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【神間陰謀編】第4章「懐かしき故郷と黒い影」
75話 夜道
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中央都市の郊外南部には、一般神の住宅街がある。白塗りの一軒家がいくつも立ち並んでおり、昼夜問わず比較的静かな場所だ。
もっと繁華街に近づけば、住宅の数が減る代わりに大きめの屋敷が増える。アルバトスやステラ、シュノーやレノはその辺りに住んでいるが、あちらはいわゆる「高級住宅街」だ。私が住むような場所はあくまで質素な住宅街であり、繁華街から離れている分静かで過ごしやすいわけである。
メアや、シオンとソルも近くにそれぞれの家を持っている。だが、今の私はとにかく休みたかった。まっすぐ家に帰り、慣れ親しんだ家でゆっくり休むつもりだ。
「はー。早く帰ってお風呂入りたい……」
住宅街に入ってすぐのところに、小さな公園がある。ここを通りかかる頃には既に真っ暗になっており、月明かりと銀色の街灯が道を照らしていた。
公園の方に目を向ける。昔、ここで遊んでたこともあったな────なんてぼんやりと思っていた。
誰もいないはずの夜の公園から、誰かの気配がした。
よく見ると、ブランコに子供が座り込んでいた。大きく漕ぐこともせず、ただ座って俯いているだけ。街灯に淡く照らされたシルエットに、私は胸が熱くなった。
「…………ユキ?」
向こうが私に気づいたのか、そう小さく呟いた。やっぱり、そうだ。
私は公園にずかずかと足を踏み入れ、ブランコに座る彼の前に立ち塞がった。少し怯えながら私のことを見上げている。
「やっと見つけた!! 今までどこに行ってたの!?」
「えっ、いや……その、ごめん……」
「こっちは心配してたんだよ!? ヴィータもみんなも、あんたのことずっと……!!」
言葉の途中で、目からぽろぽろ涙がこぼれてきた。身体が熱くなって、前が見えなくなる。
そこからうまく喋れずに震えていると、向こうが慌てて立ち上がったのがわかった。
「な、泣かないでよユキ……心配かけてごめんよ……」
「バカ……。おかえり、アスタ」
涙を拭うと、困ったように笑うあどけない顔がそこにあった。
「ただいま、ユキ」
公園から離れ、家路につく。この時間帯は人通りも少なく、歩いているのは私たちだけだった。
アスタは私についてくるばかりで、何も話そうとしない。
「ヴィータに会わなくていいの? あんたのことを探すって躍起になってたよ」
「うーん……正直、今はあまり会いたくないんだ。色々と気まずくて」
冷静になると、無理もないかと思う。再会したと思ったら、いきなり頬を引っぱたかれたのだ。私だったら怖くて会いに行けない。
「それより、ボク本当に家に行っていいの?」
「だって、行くところないんでしょ。仕方ないじゃない。その代わり、変なことしないでよ」
「だいじょーぶ! おとなしくしてるよ」
ほんとかなぁ、と思いつつ閑静な住宅街を歩く。
やがて、とても懐かしい我が家が見えてきた。周囲の白い家とあまり変わらない、質素な一軒家だ。庭も狭くて装飾品もほとんど置かれていないが、事件で離れていた間もほとんど変化はなかったようだ。
「ほら、ここだよ」
「わーい! お邪魔しまーす」
家の鍵を開けて、照明をつける。
自分の家に帰ってきたのも、思えば久々の話だ。匂いも雰囲気も、いなくなる前のままだ。その安心感がとても心地よかった。
「コートは玄関にかけておいてね」
「わかった!」
アスタは、一番上に着ていた薄橙色の上着を脱いでコート掛けにかけた。半袖のふわっとした上着を脱いだ彼は、本当に頼りない身体つきをしていると感じた。
家に入ってすぐに風呂を沸かす。人間の箱庭では燃料を使って燃やすところがほとんどだったが、キャッセリアでは魔法でほぼ瞬間的に湧かせる。アスタに先に入ってもらい、その間に彼の部屋着を用意する。
「わ、懐かしいこれ」
タンスの奥を探してみたら、一つだけ星柄の子供用のパジャマが残っていた。これ、ノインが私と出会った頃に押し付けてきた奴だな。奥にしまい込んだままになっていたせいで、僅かに古びた匂いがした。
仕方ないからこれにしよう。風呂の前に部屋着を置いておく。リビングの机に座って待っていると、部屋着を着て戻ってきた。サイズはなんとぴったりだ。
「……やっぱりあんた、ちっちゃいんだね」
「むぅ~、仕方ないでしょ~。まあ、気に入ったからいいけどね!」
はいはい、と適当にあしらって、私も風呂に入る。準備を終えて、身体を流し湯船に浸かる。お湯が少し熱い気がした。
ゆっくり浸かるつもりだったのに、家の中にいるもう一人の存在がちらついてリラックスしきれない。必要以上に警戒しすぎている可能性も否めないのだけれど。
ストーカーじみているが、いつも私を助けてくれる謎の子供という認識は変わっていない。これからもあいつはそうであり続けるのだろうか。
