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【箱庭探訪編】第1章「星の輝く箱庭」

4話 人間の街

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 誰も見つけることができないまま、森を出てしまった。傾き始めた太陽が照らす先には、白と茶の城が見える。城を取り囲むようにして街が広がっており、遠目に見ても人の姿が視認できる。
 緊張で不自然な動きにならないように、できるだけ自然体で街に近づく。石造りの道に沿って立ち並ぶ煉瓦の家々は、キャッセリアにあるものとは少しだけ違う。
 私のことなど気にも留めず、人々は街を闊歩している。容姿も持ち物も様々だ。この街の人間だけが歩いているわけではなさそうだ。
 まあ、私だってある意味外の者なのだけど。

(そういや、街の真ん中にお城があった。ちょっと行ってみようかな)

 特に人通りの多い広い道を進んでいく。遠目に見ていたときとは比べ物にならないくらいの迫力が、近づくたびに大きくなる。
 このお城、入れるのかな。

(確か、『永世翔華神物語』の中にもお城みたいな場所があった気がする)

 記憶が曖昧なので定かではないが、あの物語の舞台は神と人間が共に暮らす国だ。目の前ほどの大きさではないが、国を治める城があった。物語の中では、登場人物たちが城と街を自由に行き来できていたはず。
 つまり、この城も同じように入れるかもしれない。

「おい、そこの君」
「はい?」

 城の門を潜ろうとしたら、両端に立っていた兵士の片方に声をかけられた。

「ここは子供の遊び場じゃないぞ。早く家に帰りなさい」
「あれ? 自由に入れるんじゃないんですか?」
「何言ってんだ? 用もないのに城に入っちゃいけないぞ。それに最近は物騒なんだ、一人で出歩くのは感心しないな……」

 ……物騒の内容がわからないけれど、そこからも何かぶつぶつ言っていたので尋ねる余地もなさそうだ。
 中がどうなっているのか気になるのだが、無理やり入ってまで見るようなものでもない。おとなしく引き返すことにした。



(なんだか賑やかだな……)

 住宅一軒分ほどの広さしかない空き地の前を通る。そこでは複数人の子供たちが遊んでいる。毛糸でできたボールを転がしたり、地面に木の枝で落書きをしたり。皆やることは十人十色であったが、唯一共通しているのは皆笑顔を咲かせていることだ。
 楽しそうな様子を眺めていたら、なんとなく空き地の隅に置かれたベンチに歩み寄った。未だに緊張が抜けておらず、自然と腰を下ろす。

(それにしても、私が周りと違うって、意外とバレないものなんだな)

 あの城の一件以外は特に怪しまれていない。
 神は人間よりも圧倒的な強さを持つ。そのくせ人間とほとんど変わらない姿をしていると言われているけれど、本当にその通りだ。人間になりすますことも簡単なのだから、箱庭の行き来くらい自由になってもいいのにと思う。
 知らない世界にただ一人。視界に映る先で遊んでいるのも、見知らぬ子供たち。
 今を全力で楽しむ彼らが羨ましいとぼんやり思っていたときだった────

「きゃああぁぁぁ!!」

 街中に響き渡った悲鳴が、私の意識を引き戻す。周囲の人々だけでなく、遊んでいた子供たちも悲鳴の聞こえた方向へ目を向ける。
 慌てて立ち上がり、駆け出す。どよめき逃げ出す人々をかき分け、何が起きたのかを確かめる。
 なぜか、血の匂いがした。

「え────」

 残酷な光景に目を奪われる。
 石畳の上に血だまりができて、その中に女の人が倒れていた。小さな女の子が女の人を揺すり、泣き叫んでいる。

「ねぇママ、起きてよ……しっかりしてよぉ!!」
「…………」

 人間の街の真ん中で、悲劇が起きようとしている────
 迷ってなどいられなかった。親子の元に駆け寄り、屈みこむ。

「え、誰……?」
「〈ルクス・ヒーリングサークル〉!!」

 ためらうことなく魔法を発動させる。温かい金色の光は、血潮に沈む女の人の傷をゆっくりと塞いでいく。
 広がる血潮の勢いが止まったところで、尋常じゃない殺気を感じた。

「おいおい、神は人間に干渉しちゃいけないんじゃなかったのかよ?」
「ッ!?」

 聞き覚えのある声だった。正面に目を向けたら、黒いローブを被った男がそこにいた。ここに来る前、私たちの前に突然現れた仮面の男だ。
 こいつが私たちを箱庭に連れてきたのは間違いない。どういう目的かは気になったが、今はそれどころじゃない。

「……あんたがこの人たちに手を出したの?」
「だから何だ? そいつらが死のうが、オマエには関係ないだろ?」

 仮面で隠れていない口元が歪み、笑っている。
 ふざけにふざけたその様子が腹立たしくて、自然と拳に力が入った。

「────神は人を助けるものでしょ!? 人を殺してどうすんのよっ!?」

 どうしても黙っていられなかった。目の前の男のやることすべてが許せなかった。
 だって、「永世翔華神物語」に出てくる神は、人間を助けていた。その姿に憧れて、私はそれがあるべき世界だと信じてきたのだから。
 奴の口元から感情が消える。そして、黒い鎌を召喚して構えた。

「……オマエ、他のあいつらより断然めんどくせぇな。ここで殺しておくか」

 この頃には、母親の傷は大体治り切っていた。
 立ち上がり、親子の前に出る。威圧感は、神の世界で出会ったときよりも凄まじく重苦しいものだった。
 小さな女の子が私を不安そうな面持ちで見上げている中、自分の剣を召喚して握りしめる。
 たとえ、私のやることが無茶でも、掟に反するものだとしても、助けずにはいられない。
 物語の中の神なら……カイザーなら、絶対に人間を見捨てたりしない!
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