ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏

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最終章「夢見る偽神の存在証明」

229話 暫しの休戦(2)

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 *

 僕はヴィータとともに、屋根から一度飛び降りて街を歩いた。炎が収まる気配はない。あとでどうにかして消火しない限り、燃え盛り続けるだろう。
 二人で歩いている途中、数人の神とすれ違った。あまり顔なじみのない者たちだが、みんな怪我を負った神を支えたり、宮殿の方へ運んだりしている。

「あの方々は、魔特隊の隊員ですよね」
「そうだろうね。さて、カルデルトとカトラスさんはどこにいるかな」
「……もしかしたら」

 ヴィータがとある場所に連れて行ってくれた。瓦礫も血の跡も一際多いそこは、僕がさっき腕を失った状態で吹き飛ばされて辿り着いた場所だった。

「やっぱり、ここにいましたか」
「ん……おお、ヴィータ。それにクリムも。お主ら、無事じゃったか」

 僕が腕を失っていたとき、ヴィータが星幽術で生み出した黒い百合の花が咲いていた場所があった。カトラスさんとカルデルトが立っていたのは、ちょうど百合の花が咲いていたであろう場所だ。
 だが、今は跡形もない。残っているのは大量に吐き出された後乾燥した血の跡と、僕の目の前で息絶えた女騎士の鎧、そして剣と盾だけだ。

「ここに大量のアストラルの痕跡が残っておってのう……ヴィータ、お主のアストラルじゃろう?」
「……はい。ティアルと一緒に、ニールを封じ込めたつもりだったのですが」

 カトラスさんとヴィータが話す横で、僕はカルデルトの様子を見た。彼は僕たちに背中を向けていたが、その背が妙に寂しく見える。僕が様子を見ていることに気づくと、軽くこちらを向きながら「おう」と弱々しく応えてきた。

「カルデルト、今ここに来たところなのかい?」
「まあな……なぁ、クリム。ティア嬢は自分がこうなること、知ってたのか?」
「……僕にはそう見えたよ」

 そうか、とまた小さく答える。彼の声には、どうしようもない悔しさと悲しみが滲んでいた。

「お前も色々、思い出したりしたのか」
「色々って?」
「ほら、俺らが人間だったときのことだ。俺は人間だった頃、ヴェルダという名の冴えない男だったよ。ティア嬢はネイアという女騎士で……俺の数少ない友人だった」

 そういえば、ミラージュの身体を乗っ取っていたライランさんがデウスプリズンを訪れたとき、彼女が二人を知らない名前で呼んでいた。あれは、人間だった際の彼らの名前だったのだと、今になって思い返す。

「トゥリヤは人間だったとき、どんな名前だったんだろうね」
「クルトだ。元々孤児で、俺が預かってた子供だったんだよ。ネイアにも随分懐いてた」
「そっか」

 こんなことを言ったら失礼だが、少し羨ましく思ってしまった。三人は神になってもまた巡り会えたなんて、柄ではないけどロマンチックだと思う。
 今思えば、人間だった頃近所に住んでいたユーラさんは今、アリアとして蘇っている。だから、僕も決して孤独ではない。
 でも、もし可能性があれば、姉さんともう一度巡り会えたのかな────なんて、考えてしまう。

「僕は、クリスって名前だったな」
「へぇ? 今とあんまり大差ない名前だな。他には?」
「えっと……たった一人の姉がいたんだ。それだけ」

 きちんとお別れできた、とは言わなかった。一人残されてしまった彼に言っていいこととは思えなかったから。
 それに、夢の中でのお別れだったから、本当のドロテア姉さんに会えたわけじゃない。それでもクリスは満足してくれたから、僕自身はあまり後悔していない。というより、後悔することすらできないのが正しい。

「お前さんは昔から気遣ってばっかだな。他人のことばっか心配しやがってよ……」

 カルデルトは、地面に転がっていた鎧や剣、盾をまとめて拾い上げた。ここにずっと置きっぱなしにしておくわけにはいかないと判断したらしい。

「あ、そうだ。これ返す」
「え?」

 鎧類を拾い上げた後、コートのポケットから何かを取り出して放り投げてきた。キャッチしたそれは、僕がカルデルトに渡した薄い茶色の手帳だ。

「アリアはもう大丈夫なんだろ。それならもう必要ねぇ。大切な思い出にでもしとけ」
「……呑気だなぁ」
「うっせ」

 確かに、僕にとっては色々と思うところがある代物だが。カルデルトから出てきた「思い出」という言葉が、少し寂しい響きに聞こえた。
 返してもらった手帳はポケットに入れておいて、と。