「……一体何してたんだろ、あいつ」
色々と考えてしまうし、やはりリフレッシュは諦めた方がよさそうだった。
風呂から上がり、部屋着に着直した。
リビングに向かうと、アスタは本当におとなしくテーブルに座っていた。私はまっすぐにキッチンに向かい、夕食のメニューを決める。食べられる食材はまだ残ってるはずなのだが、何せ最後に食料調達したのが一週間くらい前だからなぁ……。
結果、残っていた食材をかき集めて、シチューを作ることにした。二人分にしては少ない量になったが、漂う香りも味も悪くはない。
皿に盛り付けて運び、アスタの前に片方置いた。
「わぁ~、シチューだ! 美味しそう、いただきます!」
熱いから気をつけてと言う前に、アスタはシチューを頬張った。作りたてのシチューを口にしても笑顔は崩れることなく、ニコニコしながら味わっている。心配して損した。
「ふふっ、ユキの作ったシチュー、すっごく美味しいよ! 料理上手なんだね」
「ほんと?」
自分で食べてみても、何の変哲もないシチューでしかなかった。むしろ、少し味が薄いかもと思ってしまう。
それでも、アスタは満面の笑みで料理を食べていた。ほっぺたが落っこちそう、みんなにも食べてほしい、そんな褒め言葉を繰り返しながら。
静かに食べてほしいと思う反面、無邪気に喜ぶ彼を微笑ましいと感じていた。
シチューを食べ終わってから、二人分のコップに自作のレモンジュースを注ぐ。グラスを差し出して、もう一度テーブルを挟んで向かい合う形で座る。アスタは「ありがとう」と言ってジュースを口にした。
だんだん彼の方も落ち着いてきたのか、ゆっくりとジュースを味わっている。
「……結局、あんたはあれからどこに行ってたわけ?」
そろそろ本題に入ろうと思った。
一瞬顔をこわばらせたアスタだったが、グラスから口を離して一呼吸おいた。
「クロウリーの姿が見えなかったから、探してたんだ。結局捕まえられなかったけど」
「確かに、あいつどこに行ったんだろう。クリムも見失って、そのままこっちに戻ってきちゃったし」
あの状況下で冷静な判断を下すのは、誰であろうと難しいことだっただろう。それでも犯人が野放しになっている状態なのは、どうしても不安を拭うことができない。
アスタは表情を険しくして、俯いた。星の模様が刻まれた瞳が、前髪に隠れて見えなくなった。
「クレー……いや。クロウリーは、殺されたよ」
「────え?」
「エンゲルに殺されたんだ。その様子を、ボクはずっと見ていた」
そんな、バカな────
あまりにも衝撃が強くて、しばらく空いた口が塞がらなかった。
もっと繁華街に近づけば、住宅の数が減る代わりに大きめの屋敷が増える。アルバトスやステラ、シュノーやレノはその辺りに住んでいるが、あちらはいわゆる「高級住宅街」だ。私が住むような場所はあくまで質素な住宅街であり、繁華街から離れている分静かで過ごしやすいわけである。
メアや、シオンとソルも近くにそれぞれの家を持っている。だが、今の私はとにかく休みたかった。まっすぐ家に帰り、慣れ親しんだ家でゆっくり休むつもりだ。
「はー。早く帰ってお風呂入りたい……」
住宅街に入ってすぐのところに、小さな公園がある。ここを通りかかる頃には既に真っ暗になっており、月明かりと銀色の街灯が道を照らしていた。
公園の方に目を向ける。昔、ここで遊んでたこともあったな────なんてぼんやりと思っていた。
誰もいないはずの夜の公園から、誰かの気配がした。
よく見ると、ブランコに子供が座り込んでいた。大きく漕ぐこともせず、ただ座って俯いているだけ。街灯に淡く照らされたシルエットに、私は胸が熱くなった。
「…………ユキ?」
向こうが私に気づいたのか、そう小さく呟いた。やっぱり、そうだ。
私は公園にずかずかと足を踏み入れ、ブランコに座る彼の前に立ち塞がった。少し怯えながら私のことを見上げている。
「やっと見つけた!! 今までどこに行ってたの!?」
「えっ、いや……その、ごめん……」
「こっちは心配してたんだよ!? ヴィータもみんなも、あんたのことずっと……!!」
言葉の途中で、目からぽろぽろ涙がこぼれてきた。身体が熱くなって、前が見えなくなる。
そこからうまく喋れずに震えていると、向こうが慌てて立ち上がったのがわかった。
「な、泣かないでよユキ……心配かけてごめんよ……」
「バカ……。おかえり、アスタ」
涙を拭うと、困ったように笑うあどけない顔がそこにあった。
「ただいま、ユキ」
公園から離れ、家路につく。この時間帯は人通りも少なく、歩いているのは私たちだけだった。
アスタは私についてくるばかりで、何も話そうとしない。
「ヴィータに会わなくていいの? あんたのことを探すって躍起になってたよ」
「うーん……正直、今はあまり会いたくないんだ。色々と気まずくて」
冷静になると、無理もないかと思う。再会したと思ったら、いきなり頬を引っぱたかれたのだ。私だったら怖くて会いに行けない。
