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【箱庭探訪編】第1章「星の輝く箱庭」

3話 初来訪

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 冷たい風が身体を撫でていった。暗闇の中で指先を動かす。腕も一応上がった。
 ゆっくりと目を開けたら、だんだんと意識がはっきりしてくる。

「……あれ?」

 私はある木に寄りかかり座っていた。辺りには見知らぬ森が広がっている。鳥や小さな虫の鳴き声が耳に入る。
 上を見上げてみたら、木々の隙間から薄い青が見えた。まだ日は落ちていない。
 もう一度地上に目を戻す。周りには私以外、誰もいなかった。
 ……誰も?

「っ、メア!? シオン、ソル!? どこー!?」

 呼んでみても、返事が返ってくる気配はない。どうやら、ここにいるのは私だけらしい。
 三人がいないだけじゃない。あの仮面の男はどこに行った? それに、あいつは私たちに一体何をした? まだ何も見ていないから確証は持てない。
 けれど、あの男の言っていたことを考えたら、ここは人間たちのいる箱庭だと考えるのが自然だ。だけど────元の場所に戻れるの? 街にいた神たちにこのことが知れたら、どうなるの?
 考えを巡らせていた中で、私は「神隠し」を思い出した。

 ────神にとっての「神隠し」とは、神が姿を消すこと────

 今まで生きてきて、人間の箱庭に立ち入った神がどうなったのかはよく知らなかったが────それは「神隠し」という言葉にすべて集約されているのではないか? 
 それに、人間と神の神隠しには共通点がある。神隠しに遭った者は、もう二度と戻ってこられない可能性があるという点。
 なら、神が姿を消したのは……こうして、人間の箱庭にやって来たからなのではないか?
 神々が人間の住む箱庭に立ち入ってはいけないという掟を作ったのは、世界を統一している最高神──アイリス。彼女にこのことが知れたら、どうなるかわからない。他の神にバレても、面倒事が起きる未来しか見えない。
 まずはメアたちを探し出そう。それから、どうにかして元の場所に帰る方法を探そう。私たちが知らないことだって、きっとあるはず。

 *

「ユキア! いたら返事をしてくれ!」

 今いる草原から少し離れた先には、広めの森がある。そちらに向かって、メアは精一杯声を張り上げた。
 かれこれ数時間くらい探しているが、手がかりはまるで見つけられない。自分たちの仲間が、友達がそばにいないことに、三人は気が気でなかった。

「はー。まさか転移中に一人落っことすとは……」
「おい! オレたちを掟破りにしてどういうつもりだ!?」
「シオン、落ち着いて!」

 ソルが必死で押さえているが、彼の親友は今にも飛びかかりそうである。
 メアはメアで、焦燥感に駆られるのを止められない。何より、彼女たちの前に突如現れ、この場所に連れてきた仮面の男に対して苛立ちが募っている。
 無意識に男の方をじっと見つめていたメア。男はやれやれといったふうに、力なく笑う。

「おいおい、そんなに睨むなよ。お友達を落っことしたのは悪かったって」
「……私たちを箱庭に連れ去るなど、何か企んでいるのか?」
「んー。知りてぇか?」

 シオンとソルの方も、男の様子が少し変化したことで落ち着き始める。
 男は腕を組み、笑ったままメアを見下ろした。

「この箱庭には魔物が潜んでいる。次にオレに会うまでに、そいつを倒してみろ」
「……は?」
「倒せなかったら殺してやる。おっと、オレを倒すって選択肢は考えるなよ。オマエらじゃ無理だ」
「っ、テメェ……」
「果たして、オマエらにできるかな?」

 男からの宣告に、メアたちは表情を凍らせた。
 昼間の空を流れるのは、生ぬるい風。木々の葉が揺れて擦れる音だけが、周囲を埋め尽くしていた。
 重苦しい沈黙の後、男はくるりと身を翻す。

「じゃーな、せいぜい頑張れー」

 乱雑に手を振りながら、男は立ち去って行った。
 意図が汲み取れず、メアは複雑な表情をする。動揺を抑えられない。
 シオンは深くため息をつき、ソルは男の消えていった方角をしばらく眺めていた。

「あー、むしゃくしゃするなぁ……てか、箱庭にも魔物っているのかよ!? 全然わかんねぇ……」
「まずはユキアを見つけよう。話はそれからだ」
「……さっきのひと、落っことしたって言ってたよね。森の中ってことかな」

 しかし、森には既に人の気配がない。それに、ユキアも目覚めれば移動するだろう。
 彼女ならばどうするか。メアは一度、じっくり考えてみることにした。

「あーっ! あんなところに街があるぞ!?」

 どこか間抜けな叫び声で、メアの思考が中断される。シオンが森とは真逆の方向に指をさしていた。
 遠くに建つ大きな建物を中心に街が広がっている。それなりに発展しており、規模も大きいようだ。
 ソルは呆れた顔でシオンに近寄っていく。

「そりゃ街くらいあるでしょ。人間の住む箱庭なんだし」
「あそこに行ってみればユキア見つかるんじゃねぇか!? あいつ、人間の街とか憧れてたろ!?」

 人間の街、という言葉にメアは俯かせていた顔を上げる。親友の考えを日頃から聞かされていたおかげか、合点がいったようだった。

「……仕方ないな。このままでは埒が明かないし、街に行ってみようか。くれぐれも、人間たちに怪しまれないようにしなければな」
「だね。シオン、気をつけてよ」
「なんでオレにだけ言うんだよっ!?」
「「この中で一番軽率だから」」

 見事にソルとハモる。

「ひでぇなお前ら!! それを言ったらユキアだって同じだろ!?」

 両腕を振り上げて必死に抗議するシオン。ソルは無視し、メアはため息をつく。
 とりあえず、人間の世界では少なくとも、神に関連する話題は伏せなければいけない。
 三人はそのことに留意しつつ、街に向かうことにした。
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