「カトラスさん。これからどうすんだ? キャッセリアはもはや壊滅状態だが」
「うむ……宮殿も安全ではないからのう。一応、皆を安全な場所へ逃がす手段はある。元々は最終手段であったのだがな」

 カトラスさんは腕組みしながら、宮殿の方を見遣る。アリアたちが向かった場所だが、まだいるなら一緒に話をした方がよさそうだ。

「出し惜しみはしていられません。解決策があるなら早く実行しなさい」
「そんな偉そうな顔するもんじゃない。お主がやるわけではあるまいに」

 僕たちの行き先は自ずと決まった。一般神たちも多く集まっているであろう宮殿の中庭に向けて、僕たちは歩き出す。

「そういえば、ヴィータ。さっきは余裕なくて聞けなかったんだけど、あの黒い百合の花の星幽術は何?」

 歩いている中で余計なことを考えたくなかったので、隣を歩くヴィータに質問を投げかけた。彼女はいつも通りの澄ました顔をこちらに向けてくる。

「『《Lilium Invidiaリリウム・インウィディア》』のことですか。そうですね……あれは一言で言うなら、『相手をアストラルの中に封じ込める星幽術』といったところでしょうか。あの黒い百合の花の中に閉じ込める時間が長ければ長いほど、相手は弱体化し死に至ります」
「なるほどね。今まであんな術使ってなかったよね?」
「長剣を生み出す星幽術と同様、『非星幽化エーテライズ』を解除している間しか使えませんから。その分強力な星幽術ですよ。古代でヴァニタスの魂を捕らえ、デウスプリズンにわたしごと三百年封印できるくらいには」

 そう説明されれば、ヴィータがニールに対して切り札のように使ったのも理解できる。それに、クロウも「星幽術の中でも、詠唱がついているタイプはとりわけ効果が絶大だ」と言っていた。僕たちの間で言う神幻術みたいなものと考えてよさそうだ。

「……もしかして、アスタも詠唱付きの星幽術、持ってるの?」
「ああ……持っては……いますけど。お兄様はどうやら、あの力を使うのをとても怖がっているみたいで……」
「どうして?」

 純粋に疑問に思って聞いただけだったのだが、ヴィータはとても苦々しい顔を浮かべて黙り込んでしまった。いつもきっぱりとした物言いをする彼女にしては、あまりにも歯切れが悪い。

「ねぇ、ヴィータ。古代で何があったのか、そろそろ聞いてもいいかい?」
「え……今、ですか?」
「僕も今となっては、古代の悲劇の一部を垣間見た当事者だからね。知る権利くらいはあるでしょ?」

 ヴィータはしばらく迷っていたようだった。僕の言葉を吟味するように目を伏せてから、もう一度僕と目を合わせる。

「話したいのは山々なのですが……わたしは、肝心の部分をあまり覚えていないのです」
「肝心の部分?」
「古代の最後で、第二次巨大聖戦と呼ばれた大戦争が起こりました。その戦争の終わりで、わたしはヴァニタスの魂ごとデウスプリズンに封印されたわけですが……その直前に何が起きたか、わたしはよく知らないのです。唯一わかっているのは……カトラスがお兄様を『罪人』と呼んだこと、そこでお兄様が一生の後悔を背負うことになった、ということです」

 ────ああ、そうか。
 アスタにはきっと、僕も長年抱えていたものと似たような、ずっと続く悪夢のような過去がある。圧倒的な力を持つ観測者が自ら恐れるほどの力となると、僕たちからすれば恐れおののくしかない代物だろう。
 それなら、僕から率先して聞き出すことはしない。僕自身、長年の後悔で苦しんだ神だから。
 人殺しといった命のやり取りを嫌うユキアは、罪人と言わしめるほどの過去についてどう思うのだろう。

「とりあえず、過去のことは腰を据えて話したいです。落ち着けそうなタイミングであれば、覚えている限りで話しますね」
「う、うん。ありがとう」

 今はただ、混沌としたこの状況をいかに乗り越えるかを考えるかが先決か。
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