「それより、ボク本当に家に行っていいの?」
「だって、行くところないんでしょ。仕方ないじゃない。その代わり、変なことしないでよ」
「だいじょーぶ! おとなしくしてるよ」
ほんとかなぁ、と思いつつ閑静な住宅街を歩く。
やがて、とても懐かしい我が家が見えてきた。周囲の白い家とあまり変わらない、質素な一軒家だ。庭も狭くて装飾品もほとんど置かれていないが、事件で離れていた間もほとんど変化はなかったようだ。
「ほら、ここだよ」
「わーい! お邪魔しまーす」
家の鍵を開けて、照明をつける。
自分の家に帰ってきたのも、思えば久々の話だ。匂いも雰囲気も、いなくなる前のままだ。その安心感がとても心地よかった。
「コートは玄関にかけておいてね」
「わかった!」
アスタは、一番上に着ていた薄橙色の上着を脱いでコート掛けにかけた。半袖のふわっとした上着を脱いだ彼は、本当に頼りない身体つきをしていると感じた。
家に入ってすぐに風呂を沸かす。人間の箱庭では燃料を使って燃やすところがほとんどだったが、キャッセリアでは魔法でほぼ瞬間的に湧かせる。アスタに先に入ってもらい、その間に彼の部屋着を用意する。
「わ、懐かしいこれ」
タンスの奥を探してみたら、一つだけ星柄の子供用のパジャマが残っていた。これ、ノインが私と出会った頃に押し付けてきた奴だな。奥にしまい込んだままになっていたせいで、僅かに古びた匂いがした。
仕方ないからこれにしよう。風呂の前に部屋着を置いておく。リビングの机に座って待っていると、部屋着を着て戻ってきた。サイズはなんとぴったりだ。
「……やっぱりあんた、ちっちゃいんだね」
「むぅ~、仕方ないでしょ~。まあ、気に入ったからいいけどね!」
はいはい、と適当にあしらって、私も風呂に入る。準備を終えて、身体を流し湯船に浸かる。お湯が少し熱い気がした。
ゆっくり浸かるつもりだったのに、家の中にいるもう一人の存在がちらついてリラックスしきれない。必要以上に警戒しすぎている可能性も否めないのだけれど。
ストーカーじみているが、いつも私を助けてくれる謎の子供という認識は変わっていない。これからもあいつはそうであり続けるのだろうか。
「……一体何してたんだろ、あいつ」
色々と考えてしまうし、やはりリフレッシュは諦めた方がよさそうだった。
風呂から上がり、部屋着に着直した。
リビングに向かうと、アスタは本当におとなしくテーブルに座っていた。私はまっすぐにキッチンに向かい、夕食のメニューを決める。食べられる食材はまだ残ってるはずなのだが、何せ最後に食料調達したのが一週間くらい前だからなぁ……。
結果、残っていた食材をかき集めて、シチューを作ることにした。二人分にしては少ない量になったが、漂う香りも味も悪くはない。
皿に盛り付けて運び、アスタの前に片方置いた。
「わぁ~、シチューだ! 美味しそう、いただきます!」
熱いから気をつけてと言う前に、アスタはシチューを頬張った。作りたてのシチューを口にしても笑顔は崩れることなく、ニコニコしながら味わっている。心配して損した。
「ふふっ、ユキの作ったシチュー、すっごく美味しいよ! 料理上手なんだね」
「ほんと?」
自分で食べてみても、何の変哲もないシチューでしかなかった。むしろ、少し味が薄いかもと思ってしまう。
それでも、アスタは満面の笑みで料理を食べていた。ほっぺたが落っこちそう、みんなにも食べてほしい、そんな褒め言葉を繰り返しながら。
静かに食べてほしいと思う反面、無邪気に喜ぶ彼を微笑ましいと感じていた。
シチューを食べ終わってから、二人分のコップに自作のレモンジュースを注ぐ。グラスを差し出して、もう一度テーブルを挟んで向かい合う形で座る。アスタは「ありがとう」と言ってジュースを口にした。
だんだん彼の方も落ち着いてきたのか、ゆっくりとジュースを味わっている。
「……結局、あんたはあれからどこに行ってたわけ?」
そろそろ本題に入ろうと思った。
一瞬顔をこわばらせたアスタだったが、グラスから口を離して一呼吸おいた。
「クロウリーの姿が見えなかったから、探してたんだ。結局捕まえられなかったけど」
「確かに、あいつどこに行ったんだろう。クリムも見失って、そのままこっちに戻ってきちゃったし」
あの状況下で冷静な判断を下すのは、誰であろうと難しいことだっただろう。それでも犯人が野放しになっている状態なのは、どうしても不安を拭うことができない。
アスタは表情を険しくして、俯いた。星の模様が刻まれた瞳が、前髪に隠れて見えなくなった。
「クレー……いや。クロウリーは、殺されたよ」
「────え?」
「エンゲルに殺されたんだ。その様子を、ボクはずっと見ていた」
そんな、バカな────
あまりにも衝撃が強くて、しばらく空いた口が塞がらなかった。
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