「司くんは、おばあちゃんを〝友達〟だって、言ってたよ」
ほろり。みよの目から、一粒の涙が零れた。
直感的に、伝えなければいけないと思った。司の言葉を、みよに。二人の間に何があったかはわからないけれど、きっと、司はその言葉をみよに伝えなければいけなかった。
テーブルの陰で、明日花はぎゅっと拳を握った。
感極まったように泣くみよの姿に、確信した。
みよの友達である〝四十万司〟は、明日花が森で出会った司と同じ人物だと。
応援ありがとうございます!
2
お気に入りに追加
1
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる