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第一章 禁じられた森で
第十五話 迷いと矛盾
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「ごめんなさいね。そう、そうなのね。司くんが……」
みよは目元の涙を指で拭った。
「ありがとう、明日花ちゃん。話してくれて」
明日花は黙ったまま首を振った。みよからの感謝に、どう答えていいかわからなかった。
四十万司は亡くなっている。
みよとの話で判明した事実は、明日花にとって酷く重たいものだった。
「わたしが会ってた司くんは、幽霊なの?」
全身が震えている。怖いのか、悲しいのか、あまりにも衝撃的で、自分が何を思っているのか、自分でも理解できなかった。
「わたしには、よくわからないけど、おばあちゃんも、司くんも、全部わかって……」
ぽろぽろと涙が零れた。自分の知らないところで、みよと司が繋がる強い絆のようなものがあって、でも、それは〝司が亡くなっている〟事実でもあって。心の中で、いくつもの感情の糸がぐちゃぐちゃに絡まっているみたいだ。
「明日花ちゃん、ごめんね。明日花ちゃんのお友達と私が知っている司くんは違うかもしれないのに、私が混乱させてしまったわね」
みよが狼狽しながら、明日花を宥める。明日花は力なく首を振った。
「同じ人だよ」
だって、司はみよを〝友達〟だと話した。明日花の祖母だと聞いた上で、確信を持って明日花に伝えたのだ。そして、明日花はみよに司の言葉を伝え、みよは涙ながらに受け止めた。
互いに中学校の同級生だと認識しているからこその対応だ。それを〝違う人〟だとは、無理がある。明日花にだって、それくらいはわかった。
「わたし、幽霊なんかいないって思ってた」
たとえ、幽霊がいたとしても、創作物で見るような、足がなかったり、身体が透けていたり、死んだ時の状態で現れたり、とても恐ろしい存在だと思っていた。
けれど、司はどうだろう。司は、普通の人間に見えた。夏なのに長袖長ズボンを着て、ひょっとこを被っている姿は奇妙だったけれど、話してみれば、普通の男の子と変わりはなかった。
「でも、司くんは、幽霊」
「明日花ちゃん……」
みよの心配げな声が耳を通り抜けていった。
どうしていいか、わからない。つい先ほどまで、みよとどう話すべきか悩んでいたのに、今度は司にどう接していいのか、わからなくなっている。
インターネットで検索しても、きっと出てこないだろう。「幽霊との接し方」なんて。だって、明日花の周りの人たちは、揃って「幽霊はいない」と話していた。大勢の人たちがそう考えているなら、一部の人たちが載せているネットの情報にも「幽霊はいない」と断言されているだろう。
「幽霊はいる」と書いている人がいたとしても、その内容は、明日花の現状と似ているのかどうか。幽霊と、普通の人を相手にするようにコミュニケーションを取っている人は、どれだけいるのか。
誰にも、相談なんてできっこない。両親は離婚の件で頭がいっぱいだろうし、そもそも、幽霊を信じる人たちでもなかった。友達だって、「幽霊と友達になった」と明日花が話せば、頭がおかしな子だと揶揄うに決まっている。それで、瞬く間に学校中に噂が広まって、明日花は学校から除け者にされてしまうのだ。
恐ろしい。司の話をしなければ、気味悪がられ、除け者にされる事態にはならないだろうけれど、きっと、ふとした瞬間に司の話は明日花の唇から漏れ出てしまう。秘密を抱えている事実に耐え切れなくて、自爆するのだ。明日花は、自分の脆弱な心が恐ろしかった。
「わたし、もう森には行かない」
抱えられないなら、手放したい。
両親の事情も抱え切れないのに、これ以上、何かを心に秘められる強さが自分に備わっているとは思えなかった。
だから、もう司に会いに行くのは止めよう。明日花にとっての、苦肉の策で、最善の策だった。
なのに、心はずきずきと痛んだ。何日かぶりに会った時の司の寂しげな表情が、瞼の裏に焼き付いている。明日花が会いに行かなくなったら、司は寂しさを抱えたまま、あの森で一人でいるのだろうか。
どうして、司は森で一人ぼっちなのか。明日花と会えない時間を寂しがっていたくせに、自分からは誰かに会いに行く気はないようだった。
知りたい。でも、知りたくない。これ以上司と関わったら、今度は自分が一人ぼっちになる番かもしれない。明日花は自分が可愛かった。
司に寂しい思いをさせたくないと思ったのに、矛盾した行動を取っていることは、心の奥底ではわかっている。
みよは目元の涙を指で拭った。
「ありがとう、明日花ちゃん。話してくれて」
明日花は黙ったまま首を振った。みよからの感謝に、どう答えていいかわからなかった。
四十万司は亡くなっている。
みよとの話で判明した事実は、明日花にとって酷く重たいものだった。
「わたしが会ってた司くんは、幽霊なの?」
全身が震えている。怖いのか、悲しいのか、あまりにも衝撃的で、自分が何を思っているのか、自分でも理解できなかった。
「わたしには、よくわからないけど、おばあちゃんも、司くんも、全部わかって……」
ぽろぽろと涙が零れた。自分の知らないところで、みよと司が繋がる強い絆のようなものがあって、でも、それは〝司が亡くなっている〟事実でもあって。心の中で、いくつもの感情の糸がぐちゃぐちゃに絡まっているみたいだ。
「明日花ちゃん、ごめんね。明日花ちゃんのお友達と私が知っている司くんは違うかもしれないのに、私が混乱させてしまったわね」
みよが狼狽しながら、明日花を宥める。明日花は力なく首を振った。
「同じ人だよ」
だって、司はみよを〝友達〟だと話した。明日花の祖母だと聞いた上で、確信を持って明日花に伝えたのだ。そして、明日花はみよに司の言葉を伝え、みよは涙ながらに受け止めた。
互いに中学校の同級生だと認識しているからこその対応だ。それを〝違う人〟だとは、無理がある。明日花にだって、それくらいはわかった。
「わたし、幽霊なんかいないって思ってた」
たとえ、幽霊がいたとしても、創作物で見るような、足がなかったり、身体が透けていたり、死んだ時の状態で現れたり、とても恐ろしい存在だと思っていた。
けれど、司はどうだろう。司は、普通の人間に見えた。夏なのに長袖長ズボンを着て、ひょっとこを被っている姿は奇妙だったけれど、話してみれば、普通の男の子と変わりはなかった。
「でも、司くんは、幽霊」
「明日花ちゃん……」
みよの心配げな声が耳を通り抜けていった。
どうしていいか、わからない。つい先ほどまで、みよとどう話すべきか悩んでいたのに、今度は司にどう接していいのか、わからなくなっている。
インターネットで検索しても、きっと出てこないだろう。「幽霊との接し方」なんて。だって、明日花の周りの人たちは、揃って「幽霊はいない」と話していた。大勢の人たちがそう考えているなら、一部の人たちが載せているネットの情報にも「幽霊はいない」と断言されているだろう。
「幽霊はいる」と書いている人がいたとしても、その内容は、明日花の現状と似ているのかどうか。幽霊と、普通の人を相手にするようにコミュニケーションを取っている人は、どれだけいるのか。
誰にも、相談なんてできっこない。両親は離婚の件で頭がいっぱいだろうし、そもそも、幽霊を信じる人たちでもなかった。友達だって、「幽霊と友達になった」と明日花が話せば、頭がおかしな子だと揶揄うに決まっている。それで、瞬く間に学校中に噂が広まって、明日花は学校から除け者にされてしまうのだ。
恐ろしい。司の話をしなければ、気味悪がられ、除け者にされる事態にはならないだろうけれど、きっと、ふとした瞬間に司の話は明日花の唇から漏れ出てしまう。秘密を抱えている事実に耐え切れなくて、自爆するのだ。明日花は、自分の脆弱な心が恐ろしかった。
「わたし、もう森には行かない」
抱えられないなら、手放したい。
両親の事情も抱え切れないのに、これ以上、何かを心に秘められる強さが自分に備わっているとは思えなかった。
だから、もう司に会いに行くのは止めよう。明日花にとっての、苦肉の策で、最善の策だった。
なのに、心はずきずきと痛んだ。何日かぶりに会った時の司の寂しげな表情が、瞼の裏に焼き付いている。明日花が会いに行かなくなったら、司は寂しさを抱えたまま、あの森で一人でいるのだろうか。
どうして、司は森で一人ぼっちなのか。明日花と会えない時間を寂しがっていたくせに、自分からは誰かに会いに行く気はないようだった。
知りたい。でも、知りたくない。これ以上司と関わったら、今度は自分が一人ぼっちになる番かもしれない。明日花は自分が可愛かった。
司に寂しい思いをさせたくないと思ったのに、矛盾した行動を取っていることは、心の奥底ではわかっている。
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